1-6 死体安置所/子爵(2)
湿度と温度が一定に保たれた館内。薄暗い照明と広がる静けさが一層不気味さを増している。金属製の棚には白い布で巻かれた沢山の死体。番号が割り振られ引き取られるのを待つ亡骸たち。
「ベン・ロックス、ベン・ロックス…っと。」
コツ、コツとヒールの音を立てながら歩く小柄な女医。白衣を着て、髪はボサボサ、ほぼノーメイク。赤い口紅と赤いヒールがよく目立っていた。そして彼女の後に続くアイク。
「こいつだ。若いのも手伝え。せーので乗せるぞ!1、2、3、せーの。」
アイクと女医が布で包まれたベンをストレッチャーに乗せる。カラカラという車輪の音と共に保管庫から運び出されるベン。
運び出された先は検死室。中央には手術台とそれを照らすライト。金属製のトレーには様々な手術器具が置かれていた。布を外し、中央に置かれるベン。
「さてと。珍しい奴がきたもんだね。クラウス、久しぶりじゃないか。」
パンパンと手をはたきつつ隊長へ話しかける女医。
「久しぶりだな、アンナ。元気か。」
アンナはニカッと笑うとクラウスのお尻を思いっきり叩く。
「なーにが、元気かよ。私とあんたの仲じゃないか。昔はあんなに愛し合ったってのに今じゃこんなに薄情になっちまって。連絡一つ寄越さないで。結婚式くらいよんでくれりゃよかったってに。」
「部下の手前、プライベートな話は遠慮して貰いたいんだが。」
お尻をさすりながら困ったようにアンナを見る隊長。
その表情を見てアンナは再びニカッと笑う。
「お堅いところは変わってないようさね。まあいいさ、それで今日は一体何が知りたいんだ?」
「こいつの死因、死亡時刻、その他分かる情報は何でも欲しい。」
アンナは端末を操作し、資料を参照しつつベンを観察する。
「首に1箇所、腹に2箇所。傷口から見るに7センチの片刃の刃物かね。」
「包丁か?」
隊長の質問に、傷口を見ながらアンナが答える。
「いや、恐らく護身用ナイフだ。傷口の形状がそれに近い。それに傷の場所を見てみろ。」
そういってアンナは傷口を指さす。
「首は向かって左、腹部は向かって右側を刺されている。特に首は正面から後ろに向かって斬りつけられているが腹部は正面からだ。」
「ふむ、なるほど。」
納得したようにうなずく隊長。
「どういう事ですか?」
傷口を見比べるが理解できないアイクはアンナに問いかける。
「童顔の坊や、こっちに来てみな。」
そういってアンナは手術器具を手に取る。
「これが大体7センチくらいさね、これがこの傷になるように刺すには・・・。」
そう言ってアンナはおもむろにアイクに抱きついた。
暖かく柔らかい体と良い匂い包まれ、顔が熱くなるアイク。
「この状態で油断してる首元に一撃。」
熱を冷ますかのように、アイクの首にふっと冷たい器具が当たる。
「そして苦しんでる被害者の腹部に2回も追撃。そして死亡。」
そういって機器を持ち直しつつ、呆然としているアイクのお腹に2回当てる。
「左肩にうっすらと化粧品がついてる。抱き合ったときに付いたんだろ。犯人は恐らく右利きの女。しかも護身用ナイフを持つような女だ。」
アンナは、ピッと器具の切っ先をアイクに向け言い放った。
◇
死体安置所を後にした隊長とアイク。隊長の携帯にヒマリからの着信が入る。
「俺だ。何か分かったか。」
「子爵邸での捜査が終わり、赤毛の長髪女性が捜査線上に。今関係者を洗っています。」
「分かった、ロックス邸によってから戻る。引き続き頼む。」
携帯を切って煙草に火を付けた。大きく煙を吸うとゆっくりとはき出した。風に流され、消えていく煙。
「遺族への通知は、何度やっても慣れないもんだ…。」
煙と共にその呟きも風に消えていくのだった。
◇
子爵邸の応接室では子爵への聴取が続いていた。走らせていたペンを止め、顔を上げるローズ。
「では、裏庭全般については被害者に一任していたと?」
「ええそうです。季節事にイメージやカラーを伝えるくらいで、基本的に彼の仕事でした。大雑把な指示でも美しく仕上げる彼を高く買っていました。」
子爵はティーカップをそっと置きつつ答える。
「ただ彼は火遊びが好きでした。時折、裏庭に愛人を連れこんでは美しさを自慢していたようです。まあ彼の作った庭ですし美しさに罪はありません。庭を愛でるくらいならと見逃していました。」
子爵は目を閉じ、そっと俯く。
「人間性がどうあれ、庭師としての腕は確かだったようですね…。」
ローズが呟き、暫く沈黙が流れる。
「ではそろそろ裏庭を案内していただけますか?」
そういってローズは立ち上がった。それに合わせてフェイと子爵も立ち上がる。
「もちろんです。事件現場はそのままにしております。ただ庭自体は工事中ですので美しい状態ではありません。それでもよろしければどうぞ。」
そう言ってベルを鳴らすと使用人がやってきて、こちらへどうぞと促した。
「私は予定がありますのでここで失礼します。なにか用件がありましたら、そちらの使用人が対応します。お申し付け下さい。可能な限り協力するよう言ってありますので。」
「分かりました。本日はお時間を取っていただき本当にありがとうございます。」
そう言ってローズは子爵に頭を下げる。
「早期解決を願っています。フェイ騎士も同じ芸術を愛でる仲。私に何か出来ることがありましたら是非ご相談下さい。」
「ええ、機会があれば是非語り合いたいものです。」
そういって握手する2人。
ローズとフェイは子爵と別れ、使用人と裏庭へ向かった。