魔法工房 再始動です
エイミが魔法工房にお土産を届けた、その三日後の朝。
二カ月ぶりに、魔法工房に所属する職人が勢揃いしました。
「あ、エイミさーん。お久しぶりでーす。真っ黒に日焼けしてますねー」
色白の、ポヤーッとした感じの少年はシンといいます。
魔法工房では、主に宝石細工を担当しており、恐ろしく細かい細工を、いとも容易くやってしまいます。まだ十六歳の見習いと言っていい年齢なのですが、五歳のときに先代ドンにその才能を見出され、十四歳で職人として認められた天才少年です。
「あんたは真っ白ね。休みは何してたの?」
「ゲームしてましたー。知ってる限りのRPG、全部解いちゃいましたー」
「あら、ネットゲームじゃないんだ」
「一人でひきこもりたかったんですよー。いやー、どこまでも堕ちていけそうで、ゾクゾクするほど楽しかったですー」
「ええ若者が不健康じゃのお。しまいにゃ病気になるぞ」
シンの話を聞いて、ふぇっふぇっふぇっ、と豪快に笑ったのがハルです。
シンが魔法工房最年少なら、ハルは魔法工房最高齢、今年八十二歳のやたらと元気なおばあちゃんです。色彩感覚に優れた職人で、様々な色を自在に作り出し、作った魔法道具を鮮やかに飾らせる、やはり天才と言っていい職人です。
「ハルさんはー、何してたんですかー?」
「ワールドカップの応援じゃ! やっぱりサッカーは、競技場で見るのが一番じゃ。決勝は燃えたぞぉ!」
「相変わらずお元気なことで」
そして残りの一人が、鍛冶職人のカンです。
この四人が、ドンと共に魔法工房で働く職人でした。
スターは、職人たちのにぎやかな話を、にこにこしながら聞いていました。みんなが揃うと、活気が違います。この四人と、そしてドンがいれば、魔法工房に作れないものなんてない、と力強い気分になりました。
「すまん、遅れた」
業務開始時間から遅れること五分、ドンが身支度もそこそこに事務所にやってきました。どうやら昨日も徹夜のようです。
「ちゃんと寝てるの?」
「寝てねえ」
「まったくもう。今夜は寝るのよ?」
「へいへい」
エイミのお小言を聞き流し、ドンは、椅子に座りました。
「ではさっそく」
ドンは、あの老紳士の依頼について、これまでのいきさつを話しました。
「私だけの時計ですかー。なんだか不思議な注文ですねー。あー、お茶がおいしー」
ドンの説明が終わると、シンはのんびりとした口調で感想をいい、音を立てて茶をすすりました。どうしてこいつは、こうジジムサイのか、とドンは思いましたが、いまさらなので口には出しませんでした。
「色々とやってみたんだが……」
「でも、失敗してるんですねー。ボーナスの考課に響きますねー。スターさん、ちゃんとチェックしてくださいねー」
「……俺は、休暇取ってないんだがな」
「経営者ですものねー。大変ですよねー。あー、一職人でよかった」
「あのなのです。マスターは経営者なので、ボーナスは元々ないのです」
「ああ、そうでしたねー。あ、また話がそれちゃいましたー。いつもすいませんー」
「……いいってことよ」
どさくさ紛れに、ドンのボーナスまたなしになってしまいました。経費削減に関するスターの抜け目のなさには、いっそ感心するほどです。
「で、打開策は見つかったんじゃな」
ハルが、ぎょろりと目を動かしました。ハルのぎょろり目、それは、燃える依頼内容のときに見せる、ハルの癖でした。
ハルは、この依頼が、すでに燃える内容と感じているようでした。
「だからわしらを呼んだんじゃろう?」
「ああ、そうだ」
老紳士が最後に来たあの日。ドンはまんじりともせず考え続けました。
そして思ったのです。
今まで作った時計は、本当にあの老紳士だけの時計だっただろうか、と。
「俺が作った時計は、確かに世界に一つしかない時計だった。だが、一つ一つの部品はどうだろう」
例えば、時計の心臓部であるムーブメントです。これは、有名なムーブメントメーカーから仕入れたものでした。
「ジャポン、という国を知ってるか?」
「東の島国だろ」
「そうだ。そこは世界中にムーブメントを供給する、ムーブメントの大産地だ。世界市場の七割近くを押さえている」
ドンの説明に、全員から、ほう、と驚きの声が上がりました。
「七割ねえ。ほとんど独占ね」
「もちろん品質もトップクラスだ。俺もそのムーブメントを使った。他の部品も同じさ。最高の品質の部品を仕入れ、それに工夫を凝らして時計を組み立てた」
「ああ、なるほどー」
シンが納得したように手を叩きました。
「それじゃ、ただの組み立て工場ですねー」
「そういうことだ」
歯車の一つ一つ、ネジの一本一本に至るまで、心がありました。
スターから老紳士のその言葉を聞いて、ドンは間違いに気付いたのです。工場で作られた部品を組み立てるだけなら、魔法工房でなくてもできます。それでいいのなら、老紳士はとうの昔に「私だけの時計」を手に入れていたはずです。魔法工房よりもすごい時計を作る時計会社や時計職人は、いくらでもあるのですから。
心を込めて作った、すべてにおいてオリジナルの時計。それを作らなければ老紳士の依頼は果たせません。それに気づいたドンは、時計について徹底的に調べ直しました。
そして、時計に詰め込まれたものの大きさを、改めて思い知りました。
「時間を知るため利用されたのが天体の運行、すなわち天文学だ」
ドンは続けます。
何十年、何百年とかけて積み上げた天文学の知識、そこから導き出された宇宙の法則。それを、数学、力学、物理学、化学、工学と、これまた人類が途方もない時間をかけて磨き上げた様々な技術で、時計に反映させていき、精度を高めていきました。
ですが、そういう技術的な話だけではありません。時計を発展させていく過程では、政治的、文化的、宗教的な論争もあったのです。
まさに、時計の進歩は、人類の進歩でした。時計の中には、宇宙の法則と人類の英知が、これでもかというほど詰まっていたのです。
それを知ったドンは、今回の依頼は、軽い気持ちで取り組めるものではない、と思いました。
「俺はこう思う。私だけの時計を作ってほしいという依頼。それは、私だけの宇宙を作ってほしいという依頼なんだと」
「なるほどー」
「宇宙かいの」
「これまた壮大な依頼だな」
職人たちの目に鋭い光が宿りました。ここには、宇宙と聞いてひるむような、そんなヤワな職人はいないのです。むしろ、俺に任せておけ、と燃え上がってしまう猛者ばかりです。
「それは確かに『青旗の依頼』よね」
エイミの言葉に、全員がうなづきました。
「我々はお客様を、すでに二カ月もお待たせしている。よって、期限は一カ月。もちろん、すべてにおいて最高の品質を目指す」
「休み明けにしては、大変な仕事だな」
「年寄りには、ちときついのう」
「ま、仕方ないですねー」
「じゃあ、さっそく始めましょうか!」
おおっ!
職人たちの威勢のよい声とともに、魔法工房は動き始めました。




