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月夜の代行者  作者: うた
第三章
103/330

103 共闘

 千草の父親は、昨夜見た時と同じように、黒々とした瘴気を漂わせ、狂気に満ちていた。タエは靴を履く暇もなく、靴下のまま庭に下り、晶華を構える。御館様はタエに声をかけた。

「タエ。ハナ殿も苦戦してたのに、大丈夫なのか!?」

 それも承知していた。

(代行者モードでも肩を潰されたんだ。生身の体で、どこまでいけるか……)

「あれほどの妖気を出してれば、ハナさんが気付いてすぐ来てくれるはずです。それまで持ちこたえられれば」

 じゃり、と砂を踏む。石もあり、少し痛い。しかし、それよりも目の前の鬼をどうにかしなければ。


「む、すめ……を、返せ……」


 ぐるる、と唸りながらも、鬼が口を開いた。タエは真っ直ぐに鬼を見据え、はっきりと告げる。

「今のあなたに、千草さんは返せない。彼女は手当てを受け、回復してきてる。娘さんにとって、ここが一番安全なの!」

 鬼は瘴気を吐いた。髪の毛も揺れている。月明りに照らされ、夜目も効くので、父親の状態が良く見えた。



「御館様!」

 藤虎も駆け付けた。御館様は的確に指示を出す。

「千草の所へ行ってくれ。部屋から出ないように。あの父親の姿を、見せる訳にはいかない」

 彼なりの気遣い。藤虎は頷くと、すぐに千草の部屋へ向かった。



「か……返せ……」

 父親はぶるぶると震えている。込み上げてくる攻撃衝動を、必死に抑えているように見える。

「千草を返したらどうする気だ? 涙の再会ってわけじゃ、なさそうだけど?」

 スッとタエの隣に立った御館様。その手には、刀を持っている。彼の妖刀だ。すらりと抜刀し、刃文はもんが月の光でギラリと光った。

「御館様!?」

 タエは驚いていた。彼はタエを横目で見る。

「ハナ殿が来るまで、殺さず持たせるんだろう? 屋敷を壊されても困るし。一人より二人でしょ」

「共闘するなら、守れる自信、ないですよ」

「俺も武人の端くれだ。少しは戦える。死んだら化けて出てやるよ」

「うーわ、それ面倒やなぁ」

 ふっと笑い合う。死線の前にいるのに、どこか清々しい心地すらする。タエは下段に構えた。


「返せえええぇぇぇ!!」


 父親の狂気が爆発した。脅威の瞬発力で一気に距離を詰められる。そのスピードを初めて見た御館様は、足が動かなかった。鬼は御館様の頭を狙っている。牙が目の前に迫った。


 ガギィッ!!


 タエが御館様の前に出て、牙を受け止めた。ギチギチと刃が鳴る。

「神水よ!」

 タエの呼びかけに、晶華の刀身に神水が纏わりつく。口の中に貴船の源流の水が入り、じゅうと蒸発した。熱いのか、鬼はぎゃあと叫びながら後退した。

「あいつの動きを緩めます。その隙を付いて!」

 それだけ言うと、タエは鬼に向かって行く。今鬼を逃がして、他の人間に被害が及ぶ事も避けたいのだ。

(身動きを止めて……それからどうする!?)

 神水を散らしながら鬼に斬りつける。鬼も爪を長く伸ばし、タエへと向かってくる。代行者モードの時よりも俊敏さは欠けるが、やり合えない事はない。ずっと全力で動ければの話だが。

 タエは体勢を低くし、胴を狙った。それを避けられるが、それも想定の内。晶華を素早く変形させ、二振りの刀剣にして、体を回転させた勢いのまま刀を振ると、横っ腹を裂いた。


「あぐっ!」


 鬼が少しよろめいた。神力が宿る武器で傷付けられると、痛みは相当なものらしい。そして、そのチャンスを逃さなかった。鬼の左側の死角から、御館様が刃を振り下ろす。迷いのない剣先は、真っ直ぐ縦に残像を残した。その一振りを見るだけでも、御館様の剣の腕が相当良い事が分かる。

