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月夜の代行者  作者: うた
第三章
119/330

118 純粋な瞳

 朝。何事もなかったかのように、朝日は昇り、また一日が始まる。

「おお」

「ハナさん、似合う!」

「キレイですなぁ」

 御館様、タエ、藤虎が口々に感想を言う。高龗神の元へ行ったタエは、瑪瑙の勾玉をハナに着けたいのだと相談すると、彼女は簡単に魂でも触れられるように術を施してくれた。

 そうしてハナの首の紐にかかった勾玉は、朝日を浴びて輝いている。

「ありがとう、お姉ちゃん」

「いいって事よ♪」

 ハナも嬉しそうだ。それだけで、タエも笑顔になる。

「御館様、ありがとう」

 そう言って、ハナの目線に合わせてしゃがんでいた御館様の側に寄ると、その頬に口を寄せた。

「!」

 御館様も驚いた。ハナに触れられた感覚がしたのだから。柔らかい毛がさわりと触れた。

「ハナさん!」

 思わず声を上げたタエ。ハナはウィンクした。

「今回は特別よ。それに、お姉ちゃんとは比べ物にならないし」

「え? どゆこと?」

 御館様を見るハナ。目が合った彼は、反射的にまずいと察した。ハナはにんまりとしている。

「昨夜は――」

「ハ、ハナ殿!!」

 珍しく焦る様子の御館様を見て、タエは首を傾げた。藤虎は微笑んでいる。

「二人に何かあったの?」

「気にしなくていいから……」

 顔を逸らす彼の耳が若干赤い。タエは少し面白くなかった。

(いいなぁハナさん。羨ましい……)






「はっ!」

「よっとぉ!!」

 御館様とタエはいつものごとく、手合わせをしていた。お互い、自分の気持ちに気付きはしたが、手合わせは別物だ。本気でやり合っている。


「ん?」

 タエがふいに屋敷の塀を見た。御館様もそれに気付き、動きを止める。

「なに?」

「……妖怪がいる」

 タエが呟いたと同時に、塀の向こう側から悲鳴が聞こえた。タエがすぐさま走りだし、塀を軽々飛び越える。

「いやあぁぁっ!!」

 タエよりも年下の女の子と、それよりも小さい男の子がうずくまっていた。そこに黒い触手を何本も生やした妖怪が二人に襲い掛かろうとしている。

「こんのっ!」

 タエは晶華の刃を通常通りに出し、妖怪に斬りつけた。さほど強い奴ではなかったようで、あっさりと塵に還る。

「ふぅ。大丈夫だった? ケガは?」

 タエが振り向き二人を見下ろす。二人とも恐怖に抱き合い、震えていた。

「あ、あ、の……」

 かろうじて女の子の方が声を出すが、言葉にならない。タエは晶華の発動を解除し、二人の前にしゃがみ込む。

「もう妖怪はやっつけたから、安心して」

 にっこりと笑うと、二人も少し落ち着いたのか、徐々に震えが止まってきた。

「何があった!」

 御館様が門から出て来た。タエはそれを確認して経緯を話す。

「低級の妖怪がこの二人を襲ってて。倒したので大丈夫です」

 タエから報告を受けると、御館様も側でしゃがみ込んだ。

「まだ妖怪は現れるの?」

「土地が浄化されたんで、強い奴は近寄れません。でも、弱い奴なら通りを彷徨うくらい出来ますね。屋敷に入ろうと、うろうろしてたのかもしれません」

「そうか……」

 御館様は二人を見た。

「俺のせいだな。申し訳ない」

 御館様が素直に頭を下げた。タエはそれに驚いたが、頭を下げられた二人はもっと驚いた。

「あ、あのっ、私達、大丈夫なので……っつ」

 女の子の顔が歪む。見れば、腕をすりむいていた。襲われた時にこけたのだろうが、二人とも傷がいくつもある。妖怪に傷付けられたものもあるだろう。

「姉ちゃん……」

 弟が心配そうに見つめていた。

「入んなよ」

「え?」

 御館様が立ちあがった。

「傷、手当てするから」

 タエは女の子に手を貸し、立たせた。弟も一緒に立ちあがる。

「大丈夫。御館様の作る薬は、傷によく効くから」

 タエの笑顔に押され、二人はおずおずと門をくぐった。


 傷を消毒し、よく効く軟膏を塗り、キレイな布を巻いた。傷自体は大きくも深くもないので、すぐ治ると御館様が説明した。弟の腕や顔も軟膏を塗り、手当ては完了している。部屋の隅でそれを見ていたタエは、御館様の優しさに、心がぽかぽかしていた。

