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お客様が笑顔になられました

 ドンたちの予想通り、時計の心臓部である脱進機構の製作には手こずりました。

 時計の歯車の速度を決定し、正確な一秒を測る部分だけに、手抜きは許されません。調整とテストが繰り返され、何度も設計を見直しました。


 「一秒、て偉大なのね」


 エイミはそう言って、先人たちの叡智に敬意を抱きました。

 ですが、ため息は漏らしても、弱音を吐く者など、魔法工房には一人もいません。終わりがないように見える階段も、一段一段上がっていけば頂上に着くのです。みんなそれを知っています。弱音を吐く時間は、一段でも多く階段を上がることに使うのです。


 一カ月はあっという間に過ぎていきました。




 魔法工房二階の作業場に、朝日が射し込みました。

 部屋の中央には、完成したばかりの時計が置かれていました。

 その時計の前にいたのは、四十歳ぐらいの、背の高い男でした。威厳と風格に満ちた人で、一目で、ただの男ではないとわかりました。

 男は、出来上がった時計を眺めながら、感心してうなづいていました。


 「素晴らしい時計です」


 誰もが認める、歴史に名を残す傑作とは言えません。

 ですが、時計を作った職人の心がたっぷりと込められていました。まさに世界でたった一つの時計といえるでしょう。

 男は満足そうにうなずくと、時計に手をかざしました。

 すると、時計は音もなく動き始めました。それも通常とは逆の方向に。静かに、ですが猛烈な勢いで、時計は時をさかのぼっていきました。

 何時間も、何日も、何年もさかのぼった後、時計は止まりました。


 「んが……」


 ドンが寝返りを打ちました。

 ドンを含め、五人の職人は全員床で寝ていました。日の出直前まで調整を続け、そのまま寝てしまったのです。どの職人の顔にも疲労の色がありましたが、やりとげたという満足感も漂わせていました。

 男は、ドンに近づくと、毛布をかけ直しました。


 「部下が、お世話になりました」


 男はそう言って、寝ている職人たちに深々と頭を下げました。

 そして、男は、かき消すように消えてしまいました。




 時計の引き渡しの日は、雲一つない快晴でした。

 ドン以下、五人の職人は、寝不足の目をこすりつつ、老紳士を迎える準備を始めました。

 魔法工房が引き渡しの準備をしている、それを知った町の人は、我先にと魔法工房へ向かいました。なぜなら、「青旗の依頼」の品物が店頭で引き渡されるのは初めてだったからです。


 老紳士がスターに連れられてやって来たとき、魔法工房の周りには大勢の人が集まっていました。町の人は、白い布で覆われた、店の前に置かれた「何か」を興味津々で眺めていました。


 「お客様をお連れしたのです!」


 スターは誰よりも嬉しそうな顔でした。町の人をかき分け、老紳士を店の前へ、そして白い布で覆われた物の前へと案内しました。


 「ようこそ。お待ちしてましたよ」


 ドンは老紳士の手を取り、しっかりと握りました。


 「大変お待たせいたしました。お約束の品ができあがりました」


 ドンの言葉に、老紳士は期待と不安の入り交じった表情で、ドンの手を握り返しました。


 プップクプー。


 スターが、どこからともなくラッパを取り出し、盛大に鳴らしました。「青旗の依頼」が終わったことを告げる、恒例の合図でした。

 ラッパを聞いて、何が起こったのだろうと、さらに多くの人が集まってきました。先に集まっていた人に「青旗の依頼」が終わったのだと聞くと、仕事を中断して人の輪に加わりました。おそらく、職人通りに住む全員が集まったでしょう。


 「こちらです」


 ドンの合図で、カンが白い布を取りました。

 現れたのは、カンの背丈より高い、大きな振り子時計でした。

 黒を基調とした色で、デザインは、よく言えば古風、悪く言えばありきたり。奇抜さ、あるいは目新しさという点では、以前作った腕時計の方がよっぽど上でしょう。

 しかも、時計は動いていないのです。


 「ふーん、振り子時計か」

 「大きいねえ。うちには置けないなあ」


 期待が大きかっただけに、集まった町の人から、失望に似た声が上がりました。今時の一般家庭で、こんなに大きな時計は使いません。アンティークとしてなら収集家もいるでしょうが、作られたばかりの時計にアンティークとしての価値はありません。


 「こちらが、ご注文の時計になります」


 町の人がざわめく中、ドンは自信に満ちた声で説明を始めました。


 「機械式の振り子時計になります。ざっとご説明いたしますと、まず……」


 ドンが説明している間、老紳士は一言