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月夜の代行者  作者: うた
第三章
133/330

132 穏やかな時間

ブックマーク、評価、感想、ありがとうございます。

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 昼過ぎ、都から兵士が石清水八幡宮に到着した。晴明は自分の式神も数体呼んでいて、檻を監視させている。

「じゃあ、俺達は一足早く、都に帰るわ。無理せずゆっくり帰って来いよ」

 貞光が人の良い笑顔を見せながら、挨拶に来てくれた。彼も道満の監視に着くと言う。

「タエの体はしっかり守るから、焦らず戻りなさい。竜杏、ではまた都でな」

「ああ。見送れず、すまない。気を付けて」

 晴明は、御館様を“若”ではなく、“竜杏”と呼んだ。これが通常の呼び方だったのだろう。タエとハナの前だったので、“若”と呼んでいた。

 御館様は、まだ一日はじっとしているよう晴明に言われている。術で回復出来たとはいえ、その回復スピードに、体がまだ対応しきれていないという。専門家である晴明の言葉を素直に聞いた。

 藤虎、ハナ、タエは彼らを見送ろうと、廊下に出る。すると、タエは貞光に止められた。

「タエちゃんは、竜杏に着いててやってくれな」

「え?」

「あいつ、一人じゃ寂しいみたいだし」

「何言ってんですか。子供じゃあるまいし」

 御館様が眉を寄せて、じとりと睨んだ。

「見送りは藤虎とハナ殿で十分だ。積もる話もあるだろう。ここにいればいい。道満の捕縛に協力してくれて、礼を言う」

 タエは言う通りにするしかないと察し、二人に頭を下げた。

「お二人とも、御気を付けて帰って下さい」

「ああ」

 晴明が、穏やかに微笑んでくれた。貞光は、タエの頭に手をぽんと置いた。

「また遊びに行くから、元気でな。タエちゃん、あいつの為に泣いてくれて、ありがとう」

 彼の温かい眼差しに、また泣きそうになったが、タエは笑って答えた。




「御館様、体は大丈夫ですか? 痛い所はないですか?」

 部屋に二人きり。今まで何度もあったはずなのに、ものすごく緊張する。タエはそんな気持ちを隠すように、明るく振る舞った。御館様の側に座る。護符は包帯で固定しているので、まだ効果を発揮していた。

「大丈夫。貴船の神の力はすごいな」

「そりゃそうです! トップクラスの力を誇る神様ですからっ」

 タエは、えっへんと胸を張った。

「とっぷくらす?」

 聞いた事のない言葉に、疑問符が飛ぶ。タエはしまったと眉を寄せた。

「一番上って事です。力の強い神様は何人もいますけど、その中でも頂点にいる神様の中に入る方なんですよ」

「そうか」

 御館様の表情が穏やかだ。タエはここまで柔らかい雰囲気の彼を見た事がなかったので、ドキドキしていた。しかし、心臓をぎゅっと掴まれるほどの痛みもある。タエは口を開いた。

「あの……」

「ん?」

 タエが俯いたので、どうしたのかと訝った。タエは膝の上に置いた両手をぎゅっと握っている。

「すいませんでした……」

 突然の謝罪に、御館様は片眉を上げた。

「謝られる事、あった?」

「御館様の事、しっかり守るって言っときながら……大怪我をさせて、すいませんでした。恥ずかしいです。それに、親戚をこ……討たせてしまいました……」

 御館様にタエの表情は見えない。俯いているから頭頂部しか映っていないのだ。

「そんな事か。今回は仕方なかっただろ。椎加との一騎打ちだったから。男同士の真剣勝負を邪魔されたら、タエでも怒るよ」

「でも――」

「あの大蛇から守ってくれたし、それで十分だよ。それに――俺の事を、信じてくれてただろ」

「え……」



「『私の大切な人は、あんな奴に絶対負けない』、だったっけ?」



「……っ!!」

 一気にタエの顔が真っ赤に染まった。全身の毛穴が開く。髪の毛も逆立ちそうだ。

「き、き、聞いてたんですかっっ!?」

「聞こえた。道満と離れた距離で話してれば、大声になるでしょ」

「うそおぉぉぉ~~~~!!」

 両手で口を覆う。真っ赤な顔は隠れていない。今日は、タエが真っ赤になる姿をよく見る。

「あいつを討った事も、後悔はしてない。覚悟はしてたから。確かに心は痛むけど、あいつがした事を、俺は絶対に許さなかったし」

「長年のいじめは、やっぱり許せないですよね」

 御館様の目が一瞬丸くなる。すると、はぁ、と息を吐き出し、手を伸ばした。タエの頭をなでる。

「違う。タエを襲った事」

「え……」

 優しい手つきで頭をなでられる。心地よくて、恥ずかしくて、頬が熱を持ち出した。

「俺が受けた仕打ちなんて、タエが受けた事に比べればどうでもいい事だよ。……あんたが椎加に押し倒されてる姿を見た時、理性が吹っ飛びそうだった」

 辛そうに眉が寄せられる。思い出したのだろう。

「何もなかったから良かったけど、刀を本気で抜きそうになった。抜いたら確実にあいつを斬ってた……。あんたの前だからって、なんとか抑えたんだ」

 タエの目の前で人を斬る姿を見せたくなくて、必死に刀に向かう手を拳に変えて、椎加の頬を殴ったのだ。その事実を初めて知り、タエは心臓がどくどくと痛い程脈打つ。


(ダメだ……。気持ちが溢れそう……)


 タエは波のように押し寄せる、御館様への想いを必死に押しとどめていた。

「ありがとう、ございます。私の事を考えてくれてたなんて……嬉しいです。その気持ちで、十分……私は幸せです」

「ダメだ」

「え?」

 タエは何を言われたのか、よく分からなかった。御館様を見れば、どこか焦っているような、切羽詰まっているような表情をしていた。

「……あんたは、元の時代に帰るから……、絶対に言っちゃいけないと思ってた」

 その先を聞きたいが、聞いてはいけないような気がして、タエは声を上げる。

「お、御館さ――っ!」

 頭を撫でていた手が、タエの頬にきた。タエは言葉を失い、体が固まる。

「……本当は、聞いた。あんたの独り言……」

「……へ!?」

 今度は冷や汗が出る。タエの体は熱くなったり寒くなったり、とても忙しい。

「どど、どこから……?」

 御館様の耳が、少し赤くなった。



「……『御館様、好きです』から」



(最初かーーーーい!!)

「ああああああ、あのっっ!! 忘れてくださいっ! すいません!! バカな事言いました!! きっと御館様の空耳で――」

 タエが慌てて後ずさりをしだしたので、御館様は素早くタエの腕を掴んだ。

「逃げないで。干渉も解かないで」

 腕を掴まれる事とそのセリフ。前にもあったなと、タエの頭の片隅にある冷静な部分が思ったりもしたが、それどころではない。掴まれた右腕が熱い。タエは左手で顔を隠し、俯いた。

「本当に、忘れてください。わ、私は、いつも通りにしますから。嫌だったら、ハナさんだけ側に置いて、私は離れた所にいますから――」

「それは困る」

 タエは視界の端で、彼が掛け布団代わりの着物をどけ、ベッド畳から動いた事を捕えた。タエはダメだと思考が戻り、注意しようと顔を上げる。

「動いちゃ――」



「俺も、タエが好きだから」


読んでいただき、ありがとうございます!

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