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月夜の代行者  作者: うた
第三章
132/330

131 真実

「御館様ああぁぁぁぁぁ!!」

「あ、あつくるしい……」

 藤虎が御館様の手をがっしり握り、涙と鼻水の滝。至近距離で髭面においおい泣かれると、なかなかの迫力だ。御館様は渋い顔をしていたが、本心は嬉しいのだろう。照れ臭そうだ。

「まぁ、この調子なら、大丈夫だな」

「安心した」

 貞光と晴明も、ホッと笑みを漏らしていた。

「タエちゃんも、よくがんばったな」

「いえ、私は側で見てる事しかできなかったんです。一番がんばってくれたのは、ハナさんで」

 貞光がタエを労ってくれた。だが、タエは首を横に振る。ハナが、高龗神から回復の護符をもらって来てくれたと説明した。すると藤虎は、代行者の仕事から戻って部屋の隅で寝そべり、こちらを見ていたハナに駆け寄り、今度は彼女に抱き着いた。

「はっ!? ふっ、ふじと――!?」

「ハナ様、ハナ様あぁぁ! ありがとうございますうぅぅぅ!!」

 藤虎の勢いに押され、無意識に現世に干渉してしまったハナ。ぎゅうぎゅうと力の限り抱きしめられ、ハナは白目をむいていた。

「おね……ちゃ、……た、たすけ……」

「あはは。藤虎さんの愛だから、しっかり受け取んなよ」

 感激している藤虎と、締めあげられているハナを見て、タエ、貞光、晴明は笑っていた。やっと解放された御館様は、息をつきながらハナを哀れに思い、そしてタエを見た。いつもの表情に戻っている。


 嬉しくて大泣きしていた顔、タエの独り言を聞いていたか質問した時の顔を思い出した。なかなか忘れられそうにない。


 ただ、タエの横顔をじっと見つめていた。




「タエ、ハナ殿」

 藤虎も落ち着きを取り戻し、全員が部屋にいる事を確認して、御館様が口を開いた。

「二人の疑問を今、話しておこうと思うんだけど」

 タエとハナは顔を見合わせる。貞光と晴明も側に控えている。

「すまん。俺がつい呼んじまったからか」

「いえ。ずっと隠しておく事は、出来なかったでしょうし」

 貞光が申し訳なさそうに眉を寄せたが、御館様は穏やかに否定した。よいしょ、と体を起こす。もうそこまで回復出来ている。傷だらけだったはずなのに、高龗神の力の凄さを改めて知る。タエとハナは彼のすぐ近くに座った。

「椎加の奴も、タエに言ったんでしょ? 俺には名前がないって」

「あ……」

 思い出した。椎加は怒りのままにそう言っていた。あまり気にも留めなかったので、すぐに忘れてしまったが。タエは頷いた。あの会話も、ハナの鏡から聞こえており、御館様本人も聞いていたのだ。

「タエ達の時代に、元服ってある?」

「元服って大人になった証に、正式な名前をもらうってヤツですか?」

「儀式もあって、元服名って言うけど」

「未来には、もうありません」

 そう。御館様は呟き、俯いた。

「椎加の言った事は真実だ。俺に元服名はない」

「え? 渡辺綱って……」

 タエが思わず声を出す。御館様は、真っ直ぐにタエを見た。




「綱は俺の兄の名だ。俺は、綱の双子の弟。影武者として、生きて来た」




 それから、御館様は淡々と語って聞かせた。

 兄の影武者として、共に戦に行った事。兄が戦中、負傷して出陣出来ない時は、彼が綱として出陣していたのだという。父親から兄の口調、癖を覚えさせられ、お前はただの影だからと、家族や本当に信頼できる者以外に存在を隠され、元服しても名を授けてもらえなかった事。加えて妖怪を引き寄せてしまう体質から、一族でも恐れられ、忌み嫌われ、本家を追い出され、今の屋敷に送られた事を。

