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月夜の代行者  作者: うた
第三章
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124 果たし状

 呪いがいつ飛んでくるか分からないので、御館様はけりがつくまで、お風呂は禁止となった。それはタエも同じだ。油断していると寝首をかかれる。それだけは避けたい。体を拭くだけなので、とても物足りなさを感じる。

「はぁ。お風呂に入りたいなぁ」

 晴明の屋敷を訪れてから三日。渡辺家の使いの者から聞いたのだが、椎加は行方不明になっていた。見張りを倒し、そのままどこかへ行方をくらませたのだという。探しているが見つからない。御館様の所にも捜索隊が尋ねてきたので、そこで知った。道満に匿われ、呪いを放つ準備でもしているのだろうと、タエ達は考えていた。


 夜、代行者の仕事の時にタエとハナは彼らを探してみたが、うまく隠れているようで、見つけられていない。潜伏場所も不明なので、タエ達が乗り込みたくても行けないでいた。屋敷でじっとしているしかないのだ。




 御館様は、暇があれば鍛錬をしている。今日はタエと手合わせではなく、庭で木刀を持ち、素振りの真っ最中。もう500回は超えている。

(それでも、姿勢がブレない。すごいなぁ)

 ひゅっ。気持ちの良い、空気を切る音だ。それだけで、御館様の剣の技量が一流だと分かる。

(くそぅ。かっこいいな)

 じっと見つめてしまう。タエは護衛の為にハナと一緒に縁側で座っている。彼の素振りをずっと見ていると、気まずそうに御館様が見て来た。

「……じっと見られると、やりにくいんだけど」

「はっ、すいませんっっ!」

 あわてて俯いた。顔は赤くなっているだろうか。ハナはふっと笑うと、空を見上げ、何かに気付いた。

「……なにか」

「? ハナさん……はっ」

 屋敷の上空が黒くなると、渦を巻いた。タエとハナは御館様の側に駆け寄り、戦闘態勢に入る。屋敷が暗くなったので、藤虎も気付き、庭に出て来た。

「何事ですか!」

 四人が見上げていると、結界を壊すわけでもなく、結界の外の空中に、もやもやと人型が出来てくる。それが誰か、彼らには察しがついていた。

「……椎加」

 御館様が睨み上げた。黒々とした影から出て来た椎加の顔が、にやりと歪む。


「てめぇに最高の死に場所を用意した」


 聞こえる椎加の声は、空気に響かず歪んでおり、聞いているだけで気分が悪くなる。彼が話し出すと、溢れんばかりの呪いが周りに撒き散らされた。結界で跳ね返るものもあれば、山に飛び火し傷付けるものも。タエは、精霊達に被害が及ばないかハラハラしていた。


「呪いを飛ばすのも、もう面倒だ。俺と真剣勝負をしろ」


 御館様は何も言葉を発する事なく、ただ、椎加を睨んでいた。妖怪や、その類の者と不用意に言葉を交わさない。長年の経験からの行動だ。タエとハナにも妖怪の対応を聞き、しっかり出来ていると褒められた。それを肯定の意と汲んだ椎加は、不気味に笑いながら続ける。

石清水いわしみずに来い。そこで待っている。そこをお前の墓場にしてやるよ」

 それだけ言い、椎加は消えてしまった。

「石清水……。京の南の方だな」

 御館様がようやく口を開いた。位置関係を頭の中で整理している。藤虎も頷いた。

「男山、ですな」

 タエは地元に住んでいながら、場所がいまいち良く分かっていない。ハナが呟いた。

「裏鬼門ね」

「裏鬼門?」

 御館様と藤虎が首を傾げた。ハナが答える。

「京の都は、東西南北を司る四神を元にして結界を張り、様々な神が守ってる。それでも鬼や邪悪な妖が入り込む方角があるの。それが、鬼門となる北東と、裏鬼門である南西」

「鬼門は比叡山延暦寺が、妖怪が入らへんように守ってるやんね」

 タエが口を挟み、ハナが頷く。

「裏鬼門は、石清水八幡宮が守ってるはずやけど」

「守りの力が弱くなってるんかな?」

 タエが問うが、ハナは首を横に振った。

「分からない。でも、そこで決着を着けようとしてる。行かない訳にはいかない」

 ハナは御館様を見た。御館様も頷いた。

「ああ。行くしかない」

 今からでは到着が夜になるので、翌朝に発つ事に決めた。椎加の状況が分からないので、まだ渡辺家には連絡せず、晴明に石清水に行く説明の文を書き、藤虎がそれを持って行く手筈となった。藤虎は先に屋敷に入り、準備をする。



