127 光の鎖、黒い刃
「まさか両腕を折られるとは思わなかった。予想より早く、こいつを召喚してしまったな」
血がしたたる腕は、相当な痛みを伴っているはずなのに、顔色一つ変えない道満。それが不気味だ。
「あんな巨大な妖怪を召喚するなんて……」
能力の高い妖怪、姿が大きい妖怪を人間が呼び寄せる為には、相当の力が必要だ。寿命すら奪われる事もある。それでも、目の前の陰陽師は、何の躊躇いもなく血液を使って召喚した。タエは気持ちを切り替える。道満の前に巨大蛇を倒さねばならないのだ。晶華を構え直す。
ジャラン!!
と、いきなり道満と大蛇に、光る鎖がその体に巻き付いた。地中から現れた鎖は、二人を捕えて離さない。力の流れをさかのぼれば、見知った人物が、離れた所に立っていた。
「晴明さん!」
タエの声に、御館様も彼を確認する。そして、もう一つ驚く光景があった。
「貞光さん……」
御館様が呟いた。彼は、長い槍を振り回し、妖怪を突き倒しながら、側に走ってくる。
「よー! 晴明とばったり会ってな。俺も加勢に来た!」
彼の明るさが救いだ。御館様の味方が増えて、タエも嬉しくなった。
「貞光……てめぇ……」
椎加が貞光を睨む。
「お前らのケンカに、手を出すような事はしねぇよ。まぁ、闇に堕ちたてめぇに、こいつが負けるはずがねぇがな」
「んだと!!」
椎加の刀が貞光に向けられるが、それを御館様が受け止めた。
「俺とのケンカの最中だろ」
「調子に乗ってんじゃ、ねぇぞっっ!!」
「少し、遅かったか」
晴明がタエの側に来た。印を組んでいる。光の鎖による呪縛。闇で生きる者には耐えがたい術だ。
叉濁丸討伐の時に、稔明が見せた光の矢と同等のモノだと分かった。しかし、晴明の鎖の方がもっと純度が高い。稔明は苦労して出現させたが、彼は平然とやってのけている。流石、一流の陰陽師は違う。
「いえ、来てくれただけで、十分です」
「道満はこのまま捕える。あの蛇……ただの妖怪ではないな」
「あんなに固そうな鱗の大蛇、見た事がありません」
「奴の術がかかっている。あらゆる所が強化されているのだろう」
晴明の術で、道満は逃げられないように結界も張られ、完全に捕えられた。しかし、蛇の方は、ぎしりと軋んだと思えば、次の瞬間、鎖は粉々に砕け散った。耳をつんざく叫び声を上げる。
「晴明、お前が俺を捕えたおかげで、こやつとの繋がりが切れた。もう私には操れんぞ」
道満が楽しそうに笑っている。
「この術を破るとは」
晴明の表情が歪んだ。蛇がここまで抵抗するとは思わなかったらしい。
「くははは! 私はお前の結界で守られるが、暴走した化け物に勝てるか?」
蛇は体をくねらせ空を飛ぶ。そして、一直線に急降下。地面に激突すれば、御館様達もただでは済まない。
「あいつは私が! ハナさん、行ける?」
「ええ。晴明殿、他の妖怪を頼む! 」
「ああ。二人とも、すまない」
ハナと晴明が入れ替わる。道満の捕縛術を行使しながら、妖怪とも戦える晴明の強さを再認識する。
「大丈夫です!」
「任せな!」
ハナの背にまたがったタエ。晶華の刃を巨大化させ、蛇を空中で弾いた。
「絶対に、御館様の邪魔はさせない!!」
「おらああぁっ!」
椎加が上段から刀を振り下ろす。彼の刀の刃は、黒くまだらだ。神聖な刀も、闇に穢れてしまったらしい。その威力は人間の比ではなかった。真正面から受けると、刀を折られてしまうと感じた御館様は、刀の鍔を使い、椎加の剣先の起動を変えた。御館様の足元に椎加の刀が刺さる。その衝撃は、地面を陥没させ、御館様は飛び退いた。
椎加がまだだと距離を詰める。御館様が紙一重で突きをかわし、椎加の懐に入ると胴を狙い、刀を横に振り切った。椎加は皮一枚斬られたが、脅威の身体能力で体を捻って飛び上がり、御館様と距離を取って着地した。
離れては近付き、何度も互いに刀を打ち付け、攻防が続く。御館様は、ギチギチと刀を交え、互いに引けず押し合い、動けない中、右足を上げ椎加を蹴りつけた。
「なっ!?」
どごっ、と重い音が椎加の左足の付け根で鳴った。蹴ってくると思っていなかった椎加は、右によろける。その隙をついて、御館様は上段の構えから、一気に刀を振り下ろす。姿勢を崩しながらも椎加の刀が、彼の刀を弾いた。
御館様は、表情を崩さずに、弾かれた位置からもう一度刀を振った。間合いを取る暇もなく、椎加は転がり着物が砂にまみれながらも、御館様の攻撃を避ける。
御館様の周りには、凛とした空気が流れていた。邪悪な瘴気を近付けさせないほどの気迫があった。
「っ、こいつ……!」
椎加は、御館様の動きが変わった事に気付いた。剣のスピードが上がる。椎加は斬り込むが、御館様の素早い剣さばきと、時々飛んでくる蹴りに対応が遅れ、脇腹を斬られた。
痛みに表情が歪む。しかし、御館様の剣は止まらない。巨大蛇が出現した時点で、早急に戦いを終わらせなければならないと考えたのだ。
(俺がタエ達の枷になるわけには、いかない!)
冷静な思考が椎加の隙を見極め、攻める。タエの小動物のような動きを何度も見た。容赦なく飛んでくるあの蹴りは、嫌というほど味合わされている。だから上半身が動かないのなら、足で攻撃の手を増やそうと真似をしてみたのだ。
刀で戦う武士は、足技を使う事がほぼない。だからこそ、椎加の意表を突く事が出来た。絶対に勝たねばならない戦い。タエと手合わせをしていて、本当によかったと思う。
「俺が……負けるわけねぇだろおぉぉ!!」
椎加の体から黒い影が現れた。モヤのようになっていた影は、まとまり、その先端が黒い刃物になった。猛スピードで御館様に迫り、肩に軽く触れただけなのだが、瞬時に着物がスッパリと斬れる。切れ味は抜群だった。その黒い影の刃物は椎加の影から何本も出てきて、一斉に御館様へ向かって行く。横に走って避けようとしたが、自在にくねる刃は御館様を捕捉して追い続けてくる。
間違いなく、避けられない。
ならば、と御館様は椎加へ真っ直ぐ走り出した。椎加はにやりと笑う。
「来い! 八つ裂きにしてやる!!」
影の刃がまた増え、正面からも伸びてきた。
(斬られる前に、斬る!)
御館様も迷いはなかった。足を踏ん張り、大きく前に飛び出した。
ざしゅっ!
御館様の戦いを、気にしながら戦っていた貞光の目が見開かれる。そしてたまらず叫んだ。
「竜杏っっ!!」
「……え?」
タエは、思わず声を漏らした。
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