141 訓練開始と男の恋話
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高龗神の許可はすんなり取れ、タエとハナは、竜杏に代行者に関する知識の手ほどきをすることになった。
彼の仕事は、主である源頼光と敵対する人物や国の動きに関する情報を取りまとめ、時には実地に調査に行く。あとは報告書を書いたり、綱や貞光達と情報交換をしたりする。それさえ終えてしまえば、日中でも時間があるのだ。その時に、代行者の講義やタエと手合わせをして、基本知識と体力作り、戦い方を学ぶ。
「いろんな戦い方を知っておいた方がいいと思うよ」
最初にタエが言った。
「剣だけじゃあ、対応しきれない場合もあるのか」
タエと今まで手合わせをしてきて理解したこと。タエは剣術、弓術、体術、どれもが一流だ。相手に適した戦い方をすることで、何よりも確実に仕留め、自分や守りたいものを守り抜く。
「俺は剣しか知らないからな……」
「まずは基本から。体術を学んでもらいます!」
ハナはタエに戦闘を叩き込んでいるので、先生が板に付いている。竜杏も意を決して頷いた。
竜杏の吸収のスピードは、目覚ましいものだった。講義をすれば、すぐに記憶し、全体を把握する。体術の訓練では、型を教えると綺麗なフォーム。何度も反復練習をし、タエに相手をしてもらうので、覚えがより早い。
昼餉を済ませてから、タエと組手。最初はゆっくりだった組手も、どんどんスピードが速くなる。反応速度を上げていく。
「中断の突き、三発いくよ! 右、右、左!」
「右、右、左!」
タエの突きを防御し、同じタイミングで自分も突きを繰り出す。ぱしっとタエが竜杏の腕を払う。二人の汗が飛び散った。
「なかなか、目を奪われますな」
縁側に座って見ていた藤虎が感嘆の声を漏らす。隣に寝そべっているハナは嬉しそうだ。煉も一緒に見ている。
「良い動きをしてる。天性の才能があったのかもね」
訓練は相当ハードなはずだが、タエと竜杏、二人の瞳はらんらんと輝いている。今を楽しんでいるかのようだ。
「御館様が代行者になるなんて、正直、実感が湧かなかったのですが。最近の様子を見て、本当なのだと、理解できてきました。どうか、よろしくお願いします」
「出来る限りの事をするつもり。私達の知り得る全てを、教えるつもりでいるから」
藤虎は、頭を下げた。
それから数日後。
「よぉ、竜! 書簡を渡しに行くのか? 一緒に行こうぜ」
源頼光の元へ、仕事の書類を届けに来た竜杏。側にはハナだ。貞光も仕事の報告で屋敷を訪れていたらしく、ばったり会った。廊下を並んで歩く。
「あれ、ハナ様だけ? タエちゃんは?」
「屋敷の結界を強化したら、疲れて倒れたので、屋敷で休ませてます」
結界は、時間が経つと徐々に弱まる。全力で舞って結界を張り直したばっかりに、体力がほぼゼロになってしまった。タエは、それでも一緒に来ると言って聞かなかったが、屋敷に置いてきたのだ。煉と藤虎と一緒に留守番をする事になった。
「本当に良かったな。タエちゃんが嫁さんになってくれて」
ししし、とにやにやしている貞光。そんな彼を、竜杏は眉を寄せて困ったように見ている。その視線を受けて、え? と首を傾げた。
「お前ら、恋仲になって三日以上経ってるだろ? お前、当然、通ってんだろ? 一緒に住んでるから通うって言わねぇけど」
「……通ってないです」
言いにくそうに告げる竜杏の言葉に、貞光は口が開いたままになっている。
「ちょー待て! お前ら、契りは?」
「いや、まだ……」
「はぁ?!」
前を歩く二人の会話を聞いているハナは、平安時代の色恋のやり方を知らないので、聞く事しかできない。
(契りは確か、子作りの事よね。三日以上経ってて契りがないって事で驚いてるんだから、この時代の人は、恋仲になったらすぐなのかな)
ハナなりに解釈しようと頑張っている。
「祝言は!?」
「タエとハナ殿は、いずれ元の時代に戻るんです。過去の時代にいる俺が、タエに触れる事は……」
貞光は耳を疑った。
「元の時代? 一体、どういう――」
竜杏もそこまで話していなかった。動揺する貞光は、ハナを見た。
「俺達と、生きる時代が違うんですか……?」
ハナは頷いた。
「あまり大声では言えないけど、私と姉は千年後の未来から来たの」
「せ、せん!?」
「ですから、祝言は挙げないつもりです。未亡人にさせるなんて、可哀想だし。契りも交わさない方がいいかと……」
「それはお前の考えだろ? タエちゃんの気持ちは?」
「……」
それを言われると困る。タエを想っての決意だが、タエ本人の気持ちを置いてけぼりにしている事は、百も承知だった。
「ちゃんと話せよ。お前がタエちゃんを考えてる事は、よく分かる。でもこれは二人の事だ。タエちゃんの気持ちもしっかり聞いてやれ」
「……はい」
貞光の背中は広い。その背を見つめ、竜杏は苦笑していた。
(敵わないな。この人には……)
女好きな彼だからこそ、女性の気持ちをよく知っている。女性に対する扱い方も。だからこそ、彼の言葉は重かった。
「御館様! 竜のヤツ、とうとう女ができたんですよっっ!!」
「ほう。前に一緒に来た巫女か?」
「そう!」
仕事の書簡など、受け取ってはい終わり。後は竜杏の恋の話に、男ばかりが顔を突き合わせて盛り上がっていた。この手の話題が苦手な竜杏は小さくなるしかない。ハナは竜杏の隣に控えていた。
「そうなんすよ! タエちゃんって言って、かわいい子でっ」
「小柄で、ころころ笑う女子だったな」
貞光の話に同じく頷いている上司に、竜杏が顔を上げる。
「タエを見たんですか!?」
「ああ。ここからの帰る姿を見たぞ。それから、お前の屋敷前の通りが、ずいぶん明るくなったと報告を受けてな。見に行った。お前とその子が寄り添って歩く姿は、微笑ましかったぞー」
「よりそ――」
見られていた事実に、竜杏は顔が赤くなるのを隠し切れなかった。そんな様子を見て、頼光と貞光は笑っていた。心の底から嬉しくてだ。
「竜、お前がそんな顔をするなんてな。そのタエ殿に、感謝せねば」
「え?」
「ずっと綱の影として、己を殺してきただろう。やっと幸せになれるんだと思うと、自分の事のように嬉しいぞ」
「御館様……」
「よかったな♪」
貞光も背中をぽんと叩いて笑顔を向けてくれている。ハナは、この人たちは、本当に竜杏を愛してくれていると実感し、胸が熱くなった。
「で? 祝言はいつだ?」
当然の質問に、竜杏はしどろもどろだ。
「そ、それは……二人で考えます……」
「そうか。また、聞かせてくれ。今度、正式に紹介してくれよ」
「は、はい……」
上司にそんな事を言われると、断れるはずがない。
話も終え、部屋を出た。
(つ、疲れた……)
どっと疲労感が。竜杏は肩を落として歩いていると、前を歩く貞光が振り向いた。
「なぁ、ハナ様。何で竜を探してたのか、聞いてもいいですか?」
彼は何も聞いていなかった。ハナは話してもいいか、竜杏を見る。彼も頷く。
「貞光さんには話しておこうと思ってた。ちゃんと話します」
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