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月夜の代行者  作者: うた
第三章
141/330

139 竜杏の心

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「タエ、ハナ殿」

 綱と貞光が帰り、遅い朝餉を終え、竜杏が二人を呼んだ。彼の部屋で、向かい合って座る。

「何?」

「俺、決めたよ」

 タエとハナは首を傾げた。

「昨日の。代行者の件」

「ああ!」

 タエ達はようやく気が付いた。


「やるよ。代行者」


「……え゛ぇ!?」

 いきなりの結論に、タエとハナはこれでもかというほど、目を見開いた。

「今、サラッと言った!? 重大な事、サラッと言った!?」

「結局結論はコレだから、別にいいかと」

「しっかり考えた? ちゃんと考えた? 竜杏まであっさり決めちゃったの!?」

 ハナも珍しく狼狽えている。そんな二人を涼やかに見つめ、涼やかに言葉を紡ぐ。

「あっさりってわけじゃないよ。昨日の夜、いろいろ考えて決めたんだ。正直、自信はないけど、俺がやらないといけない事だって思う」

 目の前にいる、呆けた顔のタエとハナを見て、くすりと笑った。

「二人が生きる未来を変える訳には、いかないでしょ?」

「私達の、為に?」

 ハナは驚いている。

「竜杏、自分の事を第一に考えてよ!? 私達の時代の事は、気にしなくていいんやから!」

 タエ達は焦っていた。それでも、竜杏は冷静に首を横に振った。

「二人の事を考えるのは当たり前だよ。それに、叉濁丸の瘴気は、俺が受けないといけないんだろう?」

「!?」

 ハナがいち早く反応した。

「お姉ちゃん、話したの!?」

「ま、前に……。ご、ごめんなさいっっ!」

 ハナの剣幕に押され、タエが縮こまる。

「ハナ殿、いいんだ。今、タエとハナ殿が一番新しい代行者なら、俺の魂は消えてるってすぐにわかるよ」

「……あ」

 今更ながら、気付いた事実。

「二人以外に、京の代行者はいないんでしょ?」

「基本的に代行者は一人って聞いた。私とハナさんは例外みたいだけど……」

「でも、魂の最期を聞いたら……辛くなるでしょ?」

 ハナが竜杏を見る。

「俺が負ける相手が、叉濁丸だって事を前に少し聞いただけだ。俺は聞いてよかったと思ってる。最強って言われる俺が、その瘴気を受けても被害が出たんだろう? だったら並の代行者なら、もっと被害が拡大するはず。そうなれば、未来にも少なからず影響があるんじゃないか?」

「確かな事は、わからないけど……」

 ハナは困惑している。タエも眉を寄せて、話を聞いていた。

「確かな事は、俺が代行者として役目を果たしたその後の京に、タエとハナ殿が平和に暮らしてたって事実だ」

 まだ困った顔をしている二人に、竜杏は優しく笑った。

「俺にとって、タエとハナ殿は、大事な存在なんだよ。受けた恩を返すには、それでも足りないくらいだけどね。大事な二人の為に、命をかけられるなら本望だ。その代わり、二人に代行者としての、いろんな事を教えてほしいって、思うんだけど――ぉお!?」

 竜杏の語尾が変な声になった。今までそんな声を出した事がないくらい、自分でも驚くびっくり声だった。タエが抱き着いてきたのだ。平安時代の女はそんな事をしない。だからこそ、予想の出来ないタエの行動に驚いていた。それでも、惚れた娘が抱き着いて来てくれる事には、正直うれしさを感じる。

