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月夜の代行者  作者: うた
第三章
115/330

114 二人の距離

 御館様の馬達はとても賢く、既に屋敷に戻っていた。よく妖怪に捕まらなかったものだ。ハナが上手く逃がしたらしい。

 御館様、タエ、ハナ、藤虎、貞光は、御館様の屋敷の部屋にいた。

「っつ……」

「我慢」

 タエは、左腕の手当てを受けていた。御館様が調合してくれた薬を塗られ、それがしみる。キレイな布を当てられ、包帯を巻いてもらった。御館様の手が触れる度に、タエの心臓はうるさいくらいに早鐘を打つ。がんがんと耳元で聞こえるほどだった。平静を装う事がこんなに疲れると、初めて知った。

「あ、ありがとうございました」

「傷は浅いからすぐ治るだろうけど、あんまり動かさないように」

「はい」

「それじゃ、聞かせてくれる? あんたは何者?」

 タエだけでなく、御館様達にも緊張が走った。

「御館様が知ってる私で、間違いはありません。ただ、代行者として仕事をする姿を、隠してただけで……」

 御館様は、先程見たタエの姿を思い出した。あの衝撃は、当分忘れられそうにない。

「あの姿でいる間、もう一人のタエは気を失ってたけど、あれは?」

「生身の体では、戦う力に限界があります。私は代行者として動く時は、ハナさんに体から魂を抜いてもらって、あの姿になって仕事をします」

「魂?」

 御館様がハナを見れば、彼女はゆっくりと頷いた。

「代行者とは、夜の間、自分が仕える神様に変わって、管轄する場所に現れる妖怪を討伐する役目を負う者を言うの」

 ハナも説明してくれる。

「私達の管轄は京都。私達は神様と直接契約をし、仕事をしてる。貴船神社、高龗神の眷属よ」

 その場がしんとなる。

「タエちゃんが、神の眷属、ねぇ……」

 貞光が驚きながら呟いた。藤虎も頷く。

「今までの強さは、タエ様の力の一端だったとは」

「生身の体が枷になるなんて。本気のタエちゃんは、俺達より強いってわけか」

「私が本気になる時は妖怪相手なんで、生きてる皆さんに、私の刃は届きません。生身の体で立ち会ったら、やっぱり、皆さんの方が強いですよ」

 タエが恐縮した。御館様がタエをじっと見ている。その視線が痛かった。

「この事を黙ってて、すいませんでした。ここまでくると、もう人間技ではないんで、言いにくかったんです……」

 タエが俯いた。

「……まぁ、その気持ちは、分からないでもないけど」

 御館様が淡々と答える。

「とりあえず、今夜はここまでにしよう。腹が減った」

 彼が空腹の話をしたので、途端に全員のお腹が鳴った。貞光がくっと笑う。

「そうだな! 別にタエちゃんが敵ってわけではないんだし、むしろ見られない姿を見られて幸運だと思わないと。俺も食っていっていいか?」

「もちろんです。今用意します」

 藤虎が腰を上げたので、タエも立ちあがった。

「あの、教えてもらった通りに用意はしてあります。私も手伝います」

「ダメ。腕は使わないようにって言ったでしょ」

 御館様が釘を刺した。え、と固まる。

「タエ様、私だけでも用意は出来ます。疲れが溜まっているでしょう? 休んでいて下さい。準備、ありがとうございました」

 藤虎が笑顔で応え、部屋を後にした。タエはその場に座り直す。このまま沈黙が続き、どうしようかと目を泳がせると、貞光と目が合った。整った顔が、にっこりと笑みを刻む。

「そうそう。ゆっくりしてなよ。お前もそう言いたかったんだろ?」

「え?」

 タエが御館様を見ると、ふい、と視線を逸らされた。

「こいつ、天邪鬼だから、本心をなかなか言えないんだ♪」

「貞光さんっ」

 御館様がじとりと睨む。見られた貞光は慣れっこだとばかりに、華麗に受け流している。

「ありがとうございます」

「……ふん」


 それから、貞光が茨木童子の事を説明してくれ、酒呑童子の家来だった事、御館様が自宅待機だった間に、源頼光を筆頭に貞光やその家来たちで、その酒呑童子一味の討伐に向かっていた事を、タエとハナは知った。

 ハナが首を傾げていた事を、タエは気付いていない。


 藤虎が膳を持って来てくれ、皆で楽しく食事をした。貞光はタエの代行者モードの姿を褒めてくれ、いつもの癖なのか、口説き始めようとしたところで、御館様に箸置きを投げつけられる。

