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月夜の代行者  作者: うた
第三章
126/330

125 出立

「妖怪は人間に接触してくるのに、こっちから触れないって、面倒だね」

 車輪の妖怪は、体力回復の為、手当てが終わると再び眠りについた。その妖怪を見守りつつ、御館様がぽつりと呟いた。


「妖怪は現世に干渉してきますからねぇ。厄介ですよねぇ」

 タエが腕組みして苦い顔をする。

「現世に干渉? どういう事?」

「あの世の者も、通常は生きてる者に触れる事は出来ないの。だから、現世に触れる為に力を使って、現世に干渉し、人間に接触してくる」

 ハナが分かりやすく説明してくれた。そこで御館様は思い当たった。

「ハナ殿がこの前、俺の頬に触れたのも、現世に干渉したって事か」

「うん」

 ハナが頷いた。

「じゃあ、ハナ殿に触れる事が出来るの?」

 御館様は珍しくテンションが上がっている。タエは驚いて、ただ見ている事しかできない。

「私が干渉すれば。触ってみる?」

「今? いいの?」

「疲労感があるから、普段は滅多にしないけど。御館様なら、いいよ」

 御館様の手がハナにゆっくりと伸びる。そして、すり抜ける事なく、彼の手はハナの白い毛に埋もれた。

「……触れた」


 もしゃもしゃもしゃ。


 御館様の両手が、ハナの頭から背中へと移動する。中型犬なので、触り応えがあるようだ。

「やっぱりふわふわだ。ずっと触れてみたかったんだ」

(御館様の目が、輝いてるっっ!!)

 タエは驚きのあまり、開いた口が塞がらない。こんな感情を剥きだしている御館様は初めてだ。極め付けは、御館様がハナをぎゅっと抱きしめた。

「お!?」

 これにはハナも驚いたようで、彼女らしくない声が出る。

「ハナ殿は、こんなに温かかったんだね。ありがとう」

 そう言って離れると、ハナも照れてしまったようで、しどろもどろだ。これも珍しい。

「疲れた? ごめん」

「い、いや……これくらい大丈夫。またいつでもなでて」

(御館様って、ハナさんに優しい!!)

 タエは自分との対応の違いに嫉妬していた。ハナの前では、彼は素直だ。ハナと話す姿はあまり見た事がなかったので、良く分かった。

(ハナさん、いいな、いいな、いいな……)

 じ、と見られたハナは、タエの思いが分かる分、苦笑するしかない。

「ごめん、お姉ちゃん」

 ハナは小さく謝った。






 翌日。朝日が昇ると同時に、御館様達は屋敷を発った。車輪の妖怪は榊の精霊達に託す。

 タエは晴明の屋敷に預けられた。代行者モードになる為だ。貴船神社に行くべきだが、時間がない。しかし、屋敷で一人寝かせるわけにもいかないので、晴明の所が一番安全だと考えたのだ。タエは晴明の屋敷の前で下ろされ、御館様、ハナ、藤虎は目的地の石清水へ急いだ。馬でも距離はあるので、昼前に到着できるかどうか。



「ほう。流石は神の代理人。神々しい」

 代行者モードになったタエを見て、晴明も感嘆の声を漏らす。

「それでは行きます。私の体、よろしくお願いします」

「ああ。それは心配ない。美鬼がしっかり守る」

 言われた美鬼は、美しい顔で頷いた。

「あの、晴明さんは?」

 彼が守るわけではないと言っているようなので、タエが首を傾げた。

「私も石清水に行くのでな」

 言いながら立ちあがる。タエは慌てた。

「晴明さんが直々に、ですか!?」

「道満は野放しには出来ん。タエ殿とハナ殿に任せてもいいだろうが、奴は侮れんからな。対抗できる者は、一人でも多い方がいいだろう」

「確かにそうですが」

「先に行きなさい。私も後を追う。道満の術には、気を付けろ」

「分かりました。美鬼さん、よろしくお願いします」

「かしこまりました」

 タエは屋敷の外に躍り出ると、真っ直ぐに御館様達を追った。





「御館様ーー!」

 馬を休ませる為に、御館様達は一時休憩していた。すると、空から聞き慣れた声が聞こえて来た。呼ばれた本人は、口の端を緩ませる。

「来たか」

 タエは御館様の前に着地し、笑顔を向けた。

「到着でーす」

 そこで、晴明も後を追ってくる事を伝えると、御館様達もびっくりしていた。

「晴明も、ここで決着を着けるつもりだな」

「はい」

「行こう。少しでも先に進もう」

 馬にまたがる。ハナは体を大きくさせ、タエを乗せた。御館様と藤虎が目を瞠る。

「昼間に見ると、不思議な感じだな」

「尾が二本。猫又は聞いた事がありますが」

 御館様はハナをしげしげと眺め、藤虎はふさふさの尻尾に興味があるようだった。

「姉を乗せる時や、倒す妖怪が多い時は、この姿の方が便利」

「元の大きさは、すばしっこさが売りやんね。大きくなったら力も強くなってるから、まぁ怖い」

「マジギレしたお姉ちゃんに比べれば、かわいいもんよ」

 これから椎加と本当に戦うのかと疑ってしまいそうな、緊張感のない会話。呆気に取られるが、それがタエとハナなのだろうと納得できる。いくつもの死線を潜り抜けて来た彼女達だからこそ、力み過ぎず、ほどよく力を抜いているのだと御館様達は感じていた。

