ご依頼がキャンセルされました
翌日、老紳士が店にやってきました。
ドンは作った時計を見せましたが、やはり老紳士を満足させることはできませんでした。
「素晴らしい時計です。ですが、私だけの時計では……」
「お客様。一体、どのような時計ならご満足いただけるのでしょうか」
やはり営業妨害なのでしょうか。
ドンとしては疑わざるを得ませんでした。だいたい「私だけの」という注文が主観的すぎます。そんな抽象的な注文は、職人ではなく芸術家の領域でしょう。
「私だけの……私だけの時計です。どんな時計でも、いくらかかってもよいのです。私だけの時計、それが欲しいのです」
「できれば、もう少し具体的にお伺いしたいのですが」
「……言葉にできないのです。私だけの時計、そうとしか言えないのです」
「何をもって私だけの時計と判断するのでしょうか?」
「一目見れば……それだけでわかるはずなのです」
「見れば、ですか」
ドンは溜息をつきました。
老紳士は肩を落とし、嘆きました。
「やはり……誰にも作れないのでしょうか。私だけの時計は、この世界にはないのでしょうか」
老紳士がドンに向けた目は、スターが言った通り、とても寂しそうな目でした。ですが疑えば、老紳士の態度は、わざとらしい演技にも見えます。
ドンは黙って腕を組みました。
よく誤解されるのですが、これはドンが迷っている時の態度です。決して怒っているわけではありません。ですが、相手には怒って見えてしまうでしょう。
「誤解をしないでください。無茶な注文をして困らせるつもりではないです。ただ、ただ私は……」
老紳士はそう言って、しばらく待ちました。
ドンは厳しい顔をしたままでした。
お店の壁にかけた時計の音が、いやに大きく聞こえました。
「……申し訳ありませんでした」
しばらくして、老紳士は力無く立ち上がりました。
ドンの態度を誤解したのかも知れません。老紳士は悲しみを通り越して、絶望に満ちた目でドンを見ていました。
「他を……当たってみます」
老紳士は一礼し、踵を返しました。
入口の鈴が寂しく鳴り、老紳士は店を出て行きました。
「マスター……」
スターの呼びかけにもドンは返事をしませんでした。
ドンは黙ったまま腕を組み、老紳士が座っていた椅子を見つめていました。