「父上からすれば、俺はただの道具にしか過ぎない。時期当主である綱を、生かす為の身代わりだ。それでも、運良く今まで生き延びて来たから、我ながらしぶといよな」

 自嘲気味に笑う。タエもハナも、言葉が出なかった。藤虎は、悲しそうな顔をしている。


(御館様のお父さんに会った時に聞いた、『大事な役目を負ってる』って、この事だったんだ……)


 あの時感じた違和感の正体をようやく掴めたが、それはあまりにも悲しかった。

「だから、俺には幼名の“竜杏”て名前しかないんだ。貞光さんや晴明は、ずっとそう呼んでたから、不快には感じないけどね」

 タエとハナは気付いた。自分達がいる時、貞光と晴明、そして藤虎は、一度も御館様の名前を呼んでいなかった。呼ぶ所を見た事がなかった。それは、彼が影武者の役目を負っているので、不用意に名を呼んでバレる事を恐れたからだ。しかもタエとハナが、“竜杏”という名の者を探しているので尚更。“綱”と呼んでも良かったはずだが、どこで誰が聞いているか分からない。彼らの最大の配慮だったのだろうと、タエとハナは納得した。


(茨木童子が本当に狙った“渡辺綱”は、お兄さんの方だったんだ)

 ハナは、あの時に感じた違和感の正体をようやく知る事が出来た。



「タエ達が“竜杏”て名前の奴を探してるって聞いた時は、本当に驚いた。でも、今の俺は綱の影で、名前はない。だから、昔知ってた竜杏は死んだって、言ったんだ。屁理屈を言った。ずっと探し続けてる姿を見てたのに、ごめん」

 御館様が素直に謝った。もしかすると、これが本当の御館様なのかもしれないと、タエは感じていた。

「タエ達が探してる奴が、本当に俺かどうかも、分からなかったからって言うのは、言い訳だ」

「御館様が言いたい事も、分かるよ」

「もう面倒事に関わりたくないって、思っちゃいますもんね」

 ハナとタエが頷いた。

「どう? 俺が、あんた達が探してた“竜杏”なのか?」

 御館様が不安げに眉を寄せた。タエとハナは目を合わせ、頷き合う。

「間違いない」

「私達が、探してた人です」

「そうか……」

 部屋の中に、心地よい風が吹き込んできた。御館様の不揃いな髪が揺れる。

「それで、俺にどうしてほしいの?」

 タエは考えた。ここで説明してもいいが、どこか場違いな気もする。ハナも何も言わないので、タエは笑って答えた。

「その話は、御館様が元気になってからにしましょう。急ぐ話でもないですし。今は、御館様の体を治すのが、一番です!」

 彼は少し拍子抜けした様子だったが、肩の力が抜けた。タエは両手をずっと固く握っていた。勇気を出して口を開く。

「話してくれて、ありがとうございました。……生きてくれて……ありがとう、ございます……」

 ぽたり。

 膝に雫が落ち、着物に染みを作った。御館様の目が見開かれるが、すぐに優しい眼差しに変わった。左手を伸ばし、タエの頭をなでる。

「泣かなくていいよ。確かにしんどい生き方だけど、ちゃんと良い事もあったから。俺の人生も、捨てたもんじゃなかった」

「うー」

 こぼれる涙は止まらない。話を聞いている間から、ずっと堪えて来た。こんなに辛い人生を送って来た人を、タエは知らなかった。彼は、本当に生きる事を諦めなかった。その強さを尊敬し、惹かれた。そんな彼の側にいてくれた、藤虎や貞光、晴明、御館様の母の心の温かさが身に沁みた。


 手拭いで涙と鼻水が垂れるのを防ぎながら、タエは素直な言葉を発した。

「御館様が孤独じゃなくて、本当によかったれす……」

「うん。ここにいる皆や、頼光様、母上に、毎日感謝してるんだ」

 また温かい風が、部屋に入って来て、御館様の髪の毛を揺らした。


 彼の心の中にも、温かく穏やかな風が、今、吹いている。


読んでいただき、ありがとうございます!

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