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月夜の代行者  作者: うた
第三章
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138 綱の心

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます

 綱は、竜杏とタエの話を貞光から聞いて、今日こそ会いに行くと、仕事があったのを放り出して来たという。


「なあ竜杏、あの車輪の妖怪と会わせてくれよー」

「はぁ? なんでですか」

 貞光が竜杏の肩を組んで立たせる。困惑する竜杏を、廊下へ連れ出そうとしているのだ。

「ちょっ……」

「あいつにも世話になったからなー。挨拶させろよ」

「行って来い。タエとここで待ってるから」

 綱が二人を見送る。後ろに残しているタエを見た。タエも笑顔で頷く。

「行ってらっしゃい」

「綱に変な事されたら、呼ぶんだよ。いや、される前に呼ぶんだよ」

「はいはい」

「取って食いはしないって」

 綱が呆れたように、ふぅ、と息を吐く。ぴしゃん、と閉められた障子。その後は静けさが残った。藤虎もどうすべきか戸惑っている。

「藤虎。少し、席を外してもらえると助かる。タエと二人で話がしたい」

「承知しました」

「じゃあ、私も出てるね」

 藤虎とハナが出て行った。タエは緊張して背筋が伸びる。そんな様子に、綱はくすりと笑った。

「あいつがあんな事言うなんて、心底惚れてるんだな。緊張しなくていいよ。ただ、礼が言いたかったんだ」

「お礼?」

「ああ。その前に、あの犬、喋るのか……」

 ハナが口を利いた事に驚きを隠せない。

「ハナと言います。私の大切な家族なんです。神の眷属になって、言葉を交わす事が出来るようになりました」

「そうか。そなたらの存在は、本当に奇跡の上にあるのだな。その恩恵を、弟も受けたようだ。あいつが、あんなに表情豊かだったとは、知らなかったよ」

 語るその顔は、少し寂しそうだ。

「俺達はずっと一緒だった。遊ぶ時も、学問を学ぶ時も。妖怪を呼ぶ力があっても、俺達の絆は切れない。その力がどれだけ恐ろしくても、父上は家族を守ってくれると思ってた……」

 チュン、とスズメの声が聞こえる。少し前までは、この屋敷で鳥の声を聞く事すらなかった。今は、屋敷全体が明るい。

「父上と会ったんだったな。見た通り、厳しい人だ。弟を、俺の影武者にすることしか、考えてなかった人なんだ。母上が亡くなって、弟をこの屋敷に放り込み、一族から追い出した。竜の存在を、消してしまったんだ」


(……そうか。竜杏だけじゃ、なかったんだ……)


 タエは理解した。寂しくて、悲しい思いをしてきたのは、竜杏だけではなかった事を。親から全てを与えられても、ぽっかり空いた穴は埋まらなかった。世界にたった一人の双子の弟が、自分の半身が側にいない空虚感。兄である彼も同じく、ずっと辛い思いをしてきたのだと。


「俺と竜は、公に対面することすら、許してもらえなくてね。二人で一人をずっと演じて来た。だから、君の話を貞光から聞くようになって、嬉しかった。遠目に君達を見た時は、本当に驚いたよ。暗くて表情一つ変えなかった弟が、笑ってたんだから」

 ふっと緩んだ口元。その笑い方も、竜杏そっくりだ。

「安心したよ。そなたが側にいてくれれば、弟も光の中にいられるようだ。この屋敷だって、こんなに明るい。タエとハナ殿が、弟に奇跡をもたらしてくれた。俺から言われても困るだろうけど、本当に感謝してる。弟の為に、ありがとう」

 タエは、心臓がぎゅっと締め付けられる感覚だった。喜びで、泣きそうになった。

「いえ。私は、私のしたいようにしただけです。私こそ、綱様にお礼が言いたいです。竜杏の事を大事に思ってくれていて、とても嬉しかったから……」

 タエの目に、涙が光る。恥ずかしくて、すぐに拭った。

「ありがとうございます」

 綱は目を見張った。まさか自分が礼を言われるとは、思ってもみなかったのだ。タエは竜杏の側にいた。だから、周りが彼をどんな風に扱っていたのかを、身を以て知っている。だからこそ、彼女は竜杏を認めている人間に感謝するのだ。

(なるほどね……)

「あいつが君に惚れた理由が、分かった気がする」

「え!?」

 タエの顔が真っ赤になった。初々しくて、綱もほほ笑む。

「竜を――、弟を、頼む」

「はい!」

 力強く頷いたタエを見て、綱は満足した。そして安堵した。弟も、ようやく幸せになれるのだと。


「……」

 障子の向こう側で、竜杏、貞光、ハナ、藤虎、車輪の妖怪が、二人の会話をしっかり聞いていた。藤虎は涙ぐんでいる。車輪の妖怪は、様子を見に来た時に、ちょうど部屋から出てきた竜杏と貞光にばったり会ったのだ。今は貞光の肩に乗っている。

 中にいる二人に見えないよう、柱にもたれて立っていた竜杏の顔は赤い。それを見た貞光は、嬉しそうに笑った。



 そうしてしばらく話した後、綱は貞光と一緒に帰る事になった。全員で見送りに出る。

「じゃあ、またな! タエちゃんとお幸せに~」

 貞光が茶化す。竜杏はいつものクールな目つきになっていた。

「はいはい」

「祝言には呼んでよ」

「し!?」

 馬に乗った綱が、当然のように言い放った言葉が、二人にクリーンヒットした。顔を真っ赤にして固まっている。

「ふ、じゃあな」

 そういうと、綱と貞光は屋敷を後にした。若干の気恥ずかしさはあるが、とても心は清々しい。タエは空を見上げた。突き抜けるような、青い空だ。まだまだ、今日は始まったばかり。


読んでいただき、ありがとうございました!

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