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月夜の代行者  作者: うた
第三章
110/330

110 未来の機械

 榊の精霊達と一緒に、結界を張って数日。庭にはタエと御館様、ハナの三人がいた。縁側に腰かけ、藤虎がお茶を持って来てくれるのを待っている。



 最初は、タエが明るい縁側で宿題をしていた。数ページで飽きてしまい、文机を横に置いて、タエは縁側に足を投げ出し、スマホをいじっていた。とても不思議なもので、電池が全く減っていない。タイムスリップした時の残量のままだ。電話やネット通信はもちろん出来なかったが、カメラ、写真閲覧は可能だった。涼香や稔明、体育祭の時にクラスメイトと取った写真を見て、懐かしくなった。

「皆、どうしてるかなぁ」

 楽しそうに笑っている。千年もの時間を越えた時代に、今自分はいるのだ。テレビもパソコンも、コンロもレンジもない。それでも、ちゃんと生きているし、楽しんでいる。電子機器がなくても、馴染めているのだから、今の生活も合っているのだろう。親からも離れて、少し成長出来ただろうか。

 涼香と稔明と三人で取った写真を見つめていた。


「何してるの?」

 声をかけられ、顔を上げると御館様とハナがいた。彼は馬の世話に行っていたのだ。

「それ、何?」

 それ、と言われて指さされた物は、スマホだった。

「これはスマホと言って、離れた相手と会話したり、知りたい事を調べたりとか、いろいろできる機械です。今、友達の写真を見てて」

 ほら、と画面を見せた。御館様は目を丸くする。

「タエ、がいる」

 平安時代の人間には、理解できない現象が起こっているのだろう。彼も混乱したように、スマホ画面のタエと、実物のタエを見比べていた。

「写真って言って、その瞬間を思い出に残しておけるんですよ。この二人は、私の親友と晴明さんの子孫です」

 涼香と稔明を紹介した。彼は稔明をまじまじと見る。

「この者が、晴明の子孫……」

「不思議な感じですよねぇ。あ、そうだ」

 タエがスマホを御館様に向けると、カシャ、と音がした。何をされたのか分からず、御館様は瞬きをするだけだ。

「写真を撮る事もできます」

 今撮った御館様の写真を見せると、不思議そうに見る自分の顔が写っていた。それに驚く。

「え、なにこれ。俺……?」

 タエの隣に腰を下ろして、スマホを受け取り、自分の写真をじっと見つめた。


「おや、皆様ここにいらっしゃるんですね」

 藤虎が顔を出した。

「お茶はいりますか?」

「あ、ああ。じゃあ、頼む」

 御館様が答えた。はい、と藤虎は頷き、台所へ向かった。


「あ、アレがあった!」

 タエが何かを思いついたように、部屋へと駆け出した。カバンをごそごそして持って来たものは、懸賞で当たったポラロイドカメラだ。

「これは一発勝負なんで、御館様、笑って下さいー」

 変な機械を覗き込み、笑えなど、彼にとっては無理な注文だ。

「出来るわけないでしょ。そんな変なものに」

 カシャッ。

 シャッター音が軽快に鳴り、小さな紙がぺろりと出て来た。それを手に持つと、タエは御館様の隣に座り直す。

「これ持ってきて正解ですね。平安時代の人を写真に撮るなんて、めちゃくちゃ貴重な……」

「貴重通り越して、奇跡でしょ」

 ハナが笑っている。少しずつ、写真の黒い部分が明るくなって来た。

「あ、出て来た! 御館様、かっこいい顔が台無しですよ」

 タエが笑いながら手渡してみる。それをじっと見て、御館様は渋い顔をした。

「俺、こんな顔、してたのか……」

「戸惑い顔も、貴重といえば貴重ですね。御館様、あんまり表情変えないから」

「間抜けな顔でいたら、なめられるでしょ」

 写真をタエに返す。今度はカメラを差し出すタエ。

「じゃあ、撮ってみます?」

 カメラを手に、いろいろな角度から見る御館様。そこはやはり男子。機械に興味があったのか、この反応は良かった。

「良いの?」

「まだ枚数はあるんで、いいですよ。私を撮ってみてください。ここから覗くと、写したい部分が四角くなってるんで、うまいこと真ん中に私がくるようにして、このボタンを押してください」

 少し離れてピースするタエ。ファインダーを見て、御館様が眉を寄せた。

「……その手、未来の流行り?」

「写真を撮る時は、だいたい皆こうしますね」

「そう」

 カシャッ。

 写真が徐々に映し出されていく様子が面白いのか、じっと見ている。そんな彼を見て、タエは心が温かくなっていた。

(なんかこういうの、楽しいな)

「ふぅん」

 御館様が意味深に唸ったので、タエは首を傾げる。ハナも、どんな写真ができたのか覗き込んだ。

「良い感じに撮れてるね」

「まぁ、いいんじゃない」

 そっけない言葉を言いながら、タエに写真を見せる。はにかんだ笑顔を向けるタエがそこにはあった。タエは自分でもうまくいったと褒める所だ。

「これ、もらっていいの?」

「いいですよ。初めての写真記念ですか?」

 ふふ、と笑いながら、写真を渡す。御館様はさっさと懐にしまってしまった。

「まぁね」


「じゃあ、こっちでツーショット、いきましょう!」

 タエはノリでスマホを自撮りモードにして、腕を伸ばす。画面には、タエと御館様とハナが丁度写っているので、この角度だとタエは張りきった。

「ハナさんが写ったら、心霊写真になるかなぁ」

「写っていいなら、このままでいるけど」

「いきましょう!」

 カシャッ。

「うわー! ハナさん、すんごいことに!」

「からくり、恐るべし……」

 笑顔のタエ、先程よりもまだ表情が緩んだ御館様、そして、機械を通したハナの姿はピンボケしまくりで、どこか歪んだものになっていた。まるでムンクの“叫び”のよう。それがどこかおかしくて、タエとハナは大笑い、御館様も手を口に押えながら笑っていた。

(御館様が笑った!)

