139 竜杏の心
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「タエ、ハナ殿」
綱と貞光が帰り、遅い朝餉を終え、竜杏が二人を呼んだ。彼の部屋で、向かい合って座る。
「何?」
「俺、決めたよ」
タエとハナは首を傾げた。
「昨日の。代行者の件」
「ああ!」
タエ達はようやく気が付いた。
「やるよ。代行者」
「……え゛ぇ!?」
いきなりの結論に、タエとハナはこれでもかというほど、目を見開いた。
「今、サラッと言った!? 重大な事、サラッと言った!?」
「結局結論はコレだから、別にいいかと」
「しっかり考えた? ちゃんと考えた? 竜杏まであっさり決めちゃったの!?」
ハナも珍しく狼狽えている。そんな二人を涼やかに見つめ、涼やかに言葉を紡ぐ。
「あっさりってわけじゃないよ。昨日の夜、いろいろ考えて決めたんだ。正直、自信はないけど、俺がやらないといけない事だって思う」
目の前にいる、呆けた顔のタエとハナを見て、くすりと笑った。
「二人が生きる未来を変える訳には、いかないでしょ?」
「私達の、為に?」
ハナは驚いている。
「竜杏、自分の事を第一に考えてよ!? 私達の時代の事は、気にしなくていいんやから!」
タエ達は焦っていた。それでも、竜杏は冷静に首を横に振った。
「二人の事を考えるのは当たり前だよ。それに、叉濁丸の瘴気は、俺が受けないといけないんだろう?」
「!?」
ハナがいち早く反応した。
「お姉ちゃん、話したの!?」
「ま、前に……。ご、ごめんなさいっっ!」
ハナの剣幕に押され、タエが縮こまる。
「ハナ殿、いいんだ。今、タエとハナ殿が一番新しい代行者なら、俺の魂は消えてるってすぐにわかるよ」
「……あ」
今更ながら、気付いた事実。
「二人以外に、京の代行者はいないんでしょ?」
「基本的に代行者は一人って聞いた。私とハナさんは例外みたいだけど……」
「でも、魂の最期を聞いたら……辛くなるでしょ?」
ハナが竜杏を見る。
「俺が負ける相手が、叉濁丸だって事を前に少し聞いただけだ。俺は聞いてよかったと思ってる。最強って言われる俺が、その瘴気を受けても被害が出たんだろう? だったら並の代行者なら、もっと被害が拡大するはず。そうなれば、未来にも少なからず影響があるんじゃないか?」
「確かな事は、わからないけど……」
ハナは困惑している。タエも眉を寄せて、話を聞いていた。
「確かな事は、俺が代行者として役目を果たしたその後の京に、タエとハナ殿が平和に暮らしてたって事実だ」
まだ困った顔をしている二人に、竜杏は優しく笑った。
「俺にとって、タエとハナ殿は、大事な存在なんだよ。受けた恩を返すには、それでも足りないくらいだけどね。大事な二人の為に、命をかけられるなら本望だ。その代わり、二人に代行者としての、いろんな事を教えてほしいって、思うんだけど――ぉお!?」
竜杏の語尾が変な声になった。今までそんな声を出した事がないくらい、自分でも驚くびっくり声だった。タエが抱き着いてきたのだ。平安時代の女はそんな事をしない。だからこそ、予想の出来ないタエの行動に驚いていた。それでも、惚れた娘が抱き着いて来てくれる事には、正直うれしさを感じる。
「タエ?」
「ありがとね。私達の事、そんなに考えてくれてたなんて思わなくて……。大変な運命を背負わせて……ごめんね」
ぎゅ……。
抱きしめる腕に力が入る。タエの気持ちが分かるので、竜杏はそっと腕を背中に回し、ぽんぽんと背中を優しく叩いた。
「本当に、後悔しない?」
「ああ。やらない方が後悔するよ」
ハナの問いに、竜杏は頷き、その瞳は強く輝いていた。その光を見て、ハナも納得したようだ。
