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月夜の代行者  作者: うた
第三章
139/330

137 予想外の訪問者

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

「お、お館様っっ!! 御館様ぁぁああ!!」


「何、騒がしい」

 藤虎が珍しく大騒ぎしている。代行者の話を聞いた翌日だ。竜杏はタエとハナに話をしようと、身支度をしている時の事だった。


「い、今……」


「?」




「あ~、さっぱり、さっぱり♪」

 タエはハナと共に身支度を済ませ、庭の井戸で顔を洗っていた。冷たくて気持ちが良い。

「なんか、藤虎さんの雄叫びが聞こえたけど、何かあったのかな?」

「妖怪が入って来たわけじゃないし」

 言いながら、ハナが空を見上げた。屋敷に張ってある結界は強固なものだ。弱い妖怪なら結界に触れるだけで塵に還り、そうでなくても触れれば二人には分かる。

 部屋に戻ろうと庭を歩いていると、ふあ、とあくびをしながら車輪の妖怪が、竜杏の部屋から出て来た。まだ背中の車輪は欠けたままだ。ケガはだいぶ治って来ており、今は竜杏の部屋で寝ている。竜杏を気に入ったらしい。竜杏もこの妖怪を気に入っている。ぶっきら棒だが、良い奴だ。妖怪が照れながら竜杏の部屋で寝ると言った時の、竜杏の嬉しそうな顔は、忘れられそうにない。

「おはよ。何かあったの?」

「おう。誰か来たってさ。えーと、誰だっけ?」

 寝ぼけた頭で聞いていたので、あまり話を覚えていないらしい。藤虎の話を聞いて、焦ったように竜杏が部屋から出て行ったと、彼は説明した。

「二人が焦るくらいだから、身内かな。私、挨拶しなきゃあかんよね……」


 タエもどくどくと緊張してきた。竜杏が一族から無いに等しい扱いを受けているとはいえ、彼の恋人だし。その前に、この屋敷でお世話になっている身でもあるし。とりあえず自分も玄関に向かおうと縁側を進み、角を曲がった所で誰かとぶつかった。

「!」

「わっ、ご、ごめんなさい」

 よろけるタエの腕を掴み、しっかりと立たせてくれた。タエはその人の顔を見て、「あっ」と思ったが、「え?」となった。

「り、りゅう、あん?」

 腕を掴んでいたのは竜杏、と思ったが、タエは違和感しかなかった。よく見ている顔つきは、相変らずかっこいい。しかし、どことなく違う感じがする。雰囲気が、いつもの彼ではないのだ。

(影になってるから? 目の色が少し、違うような……。それに、今日は烏帽子をかぶってる……?)

 髪を切ってから、屋敷で彼は烏帽子をかぶらなくなった。髪が短すぎて烏帽子を止められなくなったのも理由の一つだが、頭がスッキリして、軽くなったのを楽しんでいる。

 戸惑っていると、タエは柱に体を押しつけられ、壁どん状態になった。目の前の人物は、表情のない顔で、タエをじっと見ている。

(近い! なんか、近いんですけど!?)

 どうすればいいのか分からず困っていると、話しかけられた。

「あんたがタエ?」

「……え……」

 混乱する頭で何も考えられなくなっているタエに、今度こそ聞き慣れた声が耳に入った。

「綱! やめろ」

 そっくりさんの後ろから現れたのは、紛れもなく竜杏だ。タエはホッと息をつく。そして竜杏は、二人を離し、タエを背中に回す。その様子を見て、そっくりさんはにやりと顔を歪めて笑った。

「へぇ」

「タエが困ってるだろ」

 竜杏はじっと彼を見つめていた。タエは、竜杏の言葉を思い出して、ようやく合点がいく。

「綱って……お兄さん!?」


 目の前の竜杏そっくりの人物は、彼の双子の兄、渡辺綱、本人だった。




「どうぞ」

「ああ」

「ありがとな、タエちゃん♪」

 タエがお茶を綱に出す。隣に座る貞光が笑顔を向けてくれた。綱と一緒に来たのだ。しかしタエの手は若干震えていた。緊張がピークに達する。それでもこぼさずに置けたので、安堵しつつ、竜杏の後ろに座った。部屋の障子の近くには藤虎が控えている。

「タエ、ここ」

「え」

 竜杏が振り向き、自分の左隣をぽんぽんと叩いて前に来るよう指示をする。それに反論することもなく、タエは言われた通り、座布団を持って彼の隣に移動した。ハナも後ろにいる。その様子を見ている彼の兄、綱はふぅんと口の端を上げた。

「改めて、渡辺綱だ。竜の双子の兄」

「は、花村タエですっ! ここでお世話になってます。よろしくお願いします!」

 綱が弟を“竜”と呼んで心が躍った。竜杏の兄は、彼をちゃんと認めている。ちゃんと名前を呼んでくれる。それだけで嬉しいと思ってしまう。

「な? 言った通り、かわいい子だろー?」

 貞光のチャラさが全開だ。いつもと変わらない雰囲気に安心する。


(しっかし……)


 タエは隣の竜杏と目の前の綱を交互に見て、改めて思った。

(似過ぎでしょ。一卵性なんだな。無表情だったら、着物とヘアスタイルでしか見分けがつかない……。影武者にしたかった理由も、嫌だけど、納得だわ)