 鬼は左腕を上げ、自分を守った。御館様の刀は鬼の腕を切断する。ごとりと地面に落ちたそれは、たちまち塵に還った。

「やりますねぇ」

「これくらい、普通」

 攻撃の手を止める事なく、タエは御館様を褒めた。タエが思っていた以上に彼は強い。

 御館様とタエは、前後の位置を入れ替わりながら、鬼が休む暇もなく攻撃を続けた。タエが斬りつけると、後ろから御館様が刀を振り、鬼がタエへ反撃する時を与えない。タエも御館様が反撃されないよう、攻撃の手を止めない。攻める事で、互いを守っていた。

 また隙が出来れば、そこを突く。二人が共闘をする事は初めてだったが、互いの動きを見ながら邪魔にならないように動く。それは、二人の剣の腕、武人としてのスキルが一流だからこそ出来る事だった。


(御館様、すごく強くて戦いやすい。ハナさん、早く来て!)


 討つつもりがなくても、手を抜けば、一瞬にしてやられる。討つ勢いで立ち向かって行かなくてはならなかった。




「この方向、御館様の屋敷やん!」

 ハナは強烈な妖気を感じて、そちらに向かっていた。その正体はあの鬼であると確信している。その場所が分かってくると、思わず声を漏らした。

「生身の体じゃ危ない、お姉ちゃん」

 急いで空を飛んでいると、下の通りを馬で駆けている影があった。

「晴明殿っ!」

 それは晴明だった。平行して飛ぶように、高度を落とすハナ。

「ハナ殿か。鬼は若の所だな」

「ええ。千草の父を救いたい。あなたの力が必要よ」

 ハナの言葉に、晴明はほう、と漏らした。

「あれを救うか。滅するより難しいぞ」

「それでも、あの親子を助ける可能性があるなら、それに賭けたいと思ってる」

 晴明が手綱をぴしりと鳴らした。

「ならば、もっと急がねば。若達が殺される前にな」

「物騒な事言わないでっっ!!」

 晴明とハナは立ち込める妖気を振り払いながら、屋敷へと向かった。




「はぁ、はぁ……」

 全く休む事無く、全力で動き続けているタエと御館様。鬼にも傷を与えているが、しばらくすれば治ってしまう。切り落とした腕も、陰陽師の力の付与によるものか、また生えていた。御館様も肩で息をしているので、疲れてきている事が見て取れる。鬼は回復して疲労はゼロだが、こちらは疲労感しかない。

「殺す、殺す、殺す!!」

 鬼の口から同じ言葉が繰り返されていた。纏う瘴気も先ほどより濃くなっている。

「陰陽師の呪いか?」

 タエに掴みかかろうとする鬼の腕を避け、転がる。爪が僅かにかすり、タエの服がスッパリ切れてしまった。夜なのでカーディガンを羽織っていたのだが、服と一緒に腕が切れ、血が溢れた。動脈を切らなかっただけ、ましだった。

 鬼は尚もタエを捕えようとしてくる。タエは体勢を整える前に襲われていたので、刀を振れない。なので、戦法を変えた。右手には晶華を持ちつつ、両手で体を支え回転し、向かってくる鬼の足を思い切り蹴って払い、体勢を崩した鬼の腹を下から蹴り上げた。腕をぐっと曲げ、そして伸ばす。体全てを使って鬼の体を押し上げたので、鬼は宙に浮いた。

「ぐはっ」

 鳩尾みぞおちにもろに入ったので、一瞬呼吸が出来なくなった鬼。御館様はすかさず斬りつける。辻斬りにしようとしたが、鬼に悟られ体を捻られた。御館様の刃は、鬼の背中にざくりと入る。着物が大きく切れ、背中が露わになった。

