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月夜の代行者  作者: うた
第三章
123/330

122 怨念

 あれから二日。渡辺家から文が届いた。椎加は御館様を守る巫女を襲った罪で、一月の謹慎、女との接触を禁ずる事を言い渡された。自室に監禁状態で、見張りが着いているという。


 一先ず、厳正な処分にタエ達はホッとするも、必ず仕返しをしてくるだろうと分かっていた。

 その一端が届くのは、数時間後。





 それは突然起きた。

 昼餉を皆で食べた後、タエは御館様のアドバイス通り、筋トレにいそしんでいた。腕立て、腹筋、走り込み。いきなりでは体も疲れるので、少しずつ、回数を上げるようにしている。そうして庭の壁から壁へ、走り込みをしていた。

「あれ、いつまでやるつもり?」

 御館様は縁側に座ってしばらく見ていたが、辞める気配がない。ハナも隣で見ている。

「もう少ししたら、疲れて辞めると思いますよ」


 べしょ。


「ほら。終わった」

 庭の真ん中でぶっ倒れたタエ。もう無理と、息も絶え絶えに呟いている。

「まったく」

 御館様が、竹筒に入れた水をタエに持って行く。タエが用意した物だ。水に塩を入れている。縁側まで戻る体力もないようだ。タエはなんとか起き上がり、息を整えていた。

「倒れるまで動いてどうすんの」

 側にしゃがみこみ水を差し出した。タエが受け取る。

「ありがと……ござます……。しんど」

 ごくごく飲む。冷たい水が体に染み渡るのが分かる。とても気持ちが良い。

「今日はそれで終わりにしなよ」

「回復したら、また出来ます」

「休むのも訓練の内」

 ぴしり。おでこを人差指で弾かれた。じんわりと痛みがあるが、御館様の優しさも感じるので、むずがゆい。タエは素直に聞く事にした。

「わかりました」

「ん。それでよし」

 御館様は満足げに頷きながら、立ちあがる。

「立てる? 部屋に戻るよ」

「はい」

 タエも続いて腰を上げた時だった。


 ぴしっ。


「?」

 上の方から、まるで鏡にひびが入った時のような音が聞こえた。タエと御館様が同じように見上げる。


 バリ……バリィィ!!


 耳をつんざく破壊音。雷ではない。黒々としたモヤが上空を漂い、屋敷の中に入ろうともがいているが、無理だったのか、屋敷上空から離れ、山の向こうへ消えてしまった。

「なんだ……今の」

 あまりの音に、耳を塞いでいた御館様が思わず声を漏らす。タエも何が起こったのか、理解できずにいる。

「妖気じゃない……けど……」

「怨念ね」

「御館様、御無事ですか!」

 ハナと藤虎が二人の元へ駆けつけて来た。

「藤虎、大丈夫」

「怨念? 幽霊の仕業?」

「もしくは――」

「結界が破れてしまった!」

 榊の精霊達も集まって来た。先ほどの破壊音は、屋敷に張った結界が壊れた音だったのだ。

「結界もまだ一枚は生きておる。じゃから、入り込む事は出来なんだが……」

「人間の念が、ここの結界を壊すなんて」

 タエも呟いた。精霊の力を、タエの力で練り上げ張った結界だ。強度には自信があった。しかし、それが破れるとなると、事態は変わってくる。

「結界を張り直しましょう」

「それが良いな」

 タエが御館様を見上げれば、眉を寄せていた。何かを考えている。

「御館様、大丈夫ですか?」

「ああ。怨念て、生きてる人間でも、恨む相手に力をぶつけられるものなの?」

 御館様の問いに、ハナが答える。

「強い念なら、可能よ。でも、素人にあれほどの力は、操れるものじゃないわ」

「まさか、あの人が?」

 心当たりがあるだけに、タエの表情が曇る。思い出すだけでも腹立たしいが。

「椎加しか、考えられない。でも今は屋敷から出られないはず」

「……あっ」

 タエが声を上げた。その場にいた全員の目がタエに向く。

「あの人が言ってたんです。自分には強力な後ろ盾がいるから、呪いなんて弾き返してやる――みたいな事」

「後ろ盾?」

 御館様が首を捻る。

「術者に知り合いでもいるのかしら」

 ハナの呟きに、タエも頷いた。


「強い術者……この時代なら、陰陽師、とか?」


 全員が納得した。




「とにかくまずは、結界を張らないと」

 タエは前回もリードしてくれた、榊の女の子の精霊を頭に乗せ、晶華を神楽鈴に変化させる。そして、左手に榊の枝を持った。精霊の楽師達が音を奏で始めると、タエの服の上に白い着物が現れた。神楽を舞う衣装だ。他に装飾はなく、その着物一枚だが、それだけでも十分に舞いの美しさを表現している。くるりとタエが回れば、着物が優雅にはためき、光が溢れた。精霊の神楽は、静かでおごそかな舞ではなく、大きく体を動かす振り付け。日本舞踊や剣舞にも似たものだった。


 筋トレで汗だくなので正直汗臭いが、ここは一時を争うのでタエは我慢した。庭の真ん中で舞うので、御館様が不快な思いをすることはないはず。

(終わったら即、お風呂に行こう!!)

