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月夜の代行者  作者: うた
第三章
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123 墓穴

「ほう。あの色男が失敗とは。タエ殿、おぬしもなかなかやるな」

「いや、こっちは必死ですから」

 晴明の屋敷にて。御館様とタエの二人が、彼の前に座っている。ハナと藤虎は留守番だ。まだ日も高いので、二人で大丈夫だろうという事になった。

 先日の、渡辺家での出来事を晴明に話した。思い出すのも嫌だったが、話さなければ聞けない事もある。御館様は気遣いながら話してくれたので、しっかりと気持ちを落ち着けて話の補足も出来た。そんな二人を見て、晴明は楽しそうに聞き入っていた。

「強力な後ろ盾、ねぇ」

「間違っても、あんたじゃないでしょ」

 御館様は確認する言葉であっても、目が真剣だった。疑っているわけではないが、不安な色を宿している。

(御館様、心配なんだ。晴明さんが関わってないか)

「残念ながら、私じゃない。安心したか?」

「……別に」

 にやりと笑う晴明。不安な気持ちを悟られた御館様は、恥ずかしさを隠すように眉を寄せた。しかし、ほっとしてるようだ。タエはふっと笑ってしまった。

「何笑ってんの」

「よかったですね。晴明さんじゃなくて」

「当たり前でしょ。問題は晴明じゃない方の陰陽師」

「あ、そうでした」

 晴明はおかしそうに、扇子で口を覆いながら笑っている。

「お前達、ますます息が合っておるな。男女の仲になったのか?」

「は!?」

 タエと御館様が同じ反応をしたので、晴明はついに声を出して笑いだした。

「こんな晴明、初めて見る……」

 御館様は驚いて、開いた口が塞がらない。

「良いものを見られた。では本題に戻ろうか。そうだな。あの色男の後ろ盾とは、蘆屋道満で間違いないだろう。今日襲って来たという怨念も、奴が放ったものだろうな」

「で? 対策は?」

「簡単ではないか。若の女神が、怨念すらも斬り捨ててくれよう」

「女神って……」

 御館様はどう答えればいいのか分からず、渋い顔だ。

 晴明の鋭い視線がタエを射抜く。女神などと茶化して言われたが、途端に緊張が走り、背筋もピンと伸びた。

「御館様は守りますけど、あの人が二度と狙って来ないようには出来ないんでしょうか」

 タエの問いに、晴明は短く答えた。


「“人を呪わば穴二つ”という言葉を知っているかな?」


「え?」

「!」

 御館様は初めて聞いたようだったが、タエの反応は違っていた。

「そなたの時代にも、この言葉があるのだな」

「はい。誰かを呪うなら、その相手と自分用の墓穴を掘っておけって事ですよね」

「ああ。その通りだ」

「墓穴? なんで」

 御館様が首を捻るので、晴明が説明してくれる。

「人を呪うという事は、自分の命を賭ける事なのだ。自分の寿命を削ってまで呪い殺したい相手に向ける念は、命そのもの。成功ならばそれで良いが、呪った本人は、死後は地獄へ行く。もし失敗したとすれば、その呪いは自分に返って来る。自分の呪いの力によって、自らが死ぬのだ。その時も、極楽へは行けんだろうな」

「自分用は、失敗した時の為の墓穴って事か……」

「そう言う事」

 晴明が厳しい視線で頷いた。

「道満が椎加の恨みを若に向けたのなら、それはもう呪いだ。結界に阻まれ失敗したのだから、道満か椎加の元へ返っておるだろう」

「じゃあ、死んで――」

 御館様は最悪の事態を想像していたが、晴明は首を横に振る。

「いや、それくらいで道満が死ぬとは思えん。椎加もまだ利用できると踏んでいるのなら、今日返った呪いは、椎加にも届かず破壊してるだろう。壊した結界は一枚だろう? そこまで強いものではないはずだ」

 タエは晴明の言い方に、少し引っかかりを覚えた。

「あの人を、利用ですか? 蘆屋道満て人は、晴明さんの敵なんですよね? 何をしたいんですか?」

「奴はこの京を滅ぼそうとしておる」

「京を!?」

 物騒な答えに、タエと御館様が息を飲んだ。

「妖怪と手を組み、帝を亡きものにしようとしている」

「帝を!?」

 御館様が声を上げた。

「奴とは、何度か呪術対決をした事がある。敗北から恨みが募り、私に対しても殺意を抱いておるのだ。悪事が露呈し流刑にされたが、密かに戻って来ている事は、幸成の事件の時に言ったな」

「ああ。晴明、ここにいていいの? 帝のお側で護衛しないと」

「護衛は十二神将に任せてある。何かあればすぐに駆けつけるのでな。私は、道満の潜伏場所と同行を探る仕事がある」

 安倍晴明の式神で有名な十二神将。彼らが帝を守っているらしい。タエは、本当にあの安倍晴明なのだと改めて実感していた。

「すごい……」

「今回は、若達のおかげで、奴の居場所を突き止められるかもしれん。呪いを返し続けて、椎加の寿命が尽きるのが先か、直接斬り合うか。向こうの出方次第だが、生きる為にしっかり戦いなさい」

