1-5 クライ(2)/子爵/
「あぁその件ですか。こちらでも調査中ですよ。」
紅茶片手に飄々と答えるクライ。
「なぜ報告が上がってない?殺人ならすぐにファイルが作成されはずだ。公開か非公開かは別にしてだ。それすらされてないってことはお前が情報を止めてるんだろ?」
隊長はクライの表情を一瞬も見逃さないよう注意しながら質問する。
「ええ、その通りです。」
クライは静かにティーカップを置き、隊長を見つめる。
「何故だ。」
深緑色の瞳は真っ直ぐにクライを貫く。
「言ったでしょう。調査中だからです。余りにも杜撰な捜査資料をそのままファイルにすると私の面目が潰れてしまいますからね。多少捜査してからにしようと思っていたところです。」
やれやれと自嘲気味た笑みを浮かべて答えるクライ。
「通例とは違うよな。」
目を細めながら尋ねる隊長。
「おやそうでしたか?これは失敬。通例は所詮通例。規則ではないのですが…。そのように仰るのであればすぐにでも報告しておきましょう。」
クライはにこやかにそう返した。
しばらくの沈黙の後、再び隊長が口を開いた。
「言いたいことは分かった。それで被害者はどこ行った?」
「被害者ですから、当然死体安置所にいますよ。」
「会えるのか?」
「当然じゃないですか。何故会えないと?」
「いや、会えるなら問題ない。」
探るように見つめる隊長と笑みを崩さないクライ。2人の間に見えない火花が飛ぶ。
隊長は切り口を変えつつクライに探りを入れる。
「調査と言ったがどこまで分かった?犯人の目星は付いたのか。」
「まさか!昨夜起こった事件ですよ?死体を安置所へ届けて、身辺調査もようやく目処がついてきたところです。そろそろ報告して大々的な捜査に入ろうかと思っていたところです。」
驚いた表情と共に片手を上げ答えるクライ。
「そうか、分かった。」
「他に聞きたいことはありますか?ずっと黙ってらっしゃいますが、そちらの彼は?」
クライと隊長の視線がアイクに集まる。
「いえ、特にありません。」と短く答えるアイク。
「そうですか。では仕事が山積みですので、そろそろよろしいでしょうか?」
「すまなかったな。ありがとう。何か分かったら連絡してくれ。」
そう言って3人はそれぞれ立ち上がる。
「いえいえ。礼には及びませんよ。こちらも捜査を進めますが、そちらでも何か分かったら連絡をお願いします。これが連絡先です。」
手渡されたのは半透明の水色のカード。隊長はそれを小型の携帯通話機に吸収させる。一度操作して、今度はクライの端末が振動した。
「分かった。じゃあな。」「ありがとうございました。」
「ええ、では」
団長はクライと握手をして部屋を後にする。アイクも一礼しつつ隊長の後を追った。
白本部の廊下を歩く2人、隊長がアイクに問いかける。
「どう感じた?」
「報告が遅れているのは確かです。しかし報告自体はする予定だったように見えました。そもそもひと1人が死んでいるわけですから、いち騎士がもみ消すことなど不可能です。
とすると目的は事件の隠蔽ではなく、発覚自体を遅らせる事にあるのではないかと。」
アイクは顎に手を当てて考えつつも、思考を巡らせて回答する。
「ああ。十中八九それが目的だろう。遅らせるよう指示を出したのは子爵かそれに関連する貴族で間違いないだろう。
次の問題は『遅らせることによって誰がどんな得をしたのか』と言うことだな。何にせよ解決の糸口は目の前の事件だ。死体安置所へ向かうぞ。」
「はい!」
そして2人は死体安置所へと向かった。
◇
子爵邸本館にある来客用の応接間。赤を基調にした気品ある室内、随所に見られる金の装飾。豪華で煌びやかな室内の壁には大きな絵画が飾られていた。
「黒ネズミ子爵。急な訪問失礼いたします。またお時間を作っていただきまして、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
そういってローズとフェイは一礼する。
「いえいえ。ベンが死んだのです。捜査に応じるのは当然でしょう。どうぞお掛け下さい。」
まるまる太った体に細長い目、そして頬には特徴的な3本の髭が生えている。子爵はピンと伸びた髭を撫でつつ、2人をソファーへと促した。
使用人が紅茶とお菓子を運び、子爵の合図と共に静かに出て行った。
座ったソファーはとても柔らかく、雲の上にいるようだった。ローズは思わず声を上げてしまいそうになるも、隙を見せまいとぐっと我慢して座り直した。
「ほほー。これは素晴らしい。」
そんな事はお構いなしといわんばかりにフェイは体を預ける。ローズはそれを恨めしげに見る。
「そうでしょう、そうでしょう!何せ帝国からわざわざ取り寄せた最高級品ですから。私も始めて座った時は同じように声を出してしまいましたよ。」
自慢げに髭を撫でながら子爵もソファーへと身をゆだねる。
「素晴らしい部屋だ。置いてある品も素晴らしいが、何よりもあの絵です!あの絵は、帝国で有名なかの画家のものではないですか?」
「驚きました、よくご存じで!これはクククック・ククーク作『妖精達の恥じらい』です。まさか、フェイ騎士が絵画への造詣が深いとは思いもしませんでした。この国で帝国の美術品に見識の深い方は少ないですからね。ですが私も負けてられません、あなたのその仮面。それもただの仮面ではありませんね?」
「ククク、良くお気づきになられました。この仮面はかの仮面作家ゾゾ作の『矛盾』といいます。」
「おお、まさかゾゾ作ですと?!」
「そうです。呪われた仮面を作成し、世に送り出した稀代の天才仮面作家ゾゾ。そしてこの仮面も呪われており、付けたら取れなくなってしまいましたよ。はーはっは!」
「それは、また災難でしたな!はっはっは!」
子爵とフェイは紅茶を片手に盛りあがる。
冷めたい視線を送るローズは咳払いをする。
「こほん。盛りあがってる所申し訳ないのですが、本題に入ってよろしいでしょうか?」
ローズが仕切り直し、子爵もフェイも座り直す。
「これは、ローズ騎士。失礼しました。それでは、本題に入りましょう。」
こうして子爵本人への事情聴取が始まった。