 結界張りが終わったら、晴明の元へ行く事にもなっているので、忙しい。




 舞い終わると、疲労感が後からくる。タエはどっと疲れていた。

「どうでしょう……」

「十分じゃ。一層結界が強くなったぞ。これなら怨念が来ようとも、ヒビすら入れられん」

 榊の長老にお墨付きをもらい、よかったと息をつく。榊達も解散した。タエも御館様達の所へ戻る。

「お疲れ様」

 御館様が、労いの言葉をかけてくれた。タエはへらりと笑う。

「私、お風呂に入ってきてもいいですか? 晴明さんの所に行くのに、汗だくじゃあ……」

「ああ。準備して」

 タエは元々用意していた着替えと手拭いを持ち、御館様と一緒に温泉へ向かって行った。ハナは藤虎と一緒に屋敷にいる。

「ハナ様は行かなくてよろしいので?」

「邪魔しちゃ悪いからね♪」

「なるほど」

 ハナの返事に、藤虎も納得した。両想いなのだと分かっているのは、ハナと藤虎だけだ。二人はにこりと笑い合い、晴明の屋敷へ行く準備に取り掛かった。



(ハナさんっ、なんでいないの!!)

 笑顔で見送るハナを思い出し、心臓がばくばくとうるさい。二人きりは何度もあったが、やはり、緊張する。


 前を向いて歩く。湯気が見えて来た。




 ぱしゃり……。


 タエが温泉で汗を流している。湯音が聞こえる。御館様は、温泉に張られた結界の外で湯舟に背を向け、岩に座り腕を組んでじっとしている。が、足は貧乏ゆすりをしていた。


(心頭を滅却しろ……。はあ、心臓に悪い……)


 自分の気持ちに気付いたはいいが、試練だと思わざるを得ない。惚れた娘が、自分のすぐ後ろで入浴をしているこの状況。以前よりも意識してしまう。湯音が憎い。かと言って、藤虎に代わってもらうのは論外だ。


 タエも同じ気持ちだった。好きな人が後ろにいるのだ。湯舟の中にいるので、当然何も着ていない。意識しまくり。こればっかりは、いつまでたっても慣れないものだ。


 ぽちゃん。


 もう上がろうとした所で、何かがタエの視界の隅に入った。上から落ちて来たようだ。上を見れば、榊の大木が枝を伸ばして葉を青々と茂らせ屋根のようになっている。そして下を見て、ソレを目視した瞬間、温まっていた体が一気に冷えた。

「いっ、いやあああっっ!!」

 タエが絶叫する。ばしゃんと大きくお湯が飛んだので、御館様もびっくりした。

「タエ!?」

 襲われた時の悲鳴にも似た声だったので、彼は構う事なく暖簾をまくり、湯舟に近付いた。タエは、お湯の中で岩にしがみついて震えている。

「どうした!」

「ム……ムカデが」

 タエが指を差した方を見て見れば、お湯にムカデが浮いている。泳いでいるようだ。沢山の足を動かす様は、正直気持ち悪い。木から落ちたのだろう。ムカデの毒の強さは、彼も良く知っているので、棒を手に取ると、掬い上げ、遠くに放った。

「小さい奴でよかったよ」

「あ、ありがとうございます」


 はた、と目が合う。


「っ!!」

 御館様はぐるりと背を向け、今までに見せた事のない速さで結界の外に出て、暖簾をしっかり下まで下げた。

 タエはと言うと、彼の動きに目をぱちくりさせ、自分がどういう姿だったかを思い出すと、一気に顔が真っ赤になる。

「おっ、お見苦しいものを見せましたあぁ!!」


「だ、大丈夫……。見てないから」

 御館様の弱弱しい声が、暖簾の外から聞こえて来た。


「御館様、お待たせしました」

 岩に座って項垂れていた御館様が、はっと我に返る。タエの声に振り返ると、さっぱりしたタエがそこにいた。タエの持っている服の上に、外出用の着物を着ている。すぐに出かけられる準備は万端だ。湯上りのタエは、いつもより女っぽく見える。御館様は、先程の事件を思い出してしまいそうになった。雑念を振り払い、何とかがんばって平静を装う。

「あの、本当にさっきはすいませんでした」

 タエが恥ずかしそうに謝ってきた。

「気にしてないよ。それより、風呂に虫が出たのは初めてだったな」

 今まで考えた事がなかったが、山の中なのに、虫と遭遇しなかった事実に、今更気付く。

「鬼気のせいで、寄り付かなかったんですね。土地神様のおかげで、いろんな生き物が戻ってきたのは、良い事ですけど……。虫はやっぱり怖いなぁ」

 虫嫌いのタエにとっては、鬼気にある意味助けられていたのだと知ると、複雑な心境だった。

「虫が出たらいつでも良いなよ。追い払うくらいは出来る」

「お願いします」

 小さくなるタエを見て、普通の女の子らしいと思えた御館様。

「髪の毛、乾きそう?」

「今頑張ってます。戻ったら、ちゃんと仕度しないと」

 まだ濡れている髪を、乾いたタオルでごしごし拭いて乾かしている。おかげでぼさぼさだ。しかし、それもタエらしいと笑えて来る。


「じゃ、行くよ」

「はい」

 二人は連れだって歩きだした。


読んでいただき、ありがとうございます!

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