(やっぱり、すごいな)

 馬にまたがった御館様は、手綱を握った。



 ずっと走り続ける。ふと、タエは周りを見回した。宮のような建物が見えたのだ。白い壁に赤い屋根。しかし建物はひび割れ、崩れている所もある。

「ここは?」

「ここは長岡京があった場所だ」

 タエとハナがはもった。

「長岡京!?」

「なに。知ってるの?」

 御館様の眉が寄る。

「私達の家は、長岡京の近くなんです」

「そうなのか!?」

 御館様も辺りを見回す。疫病の流行で災いの土地として、十年で都を移す事になった長岡京。

「未来のここは、平和なの?」

 タエは笑顔で頷いた。

「はい! 観光名所もたくさんあって、たくさんの人が来てくれるキレイな土地ですよ」

「そう」

 御館様はホッと息を吐いた。タエが生まれた時代まで、災いの土地だったら悲しすぎる。幸せに暮らせる土地になっている事が、嬉しく思えた。




「……そんな」

 石清水に到着したが、御館様が悲痛な声を漏らした。タエ達も目を瞠る。裏鬼門を守る石清水八幡宮は、黒々とした結界に閉じ込められていたのだ。中にいる人も倒れている様子が遠巻きに見える。

「このままでは、魍魎共が入って来るわ」

「この結界を斬る!」

 タエが晶華で斬りつけた。結界はあっさりと砕け散ったが、黒い瘴気は辺りに漂ったままだ。

「御館様と藤虎さんは、ここにいてください。中を見てきます。ハナさんもここにいて」

「うん」

 タエが神宮に入って行く。

「タエは大丈夫なの?」

 御館様は、心配そうに後ろ姿を見つめていた。ハナが力強く答える。

「私達は、高龗神様の加護を受けてるから。これくらいの瘴気、影響はないわ」

 タエはさっそく一人抱えて帰って来た。宮司らしい。タエが触れた事で、瘴気に犯されていた体は浄化され、呼吸も正常に戻り、なんとか声を出せた。

「あ……あなた達は……?」

「それよりも、この事態の元凶は蘆屋道満か? 居場所を知るなら、教えてほしい」

 御館様が質問した。宮司は戸惑いながらも答える。

「や、山の中……。崖が見えると思います。そこに……」

 男山を見てみれば、山の中に岩肌が見えた。そこだと言う。

「馬で登れるでしょうか」

 藤虎が心配した。戦う前に余計な体力の消耗は避けたい。

「崖の手前までなら、道はあります」

 宮司が答えてくれた。御館様は彼に水を飲ませる。タエは、その間に晶華を前に出して集中していた。


「来たれ、貴船の神水。土地を浄化する!」


 敷地の周りに水の糸が丸く引かれ、その中だけ神水が蒸気のように細かい粒となって、満ちていく。正確には、地面から染み出した神水の粒が、天に向かってゆっくり上昇しているのだ。地中に入り込んだ瘴気も、余すことなく消し去っていく。

 みるみる内に瘴気は無くなり、元の石清水八幡宮に戻った。それを、宮司は驚きの表情で見ている。

「これは――」

「この者達は、京を守る神の使いです。元に戻ったようですね」

 御館様が説明した。

「これで大丈夫です! 中にいる人も、これで浄化されましたよ。じきに気が付きます。あの、体調は大丈夫ですか?」

 タエが戻って来て、宮司に問う。彼は頷いた。

「ありがとうございます。ええと、巫女様?」

 タエが刀を持っているので、巫女という表現でいいのか疑問形になった。タエは、訂正する事なく笑顔で対応する。

「良かったです。御館様、覚悟はいいですか?」

 タエの視線が御館様に向く。もう迷ってはいられない。彼も頷いた。

「ああ。腹はくくった」

 宮司は、彼らが自分の神社に災厄をもたらした元凶と戦うのだと知り、無事を祈りながら見送った。




 馬が山道を上っていく。邪悪な気配は強くなるが、タエとハナがいるおかげで、妖怪達は御館様に手出しができず、遠巻きに見る事しか出来なかった。

 馬でもう上る事が出来なくなると、馬を木に繋ぎ、妖怪に喰われないよう結界を張る。ハナの毛を太く針状に変化させ、周りの地面に突き立てるのだ。結界を張るのはハナが得意なので、タエ達は安心して、足で上り始めた。

「もうすぐです」

 黒い気配が大きくなって来ている。木々を抜ければ、大きく空間が開けた。御館様達は、崖の岩肌がむき出しになっている空間に出ると、そこには二人の人影があった。



「よぉ」

「椎加……」



 不適な笑みを浮かべる渡辺椎加と、見た事のない男性が立っていた。


読んでいただき、ありがとうございます!

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