表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の代行者  作者: うた
第三章
135/330

134 コンプレックス

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます。

 ざく、ざく……。


 タエと竜杏の気持ちが通じ合った翌日、彼は石清水八幡宮の庭で椅子に座っていた。その周りをタエがぐるぐる回っている。手には短刀が。

「ここをちょっと切って――」

 ぶつぶつ言いながら彼の髪を少しつまみ、短刀を押しあてる。ざくりと斬れた。切れ味がめちゃくちゃ良い。

「頭が軽い……」

 竜杏は不思議な心地だった。椎加に斬られて、ざんばらになっていた髪の毛を、タエが揃えているのだ。この時代には、タエが使い慣れているハサミがないので短刀で。背中まで垂れていた長い髪も、今はすっきり、さっぱりだ。タエは竜杏の正面に周り、左右で長さがおかしくないかをチェックしている。

(近い……)

 タエが真剣に髪の毛を切ってくれているのだが、今までなかった距離にタエの顔があるので、緊張してしまう。昨日は自分からタエに口付けたが、まだ関係が恋人に変わった事に慣れていないので、心臓が痛いほど早い。そして、欲が出る。竜杏の両腕が上がった。


 ぎゅっ。


「ぅわっっ!」

 いきなり抱きしめられ、タエは思わず声を上げた。彼は座っているので、胸元に顔がある。その状況に、タエの顔は一気に赤くなった。

「おやか――じゃなかった。竜杏、危ないです!」

 短刀を持っているので、冷や冷やした。

「つい、こうしたくなって。敬語禁止」

「ついって……」

 理由がかわいすぎる。タエは嬉しすぎて頭が爆発しそうだ。縁側では、ハナと藤虎が微笑ましくこちらを見ていた。恥ずかしいが、タエは短刀を持っていない左手で竜杏の背中をぽんぽんする。

「もう少しで終わりま――、終わるから、もうちょっとじっとしてて」




「バッチリです!」

「おお」

 タエが竜杏の髪の毛を揃え終わり、二人に見せた。ハナと藤虎の声がハミングした。

「このような髪型は、初めて見ますなぁ」

「いいね。現代はこんな感じやもんね」

 藤虎は感心し、ハナも頷いている。竜杏のケガも完治し、もう動いても大丈夫となった。タエもようやくホッとする。そして髪の毛も上手く切れて、タエは肩の荷が下りた。

「ちょっと切りすぎた所も、はねた髪が誤魔化してくれてる」

「失敗してるの……」

 竜杏は眉を寄せた。

「大丈夫! しっかり男前だからっ」

 そう言うと、タエは手を合わせ、集中した。

「水鏡!」

 タエが広げた手の中に、水が渦巻き、固まると、きらりと太陽光を反射する鏡になった。その中に、竜杏が映る。新しい自分の姿を見て、左右に顔を傾け、短くなった髪をつまんでみた。

「竜杏の髪は、しっかりしてるけど、少し、くせ毛なのかな。短くなると毛先がはねちゃうみたい。だから、良い感じに色々カバーできてる」

「くせ毛?」

 竜杏は初めて聞いたようだった。

「真っ直ぐな髪じゃなくて、扱いがなかなか難しい、くせのある髪質の事。私がそう」

 タエが自分の髪をつまんでみた。

「私は波打ってるくせ毛で、雨が降ると広がるの。髪を縛ってないと恰好悪くて。でも竜杏のくせ毛は、ちょっとひねくれてるだけで、かわいいもんですよ」

「俺の性格が出てるって事?」

 眉を寄せた。タエはふっと笑っている。

「さぁ。でも、サラサラでふわっとしてて、すごく気持ちいい触り心地です」

 水鏡の自分を見る。竜杏の表情が少し、暗くなった。

「この髪の色……変じゃない?」

「全然変じゃないですよ。キレイな栗色じゃないですか。おかしいですか?」


「ずっと、この髪の色と目の色は、呪いの色だって言われてきたから」


 タエは目を瞠る。

(まぁ、日本人は黒髪に黒の目が一般的か。元々色素の薄い人もいるけど、この時代では異色に見えたのかもしれないな)

 タエは、竜杏の髪を優しくなでた。

「私、竜杏と初めて会った時、栗色の髪も、光に当たった時に見える緑の瞳も、すごくキレイだなって思ったんですよ。竜杏に似合ってるし、大好きな色です」

 微笑むタエを見て、竜杏は驚いていた。長年のコンプレックスを、褒められるとは思ってもみなかったのだ。竜杏は照れくさい気持ちになる。鏡の中の彼の表情は元に戻り、術を解いて鏡も消えた。