 とりあえずこの場を解散させると、タエは庭を突っ切り、山に入ろうとしている。

「タエ、どこに行くつもり?」

 御館様が声をかけた。タエが振り向く。

「さっき、呪いをばら撒いてたから、精霊達に当たってないか気になって。ちょっと見てきます」

 御館様とハナは顔を見合わせ、タエに続いた。

「山には人間も入るんだから、危険でしょ。ったく」

「付き合うよ、お姉ちゃん」

「ありがとうございます」

 三人で山に入って行った。榊達は屋敷に避難していたので無事だったが、木々に傷があちこち見られ、タエ達は心を痛める。

「呪いって、こんなに力があるのか……」

「命に直接干渉してくるから。生きてる木々や、草花にも影響するのよ」

 愕然とする御館様に、ハナが説明した。

「精霊達は大丈夫そうかな……ん?」

 タエは何かに気付き、草木をかき分ける。呪いのせいで虫も怯えて姿を見せないので、タエには有難かった。

「あ!」

 タエの声に、御館様とハナが駆けつける。重なる枝葉を取り除いて見れば、背中に木の車輪を背負った、赤い肌の妖怪が突っ伏していた。幼児くらいの大きさだ。

「え、この子……」

「あ、あれ!?」

 タエとハナは顔を見合わせて、驚きの表情になった。

「あの車輪の子やよね!?」

「この時代からいたなんて」

「知り合い?」

 御館様の問いに、タエとハナは頷いた。

「私の鍛錬に、力を貸してくれた妖怪です」

「この者が――」

 車輪の妖怪は気を失っていた。

「呪いに当たったんだ」

 車輪が割れていて、体も傷だらけだ。呪いの黒いモヤがくすぶっていたので、タエが神水で浄化した。妖怪にも少しかかってしまい、じゅう、と火傷を作ってしまった。

「あ゛ぁ……」

「ご、ごめんっ!」

 わたわたするタエ。触れられるハナが、ゆっくりとその妖怪を仰向けに転がしてみると、その妖怪の下から怯えて震えている木霊達がいた。

「木霊!」

「あれ、ほんとだ」

 ハナとタエが驚いて声を上げた。御館様がまさか、と呟く。

「この者達を、守ったのか?」

 車輪の妖怪は、まだ気を失ったままだ。タエ達は顔を見合わせて笑った。




「幸成の時といい、救える妖怪はちゃんと救うんだね」

 タエ達は山を下って来た。ハナの背には、あの妖怪が気絶したまま乗っている。落ち着いた木霊達にも手伝ってもらい、背中に乗せたのだ。屋敷に連れ帰り、手当てをする為に。

 辺りを見て回ったが、ひどい所はなかったので、もし傷付いた精霊や妖怪がいたら、御館様の屋敷に来るよう木霊達にふれ回ってもらう事にして、戻って来た。

「はい。助ける事も、代行者の仕事ですから」

「借りを作っておくに、越した事はないしね」

「借り?」

「そうそう。協力を求める時に、けっこう有効だったりします」

 ただの慈善活動でもない、タエとハナの代行者の仕事。御館様は、彼女らの仕事内容を掴んできた気がした。




 屋敷に戻って来る。タエの部屋で御館様が着なくなった着物で簡易的な寝床を作り、妖怪を寝かせた。高龗神の羽織を着たタエが、抱きかかえたのだ。御館様は晴明宛てに手紙を急いで書き、藤虎に持たせた。そして今に至る。

「どうやって手当てするの?」

 御館様が問うた。生きている人間が、妖怪に触れる事は出来ない。

「私が手当をします。この羽織を着ていれば触れるので。御館様は、薬を作ってもらっていいですか?」

「分かった」

 自分の部屋から、薬に必要な材料を取り、彼が得意とする軟膏を作り始めた。幸成と千草の治療の経験から、効果の高い軟膏作りにも、彼は力を入れていた。


「う……」

 妖怪が身じろぎして目を覚ました。全く知らない場所にいたので、首を動かし辺りを見回す。そして、タエ達と目が合った。

「げっ、代行者――っつ!」

 車輪の妖怪は、タエとハナを見て逃げようとしたが、呪いに当たった体は言う事をきかない。まだまだ開いている傷が生々しいのだ。出血もしている。

「呪いに当たったせいで、治癒力が弱まってんの。手当てしてるから、大人しくしてて」

 タエが説明した。

「どうせ俺を消すんだろう。さっさとやれよ」

(未来と印象が違う……)

 タエは気に入っている子だけあって、ショックを受けた。生意気な口を叩く。そして目つきが鋭い。投げやりで反抗的な態度に、ハナが妖怪の額にその手をばしっと置いた。車輪の子が呻く。

「大人しくしといた方が、身の為やよ?」

「……はい」

 キレた笑顔のハナに怯え、妖怪はしぶしぶ頷いた。御館様が用意した薬を塗り、タエが包帯を巻いていく。

 ハナが見ているので、妖怪はじっと大人しくしていた。体中が包帯まみれになる。

「なんで、俺なんか助けるんだ? お前らは妖怪を斬ってんじゃねぇか」

「あのね、妖怪だからって誰でも斬ってたら、邪悪な奴らと変わらへんやないの。私達は悪い奴しか斬らへんの」

「なら、俺もそうだ。人間にちょっかいかけて、いろいろ悪さをやってる」

「命までは奪ってないでしょ」

 これはハナだ。

「奪ってたらどうするよ?」

 にやりと笑うその顔は、小さいくせに極悪顔。チンピラもびっくりだ。御館様は緊張していた。しかし、タエとハナは肩の力など抜けきっている。治療道具を片付けながら、タエはくくっと笑っていた。

「人の命を奪うような奴が、木霊を守ったりするかってぇの」

「じゃなきゃ、ここまで運んで来ないわよ」

 しれっと言ってのけた二人を見て、妖怪は目を丸くした。

「……んだよ、それ」

 照れているようだ。見た事があるその表情に、ホッとした。御館様も安心したようだ。

「手当ては終わったよ。傷が開くから、しばらく動かないようにしてよ」

 ふぅ、と満足気なタエの隣に座る御館様を見た妖怪は、目を見開いた。

「お前、皆が狙ってる霊力の強い人間か!」

 妖怪も気付いたようだ。状況に慣れ、判断力が戻ったらしい。


「言っとくけど、この人を傷付けたら、容赦しないからね」


 タエの脅しが炸裂した。顔は笑っているが、ドスの効いた声に、妖怪は背筋が凍る感覚を覚える。

「は……はい」

 素直な返事が返って来た。

(代行者……こえぇ)

 タエとハナに逆らってはいけない。車輪の妖怪が、最初に学んだ事だった。



「……」

 タエの言葉を聞いて、今度は御館様がむずがゆい思いをしていた。


読んでいただき、ありがとうございます!

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