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月夜の代行者  作者: うた
第三章
109/330

109 鬼の爪痕と神楽の舞

「私の体は高様の羽織で守ったし、心置きなくやれるな」

 タエは庭に出ていた。代行者モードだ。晶華を持ち、庭の中心に立つ。高龗神は、自分か誰かを餌にすれば良いと言っていた。もちろん、餌にするのは、自分だ。

 ざわり、と空気が揺らいだ。

「隠れてないで、出てこい!」

 ざくりと晶華を地に突き刺した。しばらく待ったが、何も起こらない。

「鬼、ずっとそこに隠れたままで良いの? 外に出る器が欲しいんじゃない? 勝負をしよう。私が負けたら、私の体をあげる」


 すると、ごごご、と大地がざわめき、タエは晶華を引き抜いた。刺した刀の跡から黒い瘴気が一気に噴き出した。それが鬼の形を取る。実体を持ったわけではないが、禍々しさは相当のものだ。


 がああああぁっっ!!


 言葉にならない鬼の咆哮が地を揺るがす。鬼気の腕がタエへと伸びるが、晶華で薙ぎ払った。鬼は立て続けに、タエへ牙と爪を向ける。鬼の腕は数本増え、屋敷の部屋で寝ているタエの体の方へ伸びていた。急いで立ちはだかり、腕を払って消す。

 それでも執拗に体へ伸びる腕。タエは紙一重で避け、神水を呼び出し、鬼へと浴びせかけた。ぎゃあと奇声を上げながら、黒い瘴気から白い煙が上がる。実体がないので、本来の力は衰えているだろうが、それでもまだまだ強さを保っている。屋敷の敷地の外に出られては厄介だ。

(爪痕があの鬼気を繋ぎ止めてるんやろうけど、早く決着を着けた方がいいな)

 タエは集中力を高めると、晶華が輝きだした。

「晶華!」

 愛刀の名を呼べば、思った通りに動いてくれる。巨大な晶華が五本現れ、五芒星の形に庭に突き刺さった。鬼気が噴出した裂け目を中心にしてだ。途端に鬼気が収縮する。地の中に潜り込もうとしているようだ。

「逃すかぁ! 龍聖浄!!」

 大地に刺さった晶華から貴船の神水が溢れだす。たちまちじゅうじゅうと蒸気が立ち込め、鬼の苦しそうなうめき声が聞こえて来た。それでも、鬼気は地中に潜っている。

(どうする……。水が届く範囲にも限界がある)

 高龗神の雨も届かない所へ逃げたのだ。タエに動揺が見えた時、地中から物凄いスピードで鬼気がせり上がり、タエはジャンプして避けようとしたが、足を掴まれてしまった。その速度は、タエの俊敏さを上回っていた。

 庭に亀裂が入った事で、晶華の結界は崩れてしまった。召喚した晶華が消える。

「うあっ!」

 逆さまに吊り上げられる。晶華で斬っても、何本もの腕がタエの体を掴み上げ、攻撃が追いつかない。貴船の神水を大量に呼び出し、逆さになりながらも、鬼の頭部に流し込む。


 鬼気は頭から蒸気を上げていたが、腕よりも頭部の鬼気は濃く頑丈で、すぐには祓えない。ならば、晶華を長刀の形にして、頭部に突き刺す。鬼は激痛で力が入り、タエを締め上げた。

「うっぐ……」

 ぎりっと体が悲鳴を上げる。タエは体を圧迫されたせいで力が抜け、晶華を手放してしまう。

「しまっ――」

 晶華が太刀に戻り、カシャンと地面に落ちる。鬼はがばりと大きな口を開けた。その瞬間、タエは喰われると直感する。


(まずい、まずいまずい! 土地神を倒した鬼……。鬼気だけだからって、なめてたっ!)