 綱は出会った頃の竜杏と同じく、あまり表情を表に出さないようだった。そこから兄の影武者として、彼の表情までもコピーしていたのだと知ると、竜杏の努力を痛感する。彼の境遇のせいで、表情まで消えていたという事も考えられるが。今の彼は、当初の頃よりもずっと表情が豊かになっていた。だからこそ、タエはどれだけ似ていようとも、彼の纏う空気で竜杏を見分ける事が出来る。


「最初に言っとくよ。二人とも、椎加の件では、大変だったね」

「……まぁね」

 思い出すだけで苦しくなる。椎加との死闘と大怪我、愛する人を失うかもしれない恐怖。ただ虚しさだけが残っていた。

「貞光と相談したよ。父上はじめ、椎加の親や一族には、椎加が道満の術にかかり、利用された挙句、自滅したと報告した」

「え――」

 竜杏とタエが同じ反応をする。貞光も頷いた。

「晴明とも話し合った結果だ。竜杏が奴に引導を渡したなんて知れたら、あいつの親が、今度はお前を殺しに来るだろ? 椎加を甘やかしてたバカ親だからな。親父さんにしても、余計な話はしない方が得策だろうってなったんだ。道満は、晴明と式が見張って、誰も近付けさせないから、バレる心配はない!」

「いらん恨みは買わないに越した事はない。この件は、知らぬ存ぜぬで通せば良い。お前達も巻き込まれただけだしな。竜はいつもの通りでいればいいんだ」

 竜杏は驚いていた。

「罰でも何でも、受ける気でいた……。ありがとう。感謝する……」

 竜杏が頭を下げた。タエも一緒に礼をする。タエも心配だったのだ。

(よかった……。よかった!!)

 竜杏は、自分自信の心に罪の意識を既に持っている。それで十分なのだ。この時代は斬るか斬られるか。竜杏が椎加を討った事も、そうする事しか出来ない、逃れられなかった事だったと、皆が理解してくれていた。竜杏の周りにいる人達は、彼をとても心配してくれている。そして、愛してくれている。その心遣いがとても温かい。

「頭を上げろ。この話は終わりなんだから」

 そう言うと、綱の表情はいくらか和らいだ。

「良い方向に変わったな。お前がこんなに感情を表に出すなんてね。さっきもそうだ。正直、驚いた」

「?」

 竜杏は綱に何を言われたのか分かっていない様子。貞光は笑っている。

「本気でタエが好きなんだね」

「!?」

「その子に他の男が近付くのが、そんなに嫌?」

「!!」

 タエも驚いて竜杏を見上げれば、少し耳が赤くなっていた。

「うるさいよ……」

 苦し紛れに言い放つ。タエは不思議な感覚に陥っていた。


(二人の話し方も、声のトーンも全く一緒だから変な感じ。お兄さんの前だから、竜杏も素に戻ってるはずだし、元々の喋り方が二人一緒なんだ……。さすが双子)


 この不思議な空間を楽しむべく、タエは二人の会話をじっと聞いていた。

「で、この子が貴船神社の神の眷属? ほんとに?」

 信じられないという口ぶりだ。貞光から聞いたらしい。当然と言えば当然。自分よりも小さくて幼い娘なのだから。

「後ろの白い犬は、まぁ分かるとして」

 綱もハナが見えるらしい。

「妖怪と戦った時を見せてやりたかったよ。すんげー強いのなんのって」

 貞光の話で思い出したのか、竜杏が声を上げた。

「綱のおかげで、えらい目に遭ったんだからな」

「ん? 何かあったっけ?」

 ぴき、と竜杏の額に青筋が。

「酒呑童子の手下のあいつ」

「あー、あれは済まなかった。俺もケガして療養中だったんだよ」

「まぁ、でもあのおかげで、タエちゃんのキレイな姿を拝めたんだし、恨みっこなしだな」

 貞光がにこにこしている。その点に関しては、竜杏も何も言わなかった。

「もう尻拭いは嫌だからな」

「分かってるよ」

 綱もどこか会話を楽しんでいるようだった。

「で? そのキレイな姿は見せてもらえないの?」

「見せない」

 ぴしゃりと兄に言い返す。腕組みをしてむぅ、と口を尖らせていた。タエとハナは可笑しくて笑いをこらえるのに必死。藤虎の肩も揺れている。

「まぁいいよ。その代わり、タエを溺愛してる竜の貴重な姿を拝めたから、よしとするか」

「なっ!?」

 カッと竜杏の顔が赤くなった。

「一本取られたなぁ、竜杏♪」

「~~~~!!」

 ぐうの音も出ない。大笑いする貞光に、堪えきれず笑いだしたタエとハナ、藤虎。そして、表情を緩めて笑う綱。今この瞬間は、幸せの空気に包まれていた。顔を赤くした竜杏は困り顔でタエをじとりと見る。

「後で覚えときなよ」

「ははっ。はいはい」


 タエは喜びでいっぱいだった。竜杏はちゃんと愛されている。家族に。たった一人の双子の兄に。兄弟でいがみ合う事もなく、与えられるはずだった物全てを、兄に持って行かれた弟の恨みもなく、二人はちゃんと互いを認め合っている。それが何より嬉しかった。


読んでいただき、ありがとうございました!

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