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月夜の代行者  作者: うた
第三章
134/330

133 通じ合う心

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

 顔を覗き込まれ、視線が合う。顔が近い。タエは、真っ赤な呆け顔で彼を見つめた。御館様の顔も、赤くなっている。


「ずっと、言わないままでいるつもりだった。あんたの人生は、未来にまだまだある。俺の気持ちは、あんたを傷付けると思って……。ただ、笑ってる顔を、側で見られればいいと思ってた」

 御館様がぽつりぽつりと話し出す。こういう話に慣れていない彼は、必死に言葉を選んでいた。

「でも、あんたも俺を好いてくれてるって知って……正直に嬉しかったよ。そうしたら、欲が出た。前に言ってたでしょ。俺も、欲を持っていいって」

「はい……」

 御館様の瞳が、タエを繋いで離さない。目を逸らせない。

「タエを幸せにしたいって、思った……。俺の手で。時間は限られてるけど、その間は……あんたを俺のものにしたいって、思ったんだ。だから、俺に対するあんたの気持ちを、未来に持って帰ってもらっちゃ、困る……」

 握られた手に力が入った。いつもの天邪鬼の彼ではない。そんな彼を見て、タエは妙に冷静になれた。

「なんだか今日は……素直ですね」

「ものすごく恥ずかしいんだから。何自分だけ冷静になってんの」

 御館様は赤い顔のまま、じろりとタエを睨んだ。

「俺が竜杏だって、黙ってた事、怒ってる?」

「怒ってませんよ。御館様の気持ちは、十分理解してるつもりです。やっと分かって、喜んでるんですよ。私も、ハナさんも」

「喜ぶ?」

「私達が探してる人が、御館様だったらいいなぁって、思ってたんで」

 向けられた笑顔が、眩しい。照れながらほほ笑むタエは、御館様には美しく見えた。

「なら、良かった。話、逸れてる」

「え」

「で? まだ俺から離れるつもり?」

 再び頬が熱を持ち出した。握られている右腕が熱い。タエは、首を横に振った。

「お側に……いたいです」

「ん。それでいい」

(わっ。笑った!)

 タエの言葉に嬉しくなった御館様が、ふわりと笑った。今までにない優しい微笑み方に、タエは心臓が口から飛び出てしまうのではないかと思うくらい、鼓動がはねた。

(めちゃくちゃ、かっこいい……)


「もう堅苦しい関係じゃなくなったし、俺の事は“竜杏”でいいよ。敬語もなし」

「え!? 嫌じゃないんですか?」

 大人になっても、幼い頃の名前で呼ばれるのは、やはり嫌なのでは。タエはそう思っていた。

「ちゃんと名前で呼ばれたい。貞光さん達にも呼ばれてるし。タエやハナ殿に呼ばれるなら、不快に感じないよ」

 タエは考えた。この時代では、二つ名付けてもらうのが普通だ。しかし、彼は一つ。そこで思った。

「分かりました。御館様は、私と一緒ですね」

「? 一緒?」

 タエの言う意味が分からなかった。

「私も生まれた時からタエです! 御館様も生まれた時から竜杏でしょう? ほら、一緒。未来は、親からもらう名前は一つだけなんですよ。男の子も女の子も。御館様は時代を先取りしてますね!!」

 御館様は、目から鱗が落ちたようだった。目の前で笑う未来から来た娘が、自分の人生に光を与えてくれる。前に伸びる道が、輝きだした。

 御館様は、タエを抱きしめていた。

「ぅわっ」

 タエは思わず声を出したが、抱きしめられる力は強くなる。

「……ありがとう」


 耳元で聞こえた声は、少し震えていた。名が与えられなかった引け目、悲しい気持ち。椎加に名無しと呼ばれていた頃。自分が自分でない感覚が、常に付き纏っていた。兄の影として、自分を殺す日々。それを変えてくれたのが、タエとハナだった。

