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月夜の代行者  作者: うた
第三章
107/330

107 平安時代の美人像

 コトコト。トントン。

 台所にて。タエは平安期の台所事情を飲み込みつつあった。

「タエ様、焼き具合はどうでしょう?」

「いいですね! 中身がちゃんと焼けてるか、ちょっと味見を……」

 この時代に鉄網はない。なので、手に入れた鮎を串に刺し、塩を振って直火で焼く。藤虎は食事を作るだけあって、手先が器用だ。繊細というより、豪快な男の料理という感じ。

 二人は焼いた内の一尾の腹に箸を入れ、身を掴む。ふんわりとした感覚に、漂う白い湯気に香ばしい香り。

「うまい!」

「おいしー!」

 藤虎とタエが笑顔になった。


「なに、騒がしい……」


 ひょっこりと顔を覗かせたのは、御館様だ。


 お昼ご飯の支度の最中。藤虎は背筋を正した。

「御館様! 騒々しくしてしまいまして、申し訳ございません」

「良い匂いね」

 ハナも御館様の後ろから顔を出した。

「御館様、お腹空きました?」

「別に……」

 タエの問いに、もごもごと答えるが、それは肯定している事にしか見えなくて、タエは箸を持ち直した。

「魚が良い感じに焼けたんですよ。味見してみます? おいしいですよ!」

「え……」

 屋敷の主が台所に入るなど、ありえない時代。藤虎はひぃっ、と顔が真っ青だ。

「ほら、どうぞ」

 一口分を掴んだ箸を御館様に差し出す。タエは何も考えずにした行動だが、どう見ても御館様に“あーん”状態。彼もどうすればいいのか戸惑っていたが、目の前に出された魚の身が引く事はないと思ったので、気恥ずかしさはあったものの、ぱくりと口に入れた。

「……うまい」

「でしょう!!」

 にこにこと満足そうにしているタエを見るだけで、ふっと口元が緩みそうになる。御館様は気を引き締めた。

「もう用意出来ますからね。もうちょっと、待ってて下さい」

 御館様が屋敷に籠る期限は今日で終わりだ。なので、タエも出掛ける事がないので、現代の服装でいる。Tシャツの上に薄いパーカーを羽織り、ジーパン。Tシャツだけでは体の線が出て、彼らに耐性がないので、パーカーを着るよう御館様に言われたのだ。動きやすい服装なのは、タエがそれに慣れているからだけではない。タエとハナがいても屋敷に入り込んでくる妖怪はいる。そこそこの強さを誇っている妖怪が、昼間でも襲ってくるので、戦いやすい服装でいるのも理由の一つ。盛り塩は敷地の角に置いているが、効果があるのかよく分からない。


「御館様、すぐ部屋に持って参りますので」

 タエがせかせか動く背中をぼんやりと見ていた御館様を見て、藤虎が声をかけた。はっとなり、言われた通り部屋に戻ろうかとしたが、用意されている膳は三つ。誰かが往復しなくてはならない。彼は台所の中へと進み出た。

「手伝う」

「え?」

 御館様がタエの隣に来た。タエは小鉢にお浸しを入れている最中だ。既に盛られている皿を膳に乗せていく。

「御館様っ、そのような事は……」

 藤虎は焦って声を上げた。

「皆で膳を持てば一度で済むだろう。これはここに置けばいいの?」

 彼の気遣いに、タエは笑顔になった。

「はい! じゃあ、私が盛り付けるんで、乗せてってください」

 藤虎はまだ納得できないでいたが、タエと御館様が進めていくので、苦笑しながらもそれに従うことにした。


 そっけない態度はそのままだが、その言葉の裏に藤虎を気遣い、タエに歩み寄ろうとしてくれている御館様に、タエは心が温かく感じた。昼食も同じ部屋で膳を突き合わせて、一緒に食べる。

「この光景はもう見慣れたけど、この状況を他の貴族が見たら、驚くだろうな」

 御館様がぽつりと言った。藤虎も眉を寄せながらも、笑っている。タエは二人を見て、首を傾げた。

「皆で食べるのって、そんなにおかしいんですか?」

「未来は変じゃないの?」

「家族で一緒の机で食べるのは、普通ですけど」

 驚いたように、御館様と藤虎は目を丸くした。藤虎が説明してくれる。

「主と部下が共に膳を並べる事はあります。しかし、女性と共に食事をするという事が、この時代にはないんですよ」

 え、とタエとハナは固まった。

「あ、私が変なんですか!?」

「タエ自体が普通じゃないのは、もう知ってる。生活場所は、基本男女別だ。それから普通は家族以外の男の前で顔は見せない。食事する姿もね」

「へぇ」

「それともう一つ。女は大口開けて、食べないよ」

 タエはご飯を口いっぱいに頬張り、ほっぺたがパンパンになっていた。ぐふっ、とむせる。

「一体、女の人はどんな食べ方してるんですか……」

「あんまり食べないらしいよ」

「はい?」

 耳を疑う言葉を聞いた。

「用意されても、あまり口を付けない。それが美徳だとされてる」

「ちょっと待ってくださいよ」

 タエは眉間に皺を寄せた。

「貴族ってお金持ちですよね? 良い食材がいっぱいあって、豪華な食事じゃないんですか? それを、食べない?」

「ああ。着物を着てるから分からないけど、相当痩せてる」

 千草を思い出したタエ。

「食べる物があるのに食べないって、作った人に申し訳ないと思いません? そもそも、食材が可哀想ですよっ」

 食べる事が好きなタエにとっては、怒りスイッチがオンになる瞬間だった。

「食べたくても、食べられない人だっているのに」

 タエは持っているご飯のお椀を見る。タエがいっぱい食べるからと、藤虎が山盛りによそってくれるのだ。タエはそれに感謝し、いつも残さず食べている。

 貴族と庶民の差も激しいこの時代。明らかに庶民の食事は粗末なものだろう。それを知っていて、食べ物を粗末にしている貴族が理解できずにいた。

「タエの言う事は尤もだと思うよ」

「女達は、美の追求に必死ですからな」

 藤虎がぱくりと鮎を口に入れた。美味しい。

「この時代の美人さんって、確か、白塗りの顔に麻呂眉、顔がふっくらしてたような……」

 おかめのお面を思い出しながら、指折り言っていく。

「まぁ、間違ってはいないと思う」

「……」

 タエは、御館様をじっと見た。

(やっぱり、この人も……)

「何、俺を睨んでるの?」

 睨まれていると思った御館様は、眉を寄せた。タエは、自分がしかめっ面で彼を見ていた事を自覚する。

「に、睨んでませんっ。御館様も、そういう人が好きなのかなぁって」

 この時代の美人像がソレなら、彼も例に漏れないのだろうか。

「冗談じゃない」

 御館様はばっさり言い切った。

「栄養失調でむくんだ顔のどこが良いの。医学を学んだ者にしてみれば、そんな体、病気になりたいって言ってるようなもんだよ」

「栄養取れてないと、免疫機能も落ちますよね」

 タエも頷いた。

「そういう事。俺だったら健康的な女を選ぶ」

「良く食べて、良く笑って、良く動くような?」

「ああ」

 藤虎の言葉に同意し、御館様は味噌汁を飲んだ。

「タエ様のような方ですな!」


 ぶーー!!


「御館様、きったない!」

「げほっ、げほっ!」

 藤虎による予想外の言葉に、御館様は味噌汁を吹き出した。タエも自分の名前が挙がったのに驚いていたが、彼の様子がおかしくて、つい笑ってしまった。

「藤虎……」

「あはは。すいません」

 布巾で御館様が汚した所を拭いて行く。大量でなかったので、着物も汚れる事なく済んだ。咳き込んで顔を赤らめた彼は、くくっと笑っているタエを睨む。そんな表情も初めて見たので、タエの心臓がまた騒ぎ出した。

「落雁、あげないよ」

「すいませんっ!」

 即座に謝罪。もう笑わないよう、頬を押さえているタエ。御館様も本気で怒っているわけではないので、もう気が抜けている。そんなやりとりに、藤虎とハナも笑っていた。


(この場所って、こんなに明るかったっけ……)


 笑いながら食事をする。たったそれだけの事だが、彼にとっては、とても眩しく感じた。





 片付けも一段落し、タエは自分の部屋に戻ろうとしていた。御館様の護衛はハナがしている。時間もあるので、宿題の続きをしてしまおうかと考えていた時だった。

「!」

 禍々しい気配が猛スピードで迫ってくる。タエは走り、自分の部屋がある縁側の廊下へ来ると、そこには御館様とハナが立っていて警戒していた。庭を見つめている。

「御館様! ハナさん!」

「タエ……」

 晶華を発動し、靴を履くのももどかしく、靴下のままタエは庭へと降り立った。それと同時に馬ほどの大きさの黒い影が、林の中から塀を乗り越え飛び込んできた。

 ライオンのような妖怪だった。たてがみを揺らし、鋭い爪と牙は、触れただけでも全てを裂いてしまいそうだ。

 がああっっ!!

 うるさくがなり、御館様へ一直線に向かってくる。しかし、その間にはタエとハナがいる。タエも妖怪へと走りだし、彼と妖怪との距離を少しでも離そうとした。

 晶華は淡い光を湛えながら、妖怪の牙の攻撃を跳ね返した。妖怪もタエを敵と認識し、目の前の女を倒さなければ得物にはありつけないと理解した。体を捻り、タエと距離を取る。タエも妖怪を見据えた。その眼光は、食事の時のほんわかした雰囲気など一切なく、別人のように冷たく光っていた。


(あんな眼を、するのか……)


 いつもタエは御館様の前に躍り出て、剣を振るう。背中はよく見えるが、顔はあまり見た事がなかったのだ。幸成と戦った時は、暗かったし、戦いに集中していてよく見ていなかった。今は妖怪と対峙し、その横顔がはっきりと見える。戦うタエの顔を初めてちゃんと見た気がした。


 妖怪がタエに飛びかかる。そのスピードは速く、タエはそれに対応しながら防御と攻撃を繰り出した。足を斬りつけ、胴を裂く。それでもなかなか倒れない敵は、最期の瞬間まで御館様を喰らおうとする欲を手放さずにいた。

 晶華が閃き、妖怪の首を落とす。首だけになっても御館様に向かおうとするので、細切れにした。ざあ、と体が塵へと変化し、風がかき消していく。猛獣の咆哮も消えたので、辺りは静かになった。


「……」


 御館様はタエを凝視して、目を逸らせずにいた。妖怪を倒す姿は何度も見たが、明らかに今までの動物系の妖怪とはレベルが違ったと、彼にも分かる。手合わせをしたので、彼女が本気で戦っていたと実感した。タエの目が、顔が、彼を惹きつけて離さなかった。


(倒せてよかった。生身の体であいつはギリギリやったな……)


 ふぅ、と息を吐き、目を閉じ呼吸を整える。御館様とハナの方へ向き直る時には、いつものタエに戻っていた。

「あっ、靴下のままだった! またかぁ」

 砂だらけに汚れた靴下。あ~あ、とぼやきながら彼らの元へ戻る。

「お疲れ様」

「ちょろいもんよ♪ 御館様?」

 彼がタエをじっと見るものだから、タエは声をかけた。はっと我に返る。

「ああ、ありがとう」

「いえ」

 見せる笑顔は、いつも通りだ。ハナは庭を見回し、考えていた事を言った。

「ここの敷地自体の護りも、もっと強化しなあかんね」

「確かに。土地神様の気配がしないのが、ずっと気になってたし」

 タエも違和感があった。どの土地でも、少なからずその土地由来の神が守っている。土地神がいない場所は、荒廃し、人が生活できない場所となり、妖怪悪魔の吹き溜まりになる。この場所も守りの力が働いていない。だからこそ妖怪が遠慮なく入り込み、御館様を襲っていた。彼の母親が命がけで結界を張っていたので、今までひどい事になっていなかっただけだ。彼女がいなくなった今、タエとハナがいることで土地の穢れは浄化されているが、土地自体をずっと守る力はない。


 もう、自分達だけでは限界があると痛感した。


読んでいただき、ありがとうございます!

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