「水結界! お願い!!」

 タエが神水を呼ぶ。貴船の神水は、タエの体を包み込むように全身を覆った。これで鬼の牙を防ぐ事は出来るはず。タエは諦めてはいない。自分は、絶対に死ねないからだ。

 鬼が一気にタエを口の中に入れた。真っ黒な牙で、タエを結界もろとも噛み砕こうとしている。瘴気の中で、タエは結界に指示をした。

「ハリセンボン! 鬼の全身を貫いて!!」

 我ながら、気の抜けた指示だと思う。しかし水結界は、素直に全身から無数の棘を出し、鬼の瘴気を振り払う。それでも鬼はなかなかタエを離そうとしない。顎に力を入れると、結界がぴしりと嫌な音を上げた。

 急いで次の手を結界の中で考えていると、一つ、自分の方へ近付いて来る気配があった。

「なに?」


「代行者!」


 ものすごい勢いで突っ込んでくるのは、白い蛇だ。それが誰か、タエはすぐに分かった。

「白千様!」

「おりゃああ!!」

 高龗神の式神、白蛇の白千が鬼気に体当たりしたのだ。鬼気は実体を持たないが、力を圧縮していれば、多少の弾力が生まれる。その衝撃で、タエはようやく鬼の口の中から解放された。地面に転がり、結界を解く。

「ありがとうございます」

「主の指示じゃ」

 蛇の体をくねらせ、素早く動く白千。鬼気がタエの体を狙っている。部屋に入ろうとしている所を、彼は超音波を出し、鬼気を後退させた。タエはその間に晶華を持ち直す。

 鬼気は地面の中に潜りだした。地上に出ている瘴気がどんどん減っていく。

「逃がさん。わしが奴を引きずり出す。地上に出たら決着を付けろ!」

「はい!」

 白千は、地に開いた穴へと潜っていく。さすが蛇。細い所に入るのは得意だ。

「晶華、決めるよ」

 タエは五本の晶華を呼び出し、空中で待機させた。いつも呼べばすぐに結界を張るので、この状態で維持させる事は初めてだ。勝負は一瞬。そのタイミングを逃さないよう、瞬きすら惜しい。ゴゴゴ、と地が揺れた。そして、ぼごっと大穴を開け、黒々とした鬼気を締めあげた白蛇が躍り出た。

「結界っ!!」

 晶華の結界が、白千と鬼気を呑み込んだ。神水が結界内を満たす。

「白千様、出て下さい!」

 結界をうまく調整して、白千を外へ出した。水の中でジュウジュウと泡を出す鬼気。体積を増やし、中から結界を壊そうとしている。

「何度も壊されてたまるか! 龍聖浄!!」

 結界を圧縮する。それに対抗するように、鬼気が中から押しているが、タエの力も負けていない。

「結界を潰そうとする力は、幸成さんの方が強かった!」

 ばちんっ、と勢い良く晶華が一つになる。そして、水になって消えた。しぶきが庭に降り注ぎ、澱んでいた空気が晴れていくのが分かった。


「ほう、見事じゃな」

 白千がタエに近付いてきた。

「ありがとうございます。白千様の協力がなければ、うまくいきませんでした」

「む? 名乗ったか?」

「未来でも、お世話になってますから」

 笑顔で答えると、そうかと彼は言った。

「高龗神も、肩の荷が下りたじゃろう。お前さんの体も、無事で良かったのぉ。自分を餌にしたのか」

「はい」

 報告にもう帰るというので、タエはもう一度頭を下げた。白千は、満足そうに頷くと、山の中に消えてしまった。



「榊の精霊よ、鬼気を祓いました。約束通り、話をしましょう」

 タエは生身の体に戻っていた。開いた大穴はタエ一人でなんとか塞ぐことが出来た。なかなかの大きさだったが、そこまで巨大ではなかったので、助かった。少し時間がかかってしまったが。