「分かった。でも竜杏、叉濁丸の瘴気で倒れたとは言え、あなたに守られた人はたくさんいたの。それは、絶対に負けじゃないと私は思う」
タエもうんうんと強く頷いている。竜杏もふっと笑った。
「ありがとう」
「安心してね。私達が知ってることを、皆教えるから! 私達が、最強の代行者になる土台を作ってあげる!」
タエがふにゃりと笑って離れようとしたので、竜杏はすかさず両腕でぎゅっとタエを抱きしめ返した。
「ぅえ!?」
「だめ。離さない」
「えぇ!?」
「お邪魔しましたーー♪」
「ハナさん!?」
ひゅん、とハナが姿をくらました。タエは、え、え!? と狼狽えている。
「あ、あの……」
「さっき言ったでしょ。後で覚えときなよって」
からかわれた竜杏を笑ったのを、まだ根に持っていたらしい。
「笑ったの謝ります。だから、その……恥ずかしいです」
竜杏と距離が近いタエの顔が、みるみる赤くなる。
「抱き着いてきたのはそっちでしょ。それから、敬語使ったね」
「あ゛」
気を抜くと、つい出てしまう。タエがしまったと口をつぐんだ隙をみて、竜杏が口づけた。タエの顔は茹ダコのように真っ赤だ。
「ふ。かわいい」
「い、いきなりするから……」
「じゃあ、するよ?」
一応予告はして、再びタエの唇を塞いだ。タエも抵抗しないので、角度を変え、何度も繰り返す。そうしていく内に、どんどん深くなる。
「ん……」
(息……できない。でも……)
初めてのディープキス。彼とは初めてだらけだ。多少の息苦しさを覚えながらも、タエは竜杏の着物をぎゅっと握りしめて、その幸せを感じていた。
竜杏の手が、タエの体の線をなぞる。
「っ!」
タエはぞくりと体が反応して、びくんとはねた。
(まずい……。止められない)
竜杏の理性の箍が外れそうだった。まだ昼間だと思い出した彼は、必死に理性を奮い立たせ、タエをもう一度抱きしめると、ゆっくり離す。タエが、は……、と息を吐いた。
「りゅう、あん?」
頬が赤く蒸気して、潤んだ目で見つめられると、意思がぐらぐらに揺らいでしまう。竜杏はタエをそっと抱くと、肩の上に顎を乗せた。
「ごめん。理性が吹っ飛ぶ所だった……」
まだ外は明るい。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。タエは控え目に首を横に振った。
「嫌じゃ、なかったから……。気にしないで」
「!」
タエを抱きしめる腕に力が入る。タエが可愛すぎて。愛おしすぎて。またタエを襲ってしまいそうで怖い。欲望のまま彼女を押し倒せば、椎加と変わらない。それを自覚すると、自責の念が。竜杏はゆっくり口を開いた。
「今更ながら、一つ、謝らないといけない事が……」
「? 何?」
タエが横目で竜杏を見る。しかし、彼の耳から前が見えない。
「俺とあんたが初めて口付けたの、石清水八幡宮じゃ、ないんだ」
「え?」
よく分かっていないタエは、疑問符が飛んでいた。
「どういう――?」
「タエに惚れてるって自覚した夜、あんたは代行者の仕事に出てて……。両想いになれるなんて少しも思ってなかったから、最初で最後だって、寝てるタエに口付けた」
「え!? そんな事が!?」
驚いて竜杏の顔を見れば、バツが悪そうに目を逸らしている。そんな彼が幼く見えて、かわいくて、タエは笑ってしまった。
「悪かったよ。これじゃ、椎加と一緒だ」
「一緒じゃないよ。びっくりしたけど、責めたりしないし。竜杏が好きだから、怒らないよ」
照れながら笑うタエに、つい見とれてしまった。
「その顔」
「え?」
「可愛すぎ」
そう言って、もう一度口付ける。そして額をくっつけ合い、笑い合った。
幸せだ。
二人はこの時、同じことを思っていた。
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