1-3 事件発生
品のある調度品と落ち着いた室内。机には3つのティーカップとクッキー。紅茶には湯気が上がっている。隊長とローズの前に眼鏡を掛けた中年男性が座っている。
「ダイアー騎士、ミルクや砂糖はお使いですか?」
ローズが紅茶を注ぎ終えるとそっと問いかける。
「いえ、結構です。お気遣い感謝します。」
やつれた中年の男性。硬い表情で手に持ったハンカチを握り込む。胸には青騎士団を示す鹿と羽のエンブレム。
「そうですか。それで・・・殺人事件ですか。なぜうちに?」
ローズは手元の資料に目を落としつつ問いかける。その横で腕を組みじっと目をつぶる隊長。眉間には力が入り硬い表情を浮かべている。
「実は昨夜、死体が見つかりました。その場所が子爵家の庭なのです。」
額の汗をハンカチで拭いつつダイアーは答えた。
「子爵家なら、青か白で事足りるのでは?」とローズが答える。
基本的に王国内の警察権は青騎士団にある。王国内で起こった事件や事故の処理を行うのが仕事だ。
だだし事件や事故であっても貴族が絡んでいる場合、より大きな問題に発展する可能性がある。そこで白騎士団が間に入り、貴族間の利害を調整し問題を解決する場合がある。
「仰る通りですし、私もそう思っていました。黒ネズミ子爵家というのですが・・・。」
「黒ネズミ子爵家ですか。莫大な富を得ている商家ですね、BR商会の名も良く聞きます。どこに問題があるのですか?」
「何か問題あるのは間違いないのですが、それが分からないのです。」
「どういうことでしょう?」
ローズは怪訝そうに眉をひそめる。ダイアーもどう説明したものかと悩みつつ、再び口を開いた。
「順を追って説明します。まず昨夜通報があり、青騎士団が呼ばれました。警察としての職務をもちますから当然です。そこで付近を警邏中だった団員2名が子爵邸へ向かい、庭で男性が死んでいるのを確認しました。
その後、現場に子爵が現れ、子爵家敷地内で起こった事件であり、貴族の絡む事件である。通常の警察権を持つ青騎士団ではなく白騎士団の職権事項であると主張したそうです。」
「まあ、間違ってはないですよね。通常であればそのまま白に引き継がれて捜査続行という流れになるでしょう。」
その通りだと頷くローズ。
「そうです。私もそう思っていました。ですがここからが問題なのです。
今朝出勤し、部下である青騎士の2名から事件の経緯と白に引き継ぎをした旨を報告されました。子爵家内と言っても管轄内の事件、しかも殺人事件でしたので捜査状況を確認したのです。するとどうでしょう『そんな事件はない』と言われたのです。」
両手を広げ理解できないという風にダイアーは首をかしげる。
「事件がない?」と、ローズも首をかしげた。
「ええ。通常であれば、事件発生後すぐにその事件ファイルが作成されます。でなければ大々的な捜査に移れませんからね。今回のような場合『貴族関連の案件により非公開』と回答されるのが普通です。
ですが回答は『そんな事件はない』。つまり未だにファイルが作成されていないと言うことです。死体発見から6時間以上経っているにもかかわらず、何ら捜査を行っていない可能性まであるのです。」
弁に熱が入り、拳を握り込むダイアー。
「待ってください。そもそも本当に殺人事件なんですか?自殺ではなく?自殺であれば事件ではないでしょう?また、死体では無かったという見間違いの線は?」
「自殺と判断するにも一定の捜査は必要ですし、ファイルは作成されるでしょう。
また、駆けつけた2名によると、腹部と首に刺し傷があり、殺しだと言っていました。
彼らは近しい部下なのですが…とても気の良い2人なんです。昨晩は眠れなかったようで、少しやつれてました。『殺しなんて絶対許されない』『警備ルートの見直し考えておきました。これでどうですか?』って。責任感の強い奴らですからね。
そんな彼らの表情の横で知った事実。彼らが嘘を付いたと糾弾される可能性まである。そんな事実を私は見逃すことなど出来ませんでした。」
ドンとテーブルにこぶしを叩き付けるダイアー。
じっと話を聞いていた団長が目を開く。
「殺人があったが、白が揉み消しを計っている可能性がある。加えて青にはもう捜査権限はない。そこで独立捜査権をもつ黒に来たってわけか。」
「ええ。その通りです。正直な所、首を突っ込みたくはないのです。こうしてお願いに来ることも危険だと承知しています。裏に何かあるのは間違いありません。鬼が出るか蛇が出るか、それより恐ろしい何かが出てくるもしれません。
しかし殺人犯が野放しになっている以上、見過ごす事はできません。妻が、子供が、そして多くの国民が暮らすこの国を安心して過ごせる場所にする。それが我々の任務であり使命です。
それに部下に何て言うんですか、解決したと嘘をつけと?嫌だ。私はそんな白の片棒を担ぐような真似は断固として拒否する!」
声を荒げつつ立ち上がるダイアー。
そして力なく座り、縋るように隊長を見る。
「すみません、少し熱くなりすぎました。そしてだからこそお願いに来ました。どうかお願いします。黒騎士団で捜査していただけないでしょうか?私にはもうどうすることもできないのです。」
ローズは手元の資料を机に置いて話し出す。
「仰りたいことはよく分かりました。確かに我々の権限の一つに独立捜査権があります。ですがこれはあくまで緊急時用の権限であって「ローズ、仕事だ。」」
ローズの話の途中に割り込む隊長。すっと通る低く太い声。そこには強い意志がこもっていた。
「ですが、団長。これはあまりにも特殊すぎます!」
ローズは団長を向いて食ってかかる。
「騎士戒律、第3。」
「騎士戒律、第3、弱き者を尊び、かの者たちの守護者たるべし」
深緑の瞳がローズをじっと見つめ、ローズもすぐさま答えた。
「お前は何だ?」
「私は!私は・・・騎士です。」
力なく答えるローズ。
「そうだ。ローズ、お前は騎士だ。そして仕事だ。」
一歩も引きそうにない隊長。ローズはそれを見てため息をつく。
「もう・・・本当に仕方のない人ですね。分かりました、団長がこうなっちゃったのでお引き受けします。」
ローズはダイアーを見てそう答えた。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
立ち上がると深々と頭を下げるダイアー。
ローズは横目で団長を見る。再度目をつむりじっと動かない団長。
そしてローズはふっと笑ったのだった。