 榊の老人の精霊が顔を出す。

「まさか、本当に消し去るとは……」

「白千様に、手伝ってもらいましたけどね。でも、これで結界が張れるはずですよ!」

「わかった。ならば、そなたの力も貸してもらわねばならんぞ」

「分かってます。どうすればいいんですか?」


「舞じゃ」


「え?」




「!」

 仕事が終わり、御館様、ハナ、藤虎の三人は、屋敷の様子が気になったので、まっすぐ帰って来た。歩くだけでも分かる。右京の空間の気配が清々しいものになっている。それが、タエが鬼気を祓ったからだと言うハナの言葉に、二人は驚いた。

 ハナが急に、何かに反応した。

「? どうされました?」

 藤虎が問う。ハナは、垂れた耳をぴくぴく動かしている。

「音楽が聞こえる」

「音楽?」

 二人は耳を澄ませるが、何も聞こえない。

「良いものが見られるかも。早く、こっち!」

 走りだしたハナに、馬に乗った二人が着いて行く。御館様の敷地の裏から山の中に入り、馬をつなぐ。そして庭が見える場所まで来て、覗き込んだ。その時には、御館様と藤虎にも音楽が聞こえていた。


「……なんだ……」


 御館様は目の前の光景に、目が離せなかった。


 庭では、神楽で使われるお囃子が鳴っていた。琴、笛、太鼓、篳篥ひちりきなどの音で溢れている。

 タエは、右手に帯が長い神楽鈴かぐらすずを、左手に榊の枝を持っている。そして、私服の上からキラキラと輝く白い着物を一枚羽織り、優雅に舞っているのだ。シャン、と美しい音が庭に響く。普段のタエからは想像がつかないほどの、しなやかで女性らしい振る舞い。指の先まで気を使い、くるりとその身を回転させている。

 屋敷全体が清らかな空気に包まれて、全てを浄化していた。


 御館様の目には、タエ以外、視界に入っていない。ただ、じっと見つめていた。


 曲が終わり、辺りが静かになる。

「はぁ、はぁ……。どうですか!」

 タエが息を切らしながら元の調子に戻り、榊の精霊達に聞いた。屋敷の縁側でお囃子を奏でていた精霊達は笑顔だ。

「すごいです。しっかりと結界が張れました!」

「先導があったとはいえ、ここまで美しく舞えるとは」

 老人の精霊は驚きを隠せない様子。タエはふぅ、と呼吸を落ち着けながら、滲んだ汗を拭う。タエの頭の上には、榊の女の子の精霊が乗っており、彼女がリードして舞っていたのだ。彼女と動きを連動させ、タエは同じ動きをするだけなのだが、手足の先までしっかり伸ばし、舞を成立させる。

 雑念を捨て、御館様を守る為に結界を張るよう念じて、ひたすら舞った。おかげで清浄な空気が満ちており、以前とは全く違う。


「舞えば舞うほど、結界は強くなるんですか?」

「それはそうじゃが。張るにも力を使う。疲れてるのではないか?」

「これくらい、凶悪な妖怪と戦った時に比べれば、なんてことないです。じゃあ、もう一曲くらい、いきましょうか」

 確かに疲労感はある。しかしタエは何ともないと笑っていた。ふ、と老人が微笑みながら、浮かんだ疑問をぶつけてきた。

「何故、そこまでする?」

「はい?」

「そなたらの任務完遂の為の拠点として、ここで厄介になっている事は、風の噂で聞いている。わしらは敷地内まで耳を広げられないので、詳しくは知らんが。あの者をただ守るだけなら、ここまでせんでも」

 タエは、うーん、と短くうなると、案外あっさりと答えた。

「御館様と藤虎さんの事が、大好きだから、ですかね」



「……え」

「タエ様……」

 御館様と藤虎が目を見開いた。



「御館様は、辛い境遇なのに、強くなろうと努力を惜しまない人です。私が御館様と同じ運命だったら、あっさり妖怪の餌になってただろうから、余計に。藤虎さんは、そんな御館様を見捨てなかった。ずっとそばで守り続けて、すごいなぁって」