 タエとハナは、最初から自分を見てくれていた。作り者ではない、等身大の自分を。貞光や晴明も認めてくれて、救われていたが、タエの存在はかなり大きかった。ハナはこの上ない癒しとなった。まっすぐに向けられる視線や笑顔に、喜びを感じていたのは事実だ。


(一番欲しかったもの。それが、自分の腕の中にある……)


「ちゃんと良い事、あった。あんたに会えたから。生きる事を諦めなくて、本当、良かったよ」

 幸せというものが、どういうものか、初めて知った御館様。

「……タエ?」

 御館様の腕の中で、じっと動かないタエに声をかける。見てみれば、呆然と固まっていた。

「大丈夫?」

「ほんとに、私でいいのかなって、思っちゃって」

 ぽつりと呟いた。

「私、子供だし、おしとやかでもないし、妖怪真っ二つに出来るくらい残酷だし……」

 は、と息を吐いた御館様。

「妖怪を真っ二つにしてる時点で、おしとやかじゃないでしょ。タエの仕事は、そこまで残酷にならなきゃ出来ない事なんだって、理解してる。……確かに、まだ幼い所はあるけど、気にならないよ」

 タエがおずおずと御館様の顔を見た。タエの顔は真っ赤だ。

「私、両想いになるの、初めてで……。すごく嬉しいです。でも、幸せすぎて、逆に実感がないっていうか……」

 御館様の右手が、タエの後頭部に触れる。


「じゃあ、これで実感できる?」


「? ――!!」

 御館様の整った顔が、より近くなったと思ったら、視界が暗くなった。そして、唇に何か触れる感触が。それが何か分かるまで、今のタエに何が起こっているか理解できるまで、数秒の時間がかかった。

(私……御館様と!?)

 肩に力が入るが、御館様の腕がしっかりとタエの肩を掴んで離さない。タエは目をぎゅっと閉じ、震える手で、彼の着物を握ることしか出来なかった。

 短い時間だったはずだが、タエは随分長い時に感じた。唇が離れ、風が二人の間を吹き抜ける。

「実感、沸いた?」

 ぶんぶん頭を上下に振るタエ。その様子を見て、御館様はくすりと笑った。

「可愛い」

「かっかわ!?」

 タエの顔は、これでもかというほど赤い。タエの反応一つ一つが面白いようで、御館様は楽しんでいる。

「御館様からそんな言葉を聞くなんて……」

「ずっと思ってた。タエのいろんな顔を今まで見てきて、可愛いと思ってた。妖怪と戦ってる真剣な顔は、キレイだった」

「そ、そんな事、ないです……」

 思ってもいなかった褒め言葉に、タエはたじたじだ。

「元の時代で言われた事、ないの?」

「ないないない!!」

 御館様は眉を寄せた。

「タエほどの子、男が放っておかないでしょ?」

「いや、モテた事、ないです……」

 御館様はふぅんと声を漏らすと、タエの頬に触れた。

「男共の目が節穴で良かった」

「御館様……」

 タエが呼ぶと、ふいに頬をつねられる。

「ふえ?」

「“御館様”じゃなくて“竜杏”」

 両頬をむにむにされる。そんな事でも嬉しくなる。タエは頬が緩んでいた。

「りゅ……りゅうあん、さん」

「さん、いらない」

 タエは困っていた。年上男性を呼び捨てになど、した事がないし、基本友達も呼び捨てにしないので、とても照れる。

「言ってみて。ほら」

「り、りゅう……あん」

「もう一回」

「……竜杏」

「うん。合格」

 本当に嬉しそうに竜杏は微笑み、タエの両頬に手を添えたまま、もう一度口付けた。


 太陽の光が差し込む部屋が一層明るくなり、温かい風が吹き込んでくる。二人は幸せの光に包まれているようだった。





「……もう、起きていいか?」


「!?」

 竜杏の側に車輪の妖怪が寝ていた事を、すっかり忘れていた二人。妖怪も意識が戻っていたが、二人の雰囲気に、起きるタイミングを逃していた。タエも竜杏も、一気に恥ずかしさが増し、お互い真っ赤になっていた。


読んでいただき、ありがとうございました!

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