 タエが、頼光の屋敷でキレた時の帰りで見た笑い方と同じ。控えめだが、とてもレアな瞬間だ。タエはドキドキと心臓が熱くなる感覚を覚えた。そして、一層、嬉しくなった。

 カシャ。

「何撮ってんの」

「御館様の笑った顔です」

 ぴらりん。思わず撮影してしまった。ポラロイドの写真を大事に持ったタエ。御館様の手がサッと伸びて来た。

「回収」

「ダメです。コレ見てにやにやするんですっ」

「何だよそれ」

 タエが腕を後ろに伸ばして、取られまいと必死になる。御館様も、恥ずかしい写真をさっさと取ってしまいたくて、前のめりになった。

「あっ」

「え、あ! いだっ!」

 ごっ! 痛い音がした。御館様とタエが、写真の取り合いに夢中になったおかげで、倒れてしまったのだ。ハナも「あ」と声を出したが、何も出来ず。御館様がタエの上になり、タエは後頭部を文机の縁にぶつけた。

「いったた……」

「ごめん」

「いえ、私がふざけたせいもあるし――」

 目を開けると、間近に御館様の顔が。タエの思考が一時停止した。彼も起き上がろうと目の前に焦点を合わせた途端、固まる事態に。

 もう少しで鼻先が触れそうな距離だった。二人は恥ずかしさが爆発し、飛び起きる。互いに顔が赤い。

「……そんな写真、撮るからだろ」

「すいません」

「ほら」

 御館様が手を出した。写真をよこせと言っている。

「いやです」

 赤い顔をした二人が、迫力のない顔で睨み合う。結局、ケンカにはならず、御館様が折れる形で収まった。

「はぁ……」

 ため息をつく彼の隣で、タエは写真を確認して笑顔になった。楽しそうに笑う、御館様の顔がしっかり映っていたのだ。


「楽しそうですなぁ」

 藤虎もお茶とお菓子のお盆を手に、合流した。そうして、彼も一緒に写真を撮り、楽しいひと時は過ぎていく。




「タエ様、ありがとうございました」

 夕餉を終え、タエと藤虎は食器を片付けていた。突然、藤虎がタエに礼を言ったのだ。

「私、何かしましたっけ?」

「今日の事もそうですが、タエ様とハナ様がいてくれて、本当に良かったと思いまして」

 改めて言われると、照れる。

「私達こそ、ここに置いてもらってるんで、こっちがお礼を言わなきゃいけないのに」

「いいえ。それ以上の事をされてるのです。御館様が笑うなど、ありませんでしたから」

「え……?」

 人が全く笑わないなど、あるのだろうか。

「御館様はあの境遇ですから、人との縁も遠く、誰かと何かを共有するという経験がほとんどないのです。貞光様は幼い頃よりの御友人で、よく声をかけてくださいますが。人にしても、妖怪にしても、常に気を張っているので、表情も硬く、だんだん感情もあまり表に出さなくなってしまいまして」

 それは理解できる。強くなろうとするあまり、他の部分を隠してしまったり、最悪消してしまう事がある。しかし、御館様は隠した部分を捨てなかったのだ。それが救いだったと、タエは思った。

「頼光様の屋敷からの帰りや、今日、御館様が笑っている姿を見て、感動してしまいました。タエ様とハナ様が来てから、御館様の表情が柔らかくなっているので、見ているこちらも嬉しいのです」

「そう言ってもらえると私も嬉しいですね。御館様は、今まで苦労した分、出来なかった事を取り戻してほしいなって、思うんです。私達がいる間は、絶対に御館様は守るんで」

 藤虎は少し表情が曇った。

「いずれは、元の時代に戻ってしまうのですね。寂しいですな」

「任務が終わらない限り、ずっといますけどね」

 はは、と明るく笑う。

「人探しはどうですか? 見つかりそうですか」

「いえ……。手がかりは全くなしで。まぁ、気長にやりますよ」

「そうですか」

 そういう藤虎の顔はどこか暗かった。




「ハナ殿」

「ん?」

 部屋で書き物をしていた御館様が、ふいに寝ていたハナを呼んだ。首をもたげるハナ。

「……人探しは順調?」

 ハナは御館様を見、ゆっくり首を左右に振った。

「まだ見つからない」

「そう。その者を見つけて、どうするの?」

「……私達と一緒に来てもらうの。それ以上は、知らない方が賢明かな」

「そう……」

 御館様が小さく呟くと、再び紙に視線を戻した。ハナは探るように彼を見ていたが、目を逸らし、再び首を畳の上に置き目を瞑った。

 コト、と筆を置く。御館様は懐に入れたままにしていたタエの写真を見た。

「元の時代に、帰るんだよな……」


 御館様の心を表すように、側に置いてある燭台の炎が、寂し気に揺れた。


読んでいただき、ありがとうございます!

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