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月夜の代行者  作者: うた
第三章
130/330

129 地獄へ

ブックマーク・評価をしていただき、ありがとうございます!


嬉しいです。がんばります!!

 晴明と貞光が道満の所へ歩いて行く。それを見て、タエとハナは御館様達の所へ戻った。

「タエ、ハナ殿……ありがとう」

「いえ」

「私達がすべきことをしただけよ」

 タエが笑顔で応え、ハナも表情を和らげた。つい数分前の迫力がなくなっている。

「薬箱を取ってきますので、お側についていてもらっていいですか?」

「大丈夫だ。そこの岩に座ってる」

 御館様が平気そうに言っているが、タエがしっかりと頷いた。

「見てますから、安心してください」

 それでは、と藤虎は馬を繋いでいる所へと走って行った。それを見届け、タエとハナはある事に気付く。

「え!? 車輪の子!?」

 タエが驚きの声を上げた。御館様の側に横たわっている妖怪を見つけたのだ。抱き起すタエ。幼児くらいの大きさなので、両腕に抱えられた。

「最後、この者に命を助けられた」

「爆音が聞こえたけど、この者の力だったのね」

「そう」

 ハナの言葉に頷く御館様。タエは嬉しかった。御館様を守ってくれる存在が、まだいてくれたことに。

「お姉ちゃん、その子をこっちに。木霊の力を借りて来る」

「少しでも回復できればいいもんね。お願い」

 ハナが妖怪の首根っこをくわえ、山の中に入って行った。たちまち、御館様とタエだけになる。

「木霊の力?」

 御館様が疑問をぶつけてきた。

「木霊は木の精霊なので、回復の力があるんです。あの傷を完全に治すのは難しいと思いますけど、妖力補充と疲労を和らげるくらいなら」

「そうか……」

 御館様がぐぐっと体を持ち上げる。立ちあがろうとしているが、やはりふらついた。

「御館様っ、支えます!」

「無理じゃ――」

 言いかける御館様の手を握った。目を見開く。タエは微笑んだ。

「現世に干渉すれば、私も触れるんですよ」

 御館様が震える手を上げ、タエの頬に手を伸ばす。今度はしっかりと触れる事が出来た。

「触れられた……」

 心底ほっとするような表情で、目が優しい。タエはどきどきと心臓が痛い程早鐘を打っている。近くで見つめられる事が恥ずかしくなり、タエは御館様の肩を支えた。

「た、立ちましょう! そこの岩に座るんですよね」


 御館様の手もタエの肩を掴む。掴まれている所が熱を持つ。ゆっくりと歩を進め、岩に座らせると、彼の着物についた砂や汚れを払う。裂かれた着物の奥に見えた足や腕には、大きな切り傷がいくつもあった。そこから流れ出た血液は、大分固まっているが、まだ完全に止まっているわけではない。

「大分血が出ましたね」

「ああ……」

「眩暈は? 気が遠くなったりしてませんか?」

 タエが御館様の側に膝を付き、彼を見上げる。御館様は、タエを見つめていた。

「だいじょうぶ……」

 口ではそう言うけれど、明らかに大丈夫ではない。血色がないので、顔色が悪い。タエは自分の着物を裂いてでも、彼の傷を塞ぐべきだと考えるが、大蛇の体に入った身。衛生的だとは思えない。藤虎を待つしかなかった。

「何かできる事……。あっ、ばい菌が入っちゃいけないから、傷をキレイにしないと! あの、水を探してきま――」

 タエが立ちあがり、山に入ろうと向きを変えると、御館様がタエの腕を掴んだ。

「いい。ここにいて……」

「でも、傷が」

「頼むから……」

 掴まれる腕が熱い。弱ってタエを頼ってくれる彼を見て、今一番しなくてはいけない事が何か理解した。

「分かりました。ここにいます」

 タエが両手で、握られていた手を包む。そして再び彼の側に腰を下ろした。御館様もホッと息をつく。

「あの蛇に……喰われたかと思った……」

「ああ。鱗が異常に固かったんで、中から切り崩すしかなかったんです。蛇のお腹に入る感覚は、やっぱりいいもんじゃないですね」

 はは、と笑って見せる。御館様の知るタエだ。それが何より安心できた。そしてタエは、すっと真剣な表情になる。

「屋敷に戻ってからでいいですけど……、ちゃんと聞かせてください。貞光様が、御館様を『竜杏』って呼んだ事……」


(やっぱり、聞かれてた……)


 俯き、目を伏せた御館様。ゆっくりと目を開けると、頷いた。

「分かった」

 それだけ聞くと、タエはまた微笑んだ。

「屋敷に帰ったら、お味噌汁、作りますね。体に良いですから」

「うん」

「あっ!」

「?」

 タエが突然何かを思いついたように顔を上げた。握っていた手を離し、両手で御椀の形を作る。

「貴船の神水よ。お願い。ここに集まって」

 すると、タエの手に水が溜まった。御館様も驚いて目を見開く。

「私、属性が水だから、一番キレイな水を出せるんでした」

 あは。どこか照れたような笑い方。水を探すと慌てていた事が恥ずかしい。御館様も肩の力が抜けたようで、ふっと笑っている。そうして、御館様の傷を洗い、傷口をキレイにすることが出来た。


 藤虎が馬を引いて戻って来、傷口を酒で消毒し、薬を塗って清潔な布を巻く。救急道具をしっかりと用意している辺り、御館様らしかった。藤虎や貞光も傷を負っていたので、全員で手当てをし合う。そうこうしている間にハナも戻って来た。妖怪はぐっすり眠っている。体力回復の為だ。



 妖怪はタエが抱き、ハナの背に乗る事になった。

「道満は一先ず石清水八幡宮に送り、都の兵を呼ぶ事にする。貞光の護衛はそこまでで良い。着いたら若達と一緒に戻りなさい」

 晴明は、道満に術を使えないよう封印して、光の鎖で捕縛中。このまま晴明の馬に乗せ、歩いて向かうのだ。

「晴明は八幡宮に留まるのか」

「ああ。また逃げられてはかなわん」

 御館様はなんとか馬に乗り、手綱を握っているが、馬の振動に体が耐えられるか心配だった。

「晴明殿、先に行ってください。我らはゆっくり行きますので。貞光殿、八幡宮で落ち合いましょう」

 藤虎が予定を立てる。それに頷いた貞光は、晴明の護衛をする為、馬を進めた。

「では、行きましょうか」

 藤虎が御館様に確認した。彼は、後ろを振り向いた。





 呪いの力に犯され、やはり椎加の魂は地獄へと堕ちるのだ。皆が傷の手当てを終え、椎加の元へ集まる。すると、彼の声が聞こえて来た。ただ、何故だ、と。

「お前は道満に利用されたのだ。奴の狙いも若だった。若をあの妖怪に喰わせれば、自らの計画を遂行できると思ったのだろう。お前は、若をここへ呼ぶ駒にされただけだ」

 晴明が答えた。冷たい言いようだが、これが真実。椎加の念は、まだこの世にあった。

「“人を呪わば穴二つ”。己の行いを、地獄で反省するがいい」

 晴明の言葉を聞いたのかは分からない。椎加は動かなくなった。骸の周りが赤くなり、マグマのようなどろりとしたものが手の形を模して彼の体に纏わりついた。そうして、椎加はその体も魂もマグマに呑まれ、地獄へと引きずり込まれてしまった。





 もう今は、何もない。


 御館様は正面に向き直り、前を見た。

「帰ろう」


読んでいただき、ありがとうございます!

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