 二人と出会ってからの事を思い出しながら話す。

「ここに来て、まだそんなに経ってないけど、二人がどれだけ良い人かって事は、十分に分かります。私、二人の事を尊敬してるし、大好きなんです。だから、この時代にいる間は、私が力になれる事は、なんだってやりたいって思ってるんですよ。後悔しないように。ハナさんもきっと同じ事を思ってると思います」


 御館様と藤虎がハナを見れば、しっぽをぱたぱた振っていた。



「なるほど。その思いが、そなたを強くしておるのか」

 ふふ、と照れたように笑い、タエが気合を入れた。

「じゃあ、もう一曲舞って、もっと強い結界にしちゃいましょー! みんなが帰って来るまえ……に……」

 結界を見回すように首を捻れば、木々の間に人影を見つけてしまった。良く見れば、驚いたようにこちらを見る御館様の姿が。

「あ、見つかった」

 ハナがさして気にするでもなく言った。

「ええぇぇ!? み、みんな、いつからいたの!!」

 敬語も忘れてしまうほどの動揺っぷりだ。タエの体が大きく揺れたので、頭の上に乗っていた榊の精霊は、肩までずり落ちてしまった。

「音楽が聞こえて、早い目に駆け付けたよ」

 ハナが庭に入って来る。その後ろから馬を連れて入る二人がいた。

「うそぉ……。じゃあ、さっき私が言ってた事も、聞いてた?」

「うん♪」

 無邪気なハナの笑顔。タエの顔が、ぼんっと音が聞こえてきそうなほど、一気に真っ赤になった。

「は、恥ずかしい……」

 思わず顔を両手で隠して照れているタエを見て、藤虎がにこやかに笑ってくれた。

「照れなくてもいいですよ。タエ様に、そう思って頂けていたとは、嬉しい限りです」

 藤虎は御館様から馬の手綱をもらい、馬屋に馬を戻しに行った。

「で?」

「は、い?」

「舞うの?」

 御館様にまっすぐ見据えられる。タエはその視線から逃れたい一心だった。本心を聞かれる事が、こんなに恥ずかしいとは。別に告白したわけではないのに、彼の視線が痛い。

「ど、どうしよっかなぁー……」

「舞ってよ」

 御館様は縁側に腰かけ、タエを見た。彼の左側に、榊の精霊達が楽器を用意している。いつでも奏でられると笑顔を見せる。ハナも御館様の隣に腰を落とす。

「あんたの舞、見たい」


 どき。


 タエの心臓が、痛い程高鳴った。タエが先ほど言っていた事には特段触れず、御館様は全く気にもしていない様子。そこは少し残念な気持ちだった。

(私の言葉は、御館様には響かなかったのかな……)

 それでも、と背筋を伸ばす。

「榊様、もう一度、力を貸してくれますか?」

「もちろんです」

「晶華、キレイな音を聞かせてね」

 精霊がタエの頭に乗る。そして、神楽鈴は晶華が変化したものだった。リン、と澄んだ音が鳴る。

 思い切りがいいタエ。御館様の視線が気になるが、舞う事を楽しもうと務めた。おかげで、結界が二重になり、屋敷の護りが強くなった。

「今日ほど良い日はなかったわい。代行者殿の力も見られたし、この屋敷を守る力にもなれた」

 精霊達がうんうんと頷く。小さいので、仕草がとてもかわいい。

「今日はありがとうございました。これから協力して、御館様を守っていきましょうね」

「ああ。若君、良い方と出会えたのぉ」

「は、あ……」

 御館様はしどろもどろに答えた。榊の老精霊の言葉に、照れくさくなってしまったのだ。



「お姉ちゃん、鬼気はどうだった?」

 榊達と解散した後、戦いはどうだったか、ハナは聞いてみた。タエは、あはは、と笑いながら軽く話す。

「いやぁ、正直やばかった」

「えぇ!?」

 仰天するハナの隣で御館様は、眉を寄せ、はぁ、とため息をついた。



読んでいただき、ありがとうございます!

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