10 初めての鬼退治
「らあぁっ!!」
二本角の鬼が、一気にタエとの距離を詰める。振り上げた斧を晶華で受け止めると、ガキンと耳が痛い音が頭に響いた。鬼は余裕の表情を浮かべ、斧を持つ反対の左手でタエの横っ腹を殴りつけた。
「あっつ……!」
体がぐらついた隙を逃さず、鬼はタエを蹴り飛ばし、首を狙って斧を振る。タエは体をひねって何とかかわせたが、体を起こすタイミングが一秒遅れた。
「おらあっ」
「ぐっ!」
左肩に激痛が走る。白の着物が赤に染まっていく。首は避けられたが、肩を斬られてしまったのだ。だが、肩が痛んでも両手で晶華を握り、鬼の攻撃を防がなくては。
「痛ぇだろう? 弱ぇなぁ。張り合いもねぇ。女で代行者なんて、ありえねぇだろ」
鬼は、斧を振る事を止めない。何度も晶華に打ち付けて来る。その強さと重みで、タエの踏ん張る両足も、ずるずると後ろに押されていった。
「っく……」
「てめぇは弱ぇ。剣も握った事がねぇと見た。かわいそうになぁ。高龗神なんかに目を付けられたばっかりに、こんな辛い事やらされてよぉ」
「な、に?」
鬼が哀れだと言い出した。
「契約なんてしなければ、戦わずにいられたのによぉ。さっさと天に行って、転生もできただろうに。代行者なんて痛くて辛ぇ仕事、男にやらせとけばいいんだよなぁ? 弱い奴は、誰も守れねぇ」
(契約しなければ……)
鬼の言葉が心に刺さる。頭がぐらぐらと揺れた。この鬼は、間違った事は言っていないとタエは思った。契約しなければ、鬼とも戦わなくてよかったのだ。肩を斬りつけられた痛みもなかったはず。
(私は、弱い……。誰も、守れない……)
「悪い事ぁ言わねぇ。今からでもやめとけ。契約なんて破棄しちまえばいいんだよ。どうせもう一人代行者がいるんだ。お前がいなくても、そいつが戦ってくれる」
(私がいなくても……)
晶華を持つ、腕の力が抜ける。タエは、動きが止まってしまった。
鬼の顔が、にたりと歪んだ笑みになった。
「消えろぉっ!」
大きく斧を振りかぶる。
タエは動きを止めたままだ。ぎり、と奥歯を噛み締める。
「ふ……」
タエの口が微かに動いた。
「っざけんなあああぁぁ!!」
タエは渾身の力で晶華を振り、鬼の斧刃にぶつけ、弾き飛ばした。鬼もタエを両断しようと斧を強く握りしめていた為、手が離れず弾かれた斧と一緒に腕も引きちぎれ飛んでしまった。
「な、にぃ!?」
タエがこんな行動に出ると思わなかったので、度肝を抜かれた。
「ちっ、誘惑できたと思ったのに。くそったれがぁ!」
残った左腕で殴りかかろうとする。タエはその腕も瞬時に切り落とした。
「ぎゃあっ」
痛みに吠える鬼。立っていられず地面をのたうち回る。そんな鬼の首筋に、晶華を当てた。
「てめぇ。何故だ……、なんで……」
「自分が弱い事なんて、自分が一番良く知ってんだよっ!」
タエも言葉が荒くなっている。ブチ切れているのだ。
「それでも皆、弱い私を強くしようと頑張ってくれてるんだ」
地獄の鍛錬のメニューを考えてくれたハナ。鬼ごっこを一緒にやってくれた妖怪の子達。実戦練習に付き合ってくれる車輪の妖怪。皆、どうしたらタエが素早く動けるか、強くなれるかを一緒に考えてくれた。タエは彼らに感謝しているのだ。
それから、温かい目で見守ってくれる高龗神。彼女のおかげで、タエはハナと再会できたのだから。
「皆の気持ちを否定する事は、絶対に許さない。私は望んで代行者になった。今は弱くても、絶対に強くなる!」
タエの言葉に迷いはなかった。鬼は苦々しくタエを睨みつける。
「ふざけるなよっ! 女風情があっ!!」
両腕がなくなったので、牙をむいてきた。喉笛をかき切る勢いだ。
しゅっ。
「がっ……は……」
鬼の体が真っ二つに割れた。タエへと真っ直ぐに飛んできたので、晶華で頭から下半身まで、一刀両断したのだ。鬼は驚愕の表情になっていた。まさか自分が両断されるとは思ってもみなかったからだ。
「それから、高様を悪く言うな」
この言葉が聞こえているのかどうかは分からず、鬼は塵になり、消えてしまった。
「はぁ……。倒した。私、初めて一人で倒した!」
言葉にして初めて実感した。タエは全身が震えだす。張りつめていた緊張や恐怖からか、はたまた倒せた喜びや安堵からか、それはタエ自身にも分からなかった。
「お姉ちゃん」
タエが振り向くと、ハナがいた。笑顔を向けてくれる。ハナも一本角の鬼を倒し、タエの様子を見ていたのだった。
「お疲れ様」
「っ……」
たまらず駆け寄り、ぎゅっと抱き着いた。涙が溢れてくる。ハナもお座りの状態で、タエを受け止めた。
「よく鬼の言霊に打ち勝ったね。お姉ちゃんなら出来るって、信じてた。お姉ちゃんは弱くない。強いよ」
タエは首を横に振った。
「もっと強くなる……。命って、重いね……」
「うん。重いでしょ」
頷いた。タエはしっかり感じ取っていた。鬼を斬る重さを。晶華がその身を斬る感触を。
初めて鬼を斬った。
命を、奪った。
たとえ悪鬼であっても、彼にも命があった。初めての命のやり取りに、タエは自分の仕事の大きさを、改めて知る事になった。奪わなければ、自分が奪われる極限のやり取りを。
ハナは嬉しかった。タエはちゃんと命の重さを理解している。敵だからと軽視しなかった。高龗神がタエを選んだ理由の一つでもある。タエはずっと、ハナの命の事を第一に考えていた。相手を思い、相手の為に行動できる。命の儚さ、重さを知っているが故だ。
そして、タエは迷う事なく斬る事ができた。残酷にならなければいけない事も知っている。まだ新人なので、メンタルのバランスが崩れないよう、注意は必要だろうが、鬼の言霊の呪縛を自分の力で解いたのだ。自分の弱さも認めるタエなら大丈夫。そう思える確信があった。
今は、姉の涙が乾くのを待とうと、夜空を見上げる。満月と星々が、美しく輝いていた。
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