「あっぶねぇだろっ!」

「当てるつもりで投げたので」

「そんなにタエちゃんが口説かれるのが嫌か?」

 にやり。貞光が御館様の反応を伺った。当の本人は、表情を崩さず、むしろ凄みを帯びてしれっと答えた。

「神の眷属に手を出して、ただでいられると思ってるんですか?」

「う゛っ……」

 神様の使いは神聖なもの。タエのバックには高龗神がいるのだ。貞光はあっさり引き下がった。

「手ごわい……」

 タエはそんな二人のやりとりが楽しくて、笑って見ていた。




「ふぅ……」

 タエは自室の前の縁側に腰を落とし、夜空を見上げていた。貞光は自分の屋敷に帰り、翌日、茨木童子の件を頼光に報告すると言っていた。彼を皆で見送り、藤虎は後片付け、御館様も馬の様子を見に行った。すぐに戻るからと、タエはここで待っているのだ。御館様の護衛がある。今夜の代行者の仕事はハナ。彼女はタエに見送られ、既に出掛けた。


「ここにいたの。疲れてるなら、寝てていいのに」


 御館様が廊下を歩いてきた。タエもそれに気付く。

「星を見てたんです」

「星?」

 御館様も空を見上げる。幾多の星が美しく輝き、月はもう少しで新月になる。細い線しか見えない月だが、美しく光を湛えていた。

「夜空って、こんなにキレイだったのか……」

「御館様?」

 彼があまりにも驚いたように呟いたので、タエはじっと彼を見る。御館様もタエの隣に腰を下ろした。

「ここから見た夜空は、いつもどんよりしてた。夜は基本、屋敷からは出ない生活だったし。興味もなかった。元凶を祓ってくれてからは、空気が澄んでたのは分かってたけど、空を見る事はなかったな」

 御館様の横顔は、いつもの固い表情ではなく、美しい夜空を本当に楽しんでいるようで、本来の御館様を、タエは見た気がした。とくんと心臓が鳴る。

「この時代の空の方が、未来よりもずっとキレイです。天の川があんなにはっきり見えるなんて」

「天の川……確かに、星が集まって川のように見えるな」

「あ、北斗七星が見えますね。あっちが北極星かな」

「どれ?」

 あれだと指を差して、御館様に教えようとするが、星がたくさんあり過ぎて、うまく伝わらなかった。

「あの星がなんて名前か、分かるんだな」

「私が知ってるのは、少しだけですけどね。星をいろんな生き物や形に象って、その星にまつわる話もあって。どんな話があったかは、忘れました」

 あはは、と笑うタエを見て、御館様もふっと笑った。表情が柔らかい。

「御館様、今の顔よかったですよ!」

「え……?」

「ちょっと笑ってましたよ。やっぱり笑った方がいいですって」

「……笑ってないし」

 タエが指摘してみると、少し照れたように、御館様が表情をまた固くした。タエはそれだけで嬉しかった。

「御館様。夢とか、やりたい事とか、あります?」

「え……」

 御館様は少し考えたが、首を横に振った。

「考えた事、ないな。夢なんて、俺には無用の物だと思ってたし。ただ、役目を果たす事だけを考えてた」

(役目? 前に、晴明さんにもそんな事、言ってたような)

「あの、役目って何ですか?」

 ひっかかりを覚えたタエが、聞いてみた。御館様は、しばらく無言になり、小さく言った。

「頼光様を支える事だよ」

 彼の仕事だ。しっかりこなしているので、タエは心配ないと安心する。

「妖怪の事は私達がいるんで、もう気にすることはないでしょう? だから、今まで出来なかった事とか、やりたい事をやってもいいんじゃないかなぁって、思うんです。後悔しないように」

「やりたい事を……」

「せっかく生まれて来たんだから、楽しまないと損ですよ。今からでも取り返しましょうよ」

 タエの言葉に、がつんと頭を打たれたようになった御館様。

「……楽しまないと損、か。初めて言われたよ」

「私達が協力出来る事があったら、言って下さいね。ちょっと考えてみてください」

「ああ」

 月明かりもあまり届かないほどの暗がりだが、背後にある燭台の炎で、タエの笑顔がはっきり見える。彼女の言葉はいつも温かい。

(眩しい……)

 御館様は無意識に思っていた。



「……ねぇ」

「はい?」

 少し言いにくそうに、御館様がタエに質問してきた。

「あんたにはいるの? 元の時代に夫とか、そういう男」

 タエの思考が一時、停止する。

「お、夫ぉ!? いませんよ! 付き合ってる人もいないし。私まだ十七ですよ!? 結婚は早すぎでしょっっ」

 顔が熱い。いきなり聞かれたので、タエは混乱した。

「十七歳なの? 婚姻がまだなら遅すぎでしょ」

「えぇ!? いやいや、普通はだいたい二十歳過ぎてからですよ。この時代ってそんなに早かったですっけ!?」

「十歳の娘でも婚姻するよ。あ、神の使いは純潔を守らないといけないの?」

「十歳の子となんて、千年後では犯罪ですよ。……私は、生きてる間は、普通の人として生きていいって言われてるんです。恋愛だって……高様は、しても構わないって」

 高龗神の言葉を思い出した。


『恋愛についても、わしは止めはせん』


(高様は、私が御館様を好きになるって、知ってたんだ……)