「タエ?」

「ありがとね。私達の事、そんなに考えてくれてたなんて思わなくて……。大変な運命を背負わせて……ごめんね」

 ぎゅ……。

 抱きしめる腕に力が入る。タエの気持ちが分かるので、竜杏はそっと腕を背中に回し、ぽんぽんと背中を優しく叩いた。


「本当に、後悔しない?」

「ああ。やらない方が後悔するよ」

 ハナの問いに、竜杏は頷き、その瞳は強く輝いていた。その光を見て、ハナも納得したようだ。

「分かった。でも竜杏、叉濁丸の瘴気で倒れたとは言え、あなたに守られた人はたくさんいたの。それは、絶対に負けじゃないと私は思う」

 タエもうんうんと強く頷いている。竜杏もふっと笑った。

「ありがとう」

「安心してね。私達が知ってることを、皆教えるから! 私達が、最強の代行者になる土台を作ってあげる!」

 タエがふにゃりと笑って離れようとしたので、竜杏はすかさず両腕でぎゅっとタエを抱きしめ返した。

「ぅえ!?」

「だめ。離さない」

「えぇ!?」

「お邪魔しましたーー♪」

「ハナさん!?」

 ひゅん、とハナが姿をくらました。タエは、え、え!? と狼狽えている。

「あ、あの……」

「さっき言ったでしょ。後で覚えときなよって」

 からかわれた竜杏を笑ったのを、まだ根に持っていたらしい。

「笑ったの謝ります。だから、その……恥ずかしいです」

 竜杏と距離が近いタエの顔が、みるみる赤くなる。

「抱き着いてきたのはそっちでしょ。それから、敬語使ったね」

「あ゛」

 気を抜くと、つい出てしまう。タエがしまったと口をつぐんだ隙をみて、竜杏が口づけた。タエの顔は茹ダコのように真っ赤だ。

「ふ。かわいい」

「い、いきなりするから……」

「じゃあ、するよ?」

 一応予告はして、再びタエの唇を塞いだ。タエも抵抗しないので、角度を変え、何度も繰り返す。そうしていく内に、どんどん深くなる。

「ん……」

(息……できない。でも……)

 初めてのディープキス。彼とは初めてだらけだ。多少の息苦しさを覚えながらも、タエは竜杏の着物をぎゅっと握りしめて、その幸せを感じていた。

 竜杏の手が、タエの体の線をなぞる。

「っ!」

 タエはぞくりと体が反応して、びくんとはねた。

(まずい……。止められない)

 竜杏の理性の箍が外れそうだった。まだ昼間だと思い出した彼は、必死に理性を奮い立たせ、タエをもう一度抱きしめると、ゆっくり離す。タエが、は……、と息を吐いた。

「りゅう、あん?」

 頬が赤く蒸気して、潤んだ目で見つめられると、意思がぐらぐらに揺らいでしまう。竜杏はタエをそっと抱くと、肩の上に顎を乗せた。

「ごめん。理性が吹っ飛ぶ所だった……」

 まだ外は明るい。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。タエは控え目に首を横に振った。

「嫌じゃ、なかったから……。気にしないで」

「!」

 タエを抱きしめる腕に力が入る。タエが可愛すぎて。愛おしすぎて。またタエを襲ってしまいそうで怖い。欲望のまま彼女を押し倒せば、椎加と変わらない。それを自覚すると、自責の念が。竜杏はゆっくり口を開いた。

「今更ながら、一つ、謝らないといけない事が……」

「? 何?」

 タエが横目で竜杏を見る。しかし、彼の耳から前が見えない。

「俺とあんたが初めて口付けたの、石清水八幡宮じゃ、ないんだ」

「え?」

 よく分かっていないタエは、疑問符が飛んでいた。

「どういう――?」

「タエに惚れてるって自覚した夜、あんたは代行者の仕事に出てて……。両想いになれるなんて少しも思ってなかったから、最初で最後だって、寝てるタエに口付けた」

「え!? そんな事が!?」

 驚いて竜杏の顔を見れば、バツが悪そうに目を逸らしている。そんな彼が幼く見えて、かわいくて、タエは笑ってしまった。

「悪かったよ。これじゃ、椎加と一緒だ」

「一緒じゃないよ。びっくりしたけど、責めたりしないし。竜杏が好きだから、怒らないよ」

 照れながら笑うタエに、つい見とれてしまった。

「その顔」

「え?」

「可愛すぎ」

 そう言って、もう一度口付ける。そして額をくっつけ合い、笑い合った。



 幸せだ。



 二人はこの時、同じことを思っていた。


読んでいただき、ありがとうございました!

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