135 運命
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晴明の屋敷に着くと、美鬼が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。もうすぐ晴明様も戻られます」
馬を預けると、美鬼はタエが寝ている部屋へと二人を案内した。
「ありがとうございました」
「いえ。誰一人、タエ様に触れた者はおりませんから、ご安心を」
ほ、と息を吐いたのは竜杏だった。自分が、タエが寝ている間に手を出した前科があるので、同じ事をされていないか心配だったのだ。美鬼はそんな彼を見て、ふっと笑った。
タエは魂を体に戻し、ゆっくりと目を開けた。三日じっと寝ていたので、体が固まっている。ゆっくり両腕を上げ、片腕ずつ揉んでマッサージする。竜杏は側に座った。
「大丈夫?」
「うん。ゆっくり動かせば、すぐに感覚も戻るよ」
いてて、と言いながら体を起こす。竜杏も背中を支えてくれた。
「無理しないで。昨日の俺を見てるみたいだな」
「確かに」
二人で笑っていると、美鬼が湯呑を持って来てくれた。甘い花の香りがしている。
「どうぞ。体の懲りもほぐれると思います」
「ありがとうございます!」
湯呑を受け取り、こくりと飲んだ。口の中に甘さが広がり、体に沁みる。タエは一気に飲み干した。
「晴明様が戻られたらお呼びしますので、それまで、ここでゆっくりしてください」
「ありがとう」
竜杏も礼を言った。
しばらくすると晴明が戻って来た。着物を着替え、彼の準備が終えると、美鬼が二人を呼びに来た。タエの体ももう動かせるので、一緒に晴明のいる部屋へと向かい、今は正面に座っている。晴明はにやにや笑っていた。
「仲が深くなるまで、時間がかかったな」
「……」
晴明の言葉に、二人は顔を赤くした。
「そう照れるな。なるべくしてなったのだ。不自然な事ではない」
「不自然じゃ、ないですか?」
タエは言葉を発していた。晴明の視線は、まっすぐタエを見据えている。
「ただ、生まれ育った時代が違うだけだろう。後悔しているか?」
「いえ」
生まれた時代が違う事は、気にする事ではないと晴明が言った事で、タエは心が軽くなった。高龗神も恋愛についてはOKを出していたが、自分が過去の人間である竜杏と心を通わせた事は、いけない事だったのではと、少し不安になっていたのだ。
「人間誰しも必ず別れは経験する。それは、そなたらだけの話ではない。まぁ、そなたらの場合は特殊だがな。覚悟さえあれば、時代の違いなど問題ない。竜杏、昔、私が言った事を覚えているか?」
「昔?」
タエが竜杏を見るが、彼は眉を寄せて首を傾げている。晴明はくっと笑った。
「やはり覚えてなかったか。確かこう言ったぞ? 『いつか、竜杏の運命を変える女が現れる』と」
竜杏はタエを見た。それでも、難しい顔をしている。
「全然、覚えてない」
「だろうな。幼かった事もあったし、あの頃は色恋など諦めていたものなぁ」
「当たり前でしょ……」
期待や誰かを想う事が、無駄なものだと実感していた時だ。
「私の予言通り、運命を変える女が現れ、今、隣にいる。そなた達は、出会い、惹かれる運命だったのだよ。時を越えてね。どこの絵巻物よりも美しい話だな」
ここまで言われると照れてしまう。タエは頬を染めていた。
「それでいい。後悔しないよう、精一杯この時代を生きなさい」
「ああ」
「はい」
二人が頷くと、満足そうに扇子を揺らした。
「道満も牢で大人しくしているよ。本当に助かった」
「よかったです」
タエは、晴明の力になれて良かったと笑顔になる。
そうして、世間話を少しして、二人は屋敷に帰る事となった。
「あっ、お屋敷見えましたよ!」
「ああ。なんか、久しぶりな感じ」
「ですねぇ。無事に戻って来られて、ホントによかったです」
「まだ抜けないの? 敬語」
「あ゛」
ずっとこの口調だったので、昨日の今日ではなかなか抜けない。気を抜くと、つい敬語になってしまう。
「気を付けます」
「はい敬語」
「あ~~、難しいっ!!」
こんな会話が楽しいと、竜杏は初めて知った。これからもタエと一緒なら、いろんな楽しい事が待っているのだろうと期待してしまう。
(俺が何かに期待するなんて……思ってもみなかった。でも、タエだから思える事なんだろうな……)
タエの小さい背中を見つめて思う。この小さい体に、自分を幸せにしてくれるものがたくさん詰まっているのだ。壊れないよう、傷付けないよう、大事にしたい。竜杏は素直にそう思った。
屋敷に戻ると、宣言通り写真を撮り、藤虎が食事を用意しておいてくれた。それを皆で一緒に食べた。車輪の妖怪も現世に干渉し、同じ食事をとる。食事から体力を回復するという理由もある。車輪の妖怪は初めて食べる人間の料理に、最初は戸惑っていたが、一口食べると美味しかったらしく、がつがつ食べてくれた。
食事も終え、自室に戻ったタエは着物に着替える。就寝前は、洋服の上に着物ではなく、きちんと着物を着るようになった。着付けも大分慣れてきて、一人で出来るようになった。
平安時代の部屋着は、小袖を着、緋色の袴を穿いて、単を一枚と、袿という上着を羽織る。以前、竜杏が用意してくれた巫女の衣装の一部で、普段でも着られるようにと教えてくれた。背筋が伸びる心地だ。
着替えを済ませ、いつもの縁側に腰かけた。ハナも側にいる。太陽は大分沈んでいる。夕焼けがとても赤い。
すると、竜杏の部屋の障子も開き、同じく部屋着で出てきた彼は、タエの隣に座った。
「聞かせてもらっていい? タエ達は、何で俺を探してたの?」
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