 心臓が痛いくらいに高鳴っている。

「この時代も、プロポーズとか、あるんですか?」

「ぷろぽーずって何?」

「“結婚してください”って申し込む事です」

 分かりやすく説明する。

「そんな風に直接的な事を言うのは、野蛮だって言われてる。貴族は目当ての女に和歌を送って、返事を待つ。返事が来たら三日間相手の所に通って、普通の婚姻は成立だ」

「通うって、デートとか?」

「でーとって?」

「ええっと、男女でお互いを知る為に、一緒に出掛けたりすることです」

「いや、通うのは夜だ」

「夜?」


「男は夜這いに行く」


「よ、よばっっ!!??」

 タエが明らかに動揺した。顔がみるみる熱を持つ。

「え、だって、和歌だけでしょ? 相手の情報、和歌だけでしょ!?」

「ああ。女房を使って、相手の噂を聞いたりするらしいけど。女の方は男の顔を知らない。夜中は顔も良く見えないからな。婚姻の儀式で初めて顔を見るって事もよくある」

「ちょちょちょっ……、顔も知らない人に三日間通われて、こ、婚姻ですか?」

「嫌なら断る事もできるけど」

「でもっ、一回は通われてるんですよね。よ、夜這いされてるんですよね……」

「ああ」

「ひーーっっ!! 恐ろしい!!」

 タエが両手を頬にあて、本気で引いていた。

「未来はどうなのさ」

「まずはお互いを知る為に、お付き合いですよ。何が好きで、何が苦手か。気が合うかを確かめ合って、そろそろ結婚かなってタイミングでプロポーズです!」

 御館様が眉を寄せる。

「それ、時間かかり過ぎじゃない?」

「時間をかけるんですよ。何年付き合っても、別れる人もいますから。相手選びは慎重ですよ」

「ふぅん。で、ぷろぽーずね。あんたもそういう感じがいいの?」

「そりゃあ、男らしく“結婚してください”ってびしっと言ってもらうのは、憧れますね」

「男らしい?」

「和歌とかよく分からないんで、はっきり言ってくれる方が、未来の女性は喜ぶんです。それで指輪を渡されたら、めちゃくちゃ嬉しいですよねー」

「指輪?」

「婚約指輪は男性が女性に送る指輪で、結婚したらお互いに同じ形の結婚指輪をはめるんですよ。左手の薬指に。女の子なら、誰でも憧れます」

 御館様は自分達の常識と、未来の常識の違いを聞いて驚いていた。

「お、御館様にはいないんですか?」

 今度はタエがおずおず聞くと、聞かれた御館様は眉を寄せた。

「妖怪に付きまとわれてる男に、誰が嫁がせたいと思う?」

「あ~~……確かに」

 ホッとした。御館様はかなりのイケメンだ。現代でもキャアキャア言われるほどの。この時ばかりは、妖怪達にお礼が言いたくなった。

「御館様は何歳ですか?」

「二十歳」

「男性でも、二十歳では遅い?」

「そりゃね。婚姻しない事も、まぁ、今更何とも思わないよ。ここまで生きるとも思ってなかった。妖怪に喰われて終わる人生だと、思ってたから」

 その言葉は切なかった。

「御館様の人生は、まだあるじゃないですか。やっと普通の人と同じ所に立てたと思って、欲を持っても罰は当たりませんよ」

 タエの言葉は目から鱗のようだった。妖怪の存在がやっと遠ざかったのだ。欲などとうの昔に捨てた。そんなものは、ただ思うだけ無駄で、悲しいだけだと経験したからだ。

「やっと、周りと同じ場所に立てた、か」

「あ、失礼な事を、すいません……」

「いや、その通りだと思う。あんたとハナ殿のおかげだけど」

 涼しい風が通り抜けた。夏の夜は、熱気が冷めていくので、ひんやりしている。

「本当に感謝してるんだ。これからは、今までよりもましな生き方が出来ればいいなと思うよ」

「できますよ。私達がここにいる間は、御館様を守りますから」

 はっとした。自分達が任務を終えれば、元の時代に帰る。目の前のこの人を置いて、帰ってしまうのだ。御館様も、タエを見つめていた。この心地良い生活は、ずっと続くわけではないと気付いたのだ。

 しばらく、二人は何も言えずに見つめ合う事しかできなかった。

(嫌だ……。嫌だな……)

 この事実が、タエの心にずっしりとした重りになった。ゆっくりと俯く。御館様も我に返り、夜空を見上げた。

「いる間は、頼むよ」

「はい……」


 二人で座るその距離は、手を伸ばせばすぐ届くはずなのに、触れられない微妙な距離だった。


読んでいただき、ありがとうございます!

今年もよろしくお願いします♪

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