「ありがとう、ございます……」

 姉の名はゆきと言った。弟は佐吉。身なりからして庶民だろう。大きな屋敷が珍しいのか、キョロキョロ辺りを見回している。

「ねぇ、全然妖怪屋敷じゃないよ」

「こ、こらっ! 何言ってんのっ!!」

 何の悪意もない、純粋な佐吉の言葉に、ゆきが顔を真っ赤にして注意した。御館様もタエも、目を見張る。

「す、すいません! この子ったら……」

「いや、間違ってはいないよ。少し前までは、本当に妖怪屋敷だったから」

 御館様が苦笑しながら肯定した。姉弟は驚きの表情になる。

「ほ、本当に!?」

「ああ。俺は幼い頃から妖怪に命を狙われて来たんだ。母上が妖怪を退ける力を持ってたから、助けてもらってた。でも今は、後ろのタエとハナ殿が、俺を守ってくれてる」

 いきなり自分の話題になり、タエは緊張して背筋が伸びた。御館様の視線をたどるように、姉弟もこちらを見る。二人とも、妖怪から傷を受けたので、ハナも見えるようになっていた。

「土地を浄化して、屋敷に結界も張ってくれたから、前のように妖怪が入っては来なくなった。それでも、まだ結界の隙間を通って来る奴もいるけどね。とりあえずは、妖怪屋敷から抜け出せたよ」

「最近、この辺が安全になったって、皆言ってます。ずっと怪しい気配で、怖くて通れなかったから……。今日、初めて通ったんですけど」

「土地神様が戻ったから、大分ましになったと思う。でも力の弱い妖怪は出るから、気を付けて」

「はい」


 話が一段落した所へ、藤虎が姉弟にお茶とお菓子を持って来た。たちまち目が輝く。

「怖がると、よくない者が寄ってくると言う。気をしっかり持ちなさい。幸せな事を考えるといいぞー」

「はい!」

「うん!」

 二人はお茶菓子を口に頬張り、幸せな顔になった。それだけでこちらも癒される。すると、残っているお菓子に手を付ける事はなく、ゆきが遠慮がちに御館様に言った。

「あの、このお菓子、持って帰っても良いですか? おっとうとおっかあにも、食べさせてあげたくて……」

(なに、このめちゃくちゃ良い子達!!)

 タエは感動した。御館様も珍しく表情を和らげている。

「それは食べなよ。帰る時に新しく包んであげるから」

「! ありがとうございます!」

「ありがとー!」

 姉弟に笑みが宿る。タエは、いつも食べていたが、貴族しか口に出来ないお菓子なのだと、改めて実感した。貴族と庶民の差。まだ差別がある時代なのだ。

 ゆきと佐吉は山菜を取りに山に行き、その帰りだったのだという。襲われて取った山菜がダメになったので、藤虎が台所に用意していた物を、お菓子と合わせて包んでくれた。


 二人はそれを大事に抱え、門の所で礼を言った。

「山菜までもらっちゃって、本当に、ありがとうございました」

「いいよ。気にしないで。日が落ちたら、家から出ないようにね」

「はい。えーっと、奥方様?」

 タエと御館様が固まった。明らかにゆきの視線は、タエを見ている。

「え……、お、おく!?」

 言われた言葉の意味が分からない事はない。タエの顔が一気に赤くなった。

「ち、違うよっ! 私の事はタエでいいから……」

「そうですか? 仲が良いご夫婦だなと、思ったんですけど」

 ゆきの言葉は、今の二人にはものすごい破壊力を持つ。いたたまれなくて御館様が話を切った。

「腕の傷は、汚さないよう気を付けるんだよっ。ほら、お父さん達が待ってるんでしょ」

 タエは御館様を見上げた。恥ずかしくて凝視は出来ないが、顔が赤くなっているような気がする。

「それじゃあ、本当にありがとうございます!」

「ばいばーい」

 ゆきと佐吉が手を振りながら帰って行った。それを見送るタエと御館様。

「良い子達でしたね」

「ああ」

「よかったです」

「……なにが?」

 御館様が眉をひそめる。

「ここが、もう妖怪屋敷じゃないって分かってくれる人がいて。御館様を認めてくれる人がいて、よかったと思って」

 この通りは妖怪のたまり場で、人通りが少なかった。貞光は別として、御館様の屋敷に来る人間も、彼と屋敷を恐れていたのだ。言葉には出さないが、態度で分かる。タエは、しっかりと御館様と接してくれる人が現れた事が嬉しかったのだ。

 自然と笑みがこぼれる。そうして彼を見上げれば、目が合った。

「っ……」

 ふいと逸らされる視線。耳が赤い。照れているのだと分かる。タエは嫌な気は全くしない。それが彼だと知っているからだ。

「もう入るよ」

「はいはーい」

「はい、は一回」

「はいはーい」

「……」

 先を歩く御館様の背中を見る。広くて、温かそうだ。

(奥方様、か……)

 勘違いされたが、タエには嬉しい言葉だった。彼に近付けた気がしたからだ。甘くむずがゆい感情を、そっと胸の内にしまい込む。


 いつも重く軋みながら閉じる門が、少しだけ軽い音になった気がした。


読んでいただき、ありがとうございます!

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