「ありがとう……。敬語戻ってる」

「しまった」

 あはは、と笑いながら、タエは台の上に置いている和紙を丁寧にたたむ。そこには、切った竜杏の髪の毛がまとめてあった。石清水八幡宮の美しいお庭を汚すわけにはいかないので、和紙を何枚かもらい、袋状に折って、髪の毛が風で舞い散らないようにしていたのだ。切り落とされた彼の髪も、太陽に当たってキラキラと光っている。タエの目には、「竜杏の髪です!」と主張しているように見えるので、無下に扱えない。丁寧に折りたたみ、タエの着物の胸元にしまった。それを見ていた竜杏は声をかける。

「俺の髪、宮司に頼んで捨ててもらおうか」

「大丈夫。後で私から言うよ」

 タエがそう返事をするので、竜杏も「そう」と了解した。

「竜杏、お屋敷に帰ったら、写真取るからね!」

「え、写真を?」

 タエはやけに張りきっている。ハナは笑っていた。

「洋服着せたら、現代人と変わらないね」

「そうっ! めっちゃカッコイイやん? 想像しただけで顔がにやける……くーー!!」

「いたい、お姉ちゃん……」

 バシバシと近くにいたハナをしばく姿に、竜杏と藤虎はただ見ている事しか出来なかった。




 竜杏の体調が戻ったので、都に帰る事になり、石清水八幡宮の宮司達に礼と別れを告げる。八幡宮の神も、道満の術のせいでかなり弱ってしまった。回復まであと少し時間がかかるが、じきに戻ると言う。話は出来なかったが、門をくぐる時にうっすら姿を見せてくれ、頭を下げたので、皆は恐縮してしまった。それでも最後は笑顔で手を振り、出発した。


 また来た道を戻るのだ。しかし、心は行きよりも軽い。目に入る風景も、鮮やかさを取り戻しているようだ。馬は軽快に走り、予定よりも早くに帰れそう。

「車輪、欠けてるのは痛くないの?」

「欠けた時は痛かった。今は、力は出ねぇけど、痛みは引いてる」

 タエはハナの背の上で、車輪の妖怪の様子を気にしていた。意識を取り戻したが、力の源である車輪が欠けたので、力が使えないという。

「車輪を持つ火の妖怪って、火車もいるやんね。親戚とか?」

「火車とは別物だ。あいつらは偉そうで、自分のが上だと思ってるけど、俺の炎の方が質は上だ。一緒にすんな」

「すいません」

 ぶっきらぼうで、なかなか口が悪い。しかし、竜杏を助けてくれた義理堅さは知っているので、タエ達は気にしていなかった。むしろ正直なので、好印象だ。未来の彼は、性格が丸くなったのだろう。元がこうなだけだ。

「名前は?」

「ねぇよ」

「ふぅん」

 タエはここでやめておいた。妖怪に名を刻む事の大きさを知っているからだ。

「まぁ、お屋敷に着いたら、ゆっくりしなよ。まだ全快してないし」

「いつまでも人間の所にいられるわけねぇだろ」

 妖怪は眉を寄せていた。嫌がるというよりも、困っているような感じだ。


「いればいいよ」


「!」

 妖怪は、隣を走る竜杏を見た。彼が車輪の妖怪に話しかけたのだ。

「俺を助けてくれた恩を返したいし。それに、元はあの屋敷も妖怪屋敷だったんだ。お前がいても違和感ないよ」

「貸し借りなしだって、言っただろうが……」

 ぶつぶつ呟いた。今度は照れているらしい。タエは笑っていた。




 そうこうしている内に、都に入った。まずは、晴明の屋敷へとまっすぐ進む。タエの魂を体に戻す為だ。藤虎、ハナ、車輪の妖怪は、一足先に竜杏の屋敷へ戻ると言った。タエはハナから降り、妖怪を背に座らせる。大きな体のハナの上にちょこんと座る妖怪は、見るだけでかわいかった。

「では、御先に。ゆっくりお戻りください」

 藤虎がそう言うと、背を向け駆けだす。ハナも続いた。

「? 一緒に安倍家に行かねぇのか?」

「空気を読みなさい。二人きりにしてあげんの」

「空気を……読む?」

 そう言う事に疎い妖怪は、首を傾げながらも、ハナにしがみついていた。



「じゃ、乗って」

 竜杏がタエに手を伸ばす。タエは、微笑みながら現世に干渉し、彼の手を取った。前に座らされる。と、竜杏は左腕でタエの体をぎゅっと抱きしめた。驚いて彼を見上げる。

「竜杏?」

「ずっとこうしたかった」

 ずいぶんと素直になっている。タエは頬を染めながら笑うと、彼に体を預けた。

「私も」



 晴明の屋敷まで、あと少し。


読んでいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