「避ける事は、できないのか……」

 御館様が呟いた。椎加の命を取る事までは避けたかったのだ。

「向こうが先に仕掛けてきたのだ。もう止める事は出来ない。情けをかけようものなら、一瞬で若の魂は奪われる事になる。心を決めよ。迷えば、呪いがその隙をついてくるぞ」

 晴明の言う事は正しかった。タエにも良く分かる。迷いが命取りになる事を。タエは御館様を見た。彼は、晴明に言われた事を自分の中で消化し、納得したようだった。

「分かった。話ができて良かった。感謝する」

「礼には及ばん」



 こうして二人は、晴明の屋敷を出る。まだ太陽は照り付け、日没まで時間がある。日が暮れる前に屋敷に戻れそうだ。

 タエは御館様の前で、馬に揺られていた。二人ともしゃべらない。今度は人間を相手に、命のやりとりをする。しかも、付き合いは最悪だが彼にとっては血縁者だ。タエもどう言葉をかければいいのか分からず、口を閉ざしていた。


「タエは、人を斬った事はないんだったっけ?」


 御館様が静かに聞いて来た。タエは首を縦に振る。

「はい。私は妖怪を相手にするので。生きてる人の命に干渉する事は、許されてないんです。でも……、鬼になった人は別です。それなら、斬った事はあります」

「そうか」

「御館様は、あるんですか?」

 タエがおずおずと質問する。御館様は、さして表情を変えずに淡々と話をした。

「ある。俺も命令があれば戦に出るから。何人も、人の命を奪ってる」

 この時代はまだ戦があるのだ。今までの彼の生活を見てきて、戦とは縁のない人だと思っていたタエは、少なからず驚いた。

「そうですか」

「……俺が怖い?」

 御館様は静かに問うた。タエは彼を見、また首を振る。

「この時代では、戦があるんですもんね。それは仕方がない事だって、分かります。前に、共闘した時の御館様の戦いぶりを見て、慣れてると思いました。だからって、怖いとは思いません。斬らないと、生きられない時代なんですよね」

「ああ」

 タエは御館様に笑いかけた。

「御館様は優しい人だって、知ってますからね」

「え……」

 タエは御館様を元気付けるように笑っていた。

「今回の事も、私とハナさんがちゃんと守るんで! ケンカを売って来たのはあっちなんですから、呪いなんて、全部返してやりますよ! それであっちがどうなろうと、自業自得です。御館様に責任なんてないですからね」

 タエは椎加を相手にする覚悟がある。御館様を守れるのが自分達だけなら、ちゃんと役目を全うしようとしている。この戦いの結果、椎加が命を落とそうと、御館様は悪くないのだと、心まで守ろうとしてくれている。残酷な現実も、タエはしっかりと受け入れていた。

(どこまで強いんだ。この子は……)

「あいつの為に死んでやる義理はないし。俺もしっかり戦うよ。当然でしょ。あんた達だけにこんな面倒な事、押しつけたりしないよ」

 タエは少し安心した。晴明と話しても、拭いきれない迷いはある。屋敷にいる時よりも、今の方が、顔つきがしっかりした。タエは、御館様が自分達と一緒に戦ってくれるという事が、嬉しかった。


「はぁ~。いろいろ体力を消耗して、眠くなって来ました。ふぁ~」

 ホッとしたのと、馬に揺られているので、眠気に襲われるタエ。

「落ちないでよ」

 こっくりこっくりと、船をこぎだしたタエに、御館様は肩をすくめた。

(確かに、結界も強力なものにしてくれたし、鍛錬もして、休みなしで晴明の所に行ったからな)

「屋敷に着くまで時間があるし、ちょっと寝てれば」

「はい……。すいませ……」

 ぽて、と御館様の体に体重をかける。彼の心地よい香りと体温に安心して、タエはあっという間に眠りに落ちてしまった。御館様は、タエの体温をしっかり感じ取る。少し緊張したが、タエが落ちないように左腕でタエの体を支えた。馬は右手だけでも操れるので問題ない。

 タエは熟睡していた。相当疲れていたようだ。御館様はふっと笑った。

(タエがいれば、戦う決心も簡単に出来るんだな……)

 椎加は嫌いだが、命を奪い合う事になるとは思わなかった。避けられない戦いだと実感したが、迷いがあった。しかし、タエが、自分がなんとかすると言ったのだ。


(今回は、タエに守られるだけじゃ、ダメだ)


 タエを支える腕に力が入る。タエを自分に引き寄せ、しっかりと抱きしめた。


読んでいただき、ありがとうございます!

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