126 戦闘開始
にやりと笑う椎加は、相変らず嫌な顔だ。そして、タエと目が合う。
「へぇ、前よりいいじゃねぇか」
「っ……」
じっとりとした視線。頭から足先まで見られ、タエは気分が悪くなる。御館様がすっと前に出て、背に隠してくれる。タエの視界が御館様の背中でいっぱいになった。ホッとし、平常心を取り戻す。
「ありがとうございます……」
「あいつは俺が相手をするから、気にしない。分かった?」
「はい」
御館様が刀を抜く。それに続いて、タエ、藤虎も抜刀した。椎加の隣に佇む人物と目が合ったタエ。茶色い着物は擦れて色あせており、長い髪の毛は結う事なく無造作に流している。黒と灰色、白のまだらな髪の色をしていた。一見、みすぼらしい恰好なのだが、その瞳はぎらついている。椎加と同じ様に、野望や欲を表していた。
「あんたが、蘆屋道満か」
「だとすれば、どうする?」
くっと笑うその顔は、晴明よりも若い。そして、邪悪だった。
「悪いけど、あんたの企みは、今日で終わり。分かった?」
タエはにやりと笑う。晶華が太陽の日差しを受け、きらりと光った。
「なぁおい。本気で俺に勝つつもりか?」
「負けるつもりはないし、お前がタエにしたこと、許したわけじゃない。ここで決着を着ける」
戦い、開始。
蘆屋道満が印を組むと、立ち処に妖怪が集まり、タエ達に襲い掛かった。もちろん、御館様の霊力を狙って、彼に襲い掛かる者もいる。
「妖怪はこっちに任せて!」
「ああ」
御館様の周りにいる妖怪を一気に蹴散らす。そして、睨みを利かせた。彼の周りには、タエ、ハナ、藤虎が構えている。
「この人を喰らいたかったら、私達を倒してからにしろ」
タエは妖怪達に脅しをかけ、奴らを呼んだ道満を睨む。ほう、と口の端が上がった。
「道満! 俺の得物を横取りすんなぁ!!」
椎加はそう叫ぶと、御館様に一直線に向かった。物凄い瞬発力。一歩を踏み出せば、地面をえぐり、飛ぶように進む。歩幅が数メートルだ。それはタエやハナの能力と並ぶものとも言える。椎加は呪いの力で身体能力を上げたらしい。
がきんっ!!
御館様が刀で受け止める。ぐっとこらえ、体が押されたが、彼は動じない。鍔迫り合いの中、二人は睨み合った。
タエは不安になったが、それを振り払う。
(大丈夫。御館様は、大丈夫! 信じろ!!)
ハナと藤虎は、道満の放つ邪悪な力に引き寄せられた妖怪を相手にしていた。巨大化したハナがいても、妖怪はどんどん来る。人間の藤虎もいるので、長引けば不利だ。
「お姉ちゃん、道満は頼んだ!」
「了解!」
仕留めてしまえばこちらのもの。タエは道満へ、一直線に突っ込んだ。
「戦闘力は先の代行者よりも上か」
素早く印を組む。角が生えた邪悪な蛇が現れる。タエへと飛びかかってくるも、晶華の閃きが蛇を一刀両断にする。その勢いのまま、道満へと距離を詰めた。
「私を殺すか」
晶華の刃が迫るも笑うその顔は、とても不気味だ。タエは迷いなく道満に己の刃を振りおろした。
「っ!」
見えない壁が、晶華の動きを止めた。火花が散る。一歩飛びのいた。
「だりゃあああっ!!」
何度斬りつけても、バリアに阻まれる。それでも、タエは攻撃を止めなかった。
「届かぬ刃に意味などない。貴様も所詮、その程度か」
「やかましいわ。私はあんたを絶対に許さないんだから!」
がきぃ!
晶華が弾かれた。
「貴様に恨まれる覚えはないが?」
「うるさい! あんたのせいで、幸せを壊された家族がいる!」
幸成と千草を思い出す。彼らは愛する妻を、母親を殺され、望まない罪を着せられた。そして、命まで削られた。
「あんたが、あの陰陽師に術を教えなければ……」
道満の肩眉がぴくりと動いた。
「陰陽師? あぁ、弓削とか言う奴か。京を騒がせていたらしいな」
他人事だ。どれだけ幸成と千草が苦しんだか。タエは怒りで体が震える。
「百回謝っても、許さない!!」
ピシィッ!
バリアに亀裂が走った。タエは亀裂に晶華の切っ先を突き刺し、砕こうとしたが、道満はすかさず新たな結界を張り直す。幸成達の事で一矢報いてやりたかったが、一度一歩後退し、タエは晶華を握り直した。
(どうしたもんか……。許せないけど、殺すつもりはない。印を組めないように、両腕の健でも斬ればと思ったけど……。生身の人間が代行者の力を弾くなんて)
晴明の「道満の術に気を付けろ」という言葉の意味が分かった気がした。
「代行者」
道満が口を開いた。タエがはっと視線を合わせる。正体をあっさりと見破られている。彼は、無表情だった。
「京を守る者が、一人の人間にそこまで肩入れするとは、奇妙だな」
道満が、御館様をちらりと見た。タエは答えるべきか迷ったが、返答を待っているようだったので、しっかり答えた。
「ちゃんとやるべき事はやってるんで。私の上司は懐の深い方なのよ」
「まさか、惚れてるのか?」
くっと口の端が歪む。タエは視界の端で御館様を捉えるが、自身の戦闘に集中している。
「あなたは? 恋人とか、奥さんはいるの?」
道満の表情は、相変わらずぴくりとも変わらない。
「婚姻など、ただの形式でしかない。妻と呼べる者は、己の地位を確立する為の、ただの道具だ」
冷たい言葉。タエは晶華をぎゅっと握った。そして、構える。道満を見つめるその目は、獣のように鋭い。
「確かに、大事な人がいるなら、ここを潰そうなんて考えないか。誰かを本気で好きになれないような奴に、私は負けない」
「だが、ここでお前は愛しい者を守れない。従兄に殺される様を見るのだからな」
道満は笑ったが、タエは表情を崩さない。
「私の大切な人は、あんな奴に、絶対負けない!」
地面を蹴る。一気に距離を詰め、晶華を突きだした。道満は印を組み、晶華から放たれる衝撃を結界で受け止める。
「代行者、なめんなあああぁぁぁっっ!!」
タエの叫びと共に、結界が砕け散った。道満は咄嗟に飛び退くが、タエの攻撃の方が早かった。晶華に斬られると思った道満は、腕を体の前に出し防御の体勢を取ったが、タエは晶華を左手に持つと、現世に干渉した右手の拳で、思い切り彼の両腕を殴り付けた。
「ぐぉ……」
両手首の骨が折れた。折れた骨が皮膚を突き破り血がしたたる。悪いとは思うが、命を賭けた戦いだ。相手が相手だけに、慈悲をかけている余裕はない。
「これでもう術は使え――」
道満は地面にその血を染み込ませると、地響きが起こった。
「な、に!?」
「っくそ!」
がきんっ、と何度目かの鍔迫り合いから一歩引いた椎加。なかなか刃が御館様に届かない事に苛立ちを覚え、悪態をつく。御館様も呼吸を整え、次の攻撃に備える。しかし、足元が揺れ始めた。
「これは……」
「ハナ殿っ」
妖怪を斬り倒し、藤虎が道満を見て青ざめる。ハナも余裕の表情が消えた。
「人間に、こんな事が出来るの!?」
道満の周りに黒々としたもやが立ち込め、そこから何かがせり上がって来た。
「竜? ちょっと違う」
タエが呟いた。ざらついた固そうな鱗に覆われ、鋭い目は濁った青。牙も大きく鋭い。空に浮いているので、まるで竜のような形だが、角も腕、足も毛もない。大蛇と言った方が正しい気がする。ただし、大きすぎる。
現れた妖怪は、人間など一飲み出来そうなくらい巨大な蛇だった。
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