「やっぱり、あの紋様だ」

 二人はしっかり見た。千草と同じ、九字の格子柄。そこから瘴気が溢れていた。その紋様は御館様の刀で傷が入り、鬼の血が流れた。途端に、鬼の動きが止まる。

「た……たのむ……。今しかない。俺を斬ってくれ!!」

 鬼がタエと御館様に叫んだ。両腕で体を掴み、苦しそうに呻いた。

「正気に戻った……?」

 御館様は驚いている。

「動けないようにするには……。縄でもあれば――縄?」

 タエは、腰のウェストポーチに手を入れた。

「これだ!!」

 高龗神にもらったひみつ道具。妖怪も捕らえられる、絶対に切れない紐だ。タエは鬼に向かって走り出していた。

「タエ!?」

 御館様は、分からずにいる。

「そのままじっとして!」

 タエは鬼の体にぐるぐると紐を巻いていく。縄より細いが、絶対に切れないという文句を信じるしかない。そして、ある程度の長さがあるので、三重に巻いてぎゅっとしっかり結ぶ。残った端は、タエが持っていた。

「やめろ……、殺してくれぇ」

 懇願される。タエは首を振った。

「晴明さんに呪いを解いてもらう。あなたを救える道を探すから!」

「……」

 タエの強い言葉に、鬼は目を瞠っていた。

「タエ、どうする気?」

 少し離れた所から御館様が声をかけた。

「暴れないように、庭の木にくくろうと思います。ごめんなさい。少し我慢して」

 庭の隅に木が植わっている。それはもう枯れているが、鬼を括りつけるくらいの力は残していそうだった。折られれば終わりだが、他に良さそうなものはない。タエは、鬼を木の側へ連れていこうとした。

 が、紋様の復活の方が早かった。


「があああああぁぁぁ!!」


「うっそ――いっだぁ!」

 苦しみだす鬼。渾身の力で暴れるので、タエは引きずられ、紐を手放してしまい、顔面から地面に突っ込んでしまった。上半身は紐で固定されているが、足は自由のままだ。鬼はタエを振り切り、御館様の方へ向かって行く。

「タエ! 何寝てんのっ」

「分かってますよぉ」

 鬼を迎え撃つべく構える御館様。タエも起き上がり、追いかけたいが間に合わない。晶華を弓に変えて、足を狙った。狙い通り右足に命中するも、鬼の勢いは止まらない。



 鬼の心の中は、大嵐のように荒れていた。自分の人格を保ちたいが、外から来る邪悪な波にのまれている。殺戮衝動に駆られ、体が言う事をきかない。思考も乗っ取られる。娘の無事な姿を、ただ見たかった。陰陽師から、娘が生きていると聞かされた時、生存を信じていたが、内心、嬉しかった事も事実。

 しかし、娘を殺せと体の内側が騒ぐ。父親としての気持ちとは裏腹に、千草を見た瞬間、喉笛に飛び掛かってしまうだろう。あの貴族と陰陽師は、自分達のしている事が公に出ないよう、娘を消しにかかっているのだ。逃げた場所を特定し、父親である自分に手を汚させようとしている。


 いやだ……いやだ……。


 何故、俺が……。


 苦しい。辛い。


 娘の笑顔を思い出す。妻と三人、貧しいながらも幸せに暮らしていた日々に戻りたい。魂も体も心も、がんじがらめにされ、身動きが取れない。解放してくれと全身で叫びたい。

 この黒い闇は、それすらも許してくれなかった。陰陽師が常に監視していて、弱り、正気に戻ると背中の呪いで無理やり狂わされる。


(もう、楽にしてくれ……)



 体が自然と御館様に向かって行く。彼から溢れ出る強力な霊力に惹かれるのだ。妖怪としての本能が、彼を喰らえばもっと力がみなぎる事を知っている。両腕は拘束されていたが、口を大きく開け、御館様に噛み付こうと突っ込んだ。



「父さんっ!!」



 はっと視線だけ、声がした方を見た。柱にすがるように立つ、愛する娘の姿。藤虎の制止を振り切り、出てきてしまったのだ。目にした瞬間、体は千草の方へ進行方向を変えようとしていた。


「御館様!」

「ハナ殿っ」

 彼の前に躍り出て、巨大な体で鬼に体当たりしたハナ。晴明より早く駆け付ける為に、先に飛んで来たのだ。鬼は身軽に着地すると、体勢を変え、千草に向かって走り出した。千草の側にいた藤虎は、彼女を自分の背中に回すが前に出ようとするので、止めようと必死だ。

「父さん、やめて!」

 千草も懸命に訴える。聞いた話が本当だったと、自分の目で見たのでショックを受けたが、父の為に何が出来るかといえば、呼びかける事しか出来なかった。


「させるかあぁ!!」

 先回りしていたタエが、鬼の体をがっちり掴んで止めた。鬼の力は強い。タエはずるずると押されてしまう。晶華を発動させているので、通常よりタエも力は出ているが、男性であり鬼との押し相撲は、かなり不利だ。

「ぐああっ!」

 タエが邪魔だと言うように、タエに噛み付こうと肩を狙った。昨日と同じ、左肩。タエは晶華を左手に持っていたので、刀身を鬼に噛ませたのだ。

「同じ手を、食らうかよ」

 右手は体、左手は牙の対応で、タエの力は分散してしまった。鬼を押さえられないと体がぐらついた時、タエの後ろから大きな手が支えてくれた。

「っなんて力だよ」

「御館様!?」

 彼がタエの背中に周り、同じように鬼を押さえてくれているのだ。ハナも彼の背中を押している。

「もうすぐ晴明殿が来る。もう少し耐えて!」

 ハナが言った。鬼は、千草の所に行こうと、ただ前進しようとしていた。邪魔なタエ達から逃れようと、後ろに下がろうとしたが、タエの右手が離さない。

(逃がさない、絶対に!)



「そのままでいろ! 解呪、救急如律令!!」


 聞きたかった声がした。駆け付けた晴明が鬼の背後に周り、千草と同じように、背中の紋様を札に吸収させる。


「あ゛あ゛あああぁぁぁ!!」


 鬼は絶叫し、あまりの痛みにのけ反った。術の吸収に成功すると、鬼はがくりと前のめりに崩れ落ちる。背中はシュウシュウと煙を上げ、同じく火傷の痕のようになった。タエが鬼を受け止め、地面に膝を付く。

「もう陰陽師の縛りは解けた。大丈夫だ」

 晴明が言うと、タエはホッとし、拘束していた紐を解いた。御館様も、タエから離れる。

「父さん、父さんっ!」

 千草が駆け寄って来た。タエは彼女に父親を託す。気が付いた父親は、目の前にいる千草を見て、肩に手を置いた。

「ほ、本当に……千草か?」

「うん……」

 父親は、震える手で千草の頬に触れた。思わず涙ぐむ。

「こんなに痩せて……。すまない。俺のせいだ……」

「父さんのせいじゃないよ。辛かったけど、悪い人間ばかりじゃないって分かったの。この人達に救われた。父さんを置いて、逃げてごめんね」

 千草も涙を流していた。やっと父を取り戻せたのだ。

「そんな事いいんだ。お前は正しかった。よく逃げてくれた……」

 大きな手で千草の頭を優しく撫でる。しかし、父親は、自分の手を見てすぐに引っ込めた。

「父さんは、取り返しのつかない事をした。この手は血で汚れている……。お前の側にはいられない」

「そんな事ない!」

 千草は父の手をしっかり握った。彼は驚いている。

「私には分かるよ。父さんは呪いのせいで人を殺してしまったけど、食べてないでしょ?」

 タエ達は目を瞠った。

「父さんこそ、ひどく痩せてる。呪いで我を忘れても、どれだけ空腹でも、母さんとの約束だけは、ちゃんと守ってた。父さんの顔、キレイだもの」

 千草は父の頬、口に触れた。牙を見れば血の痕もない。それが何よりの証拠だった。

「父さんを罪人だと言うのなら、私もその罪を一緒に背負う。もう、離れたくないよ……」

「千草……」

 父と娘はしかと抱き合い、再会を喜んだ。



「良かった」

 全員がホッと胸を撫でおろす。しかし、まだ問題が残っていた。晴明が口を開く。

「それでは、諸悪の根源の所へ行こうか」

「誰か突き止めたのか」

「私を誰と思ってる? 今頃、混乱を極めているだろう」

 どこか楽しそうに語る晴明に、タエ達は首を傾げ、彼の後を着いて行く。千草と父親も、自分達を苦しめた張本人が、どんな末路を辿るのかを見届ける為、共に行くと言った。


読んでいただき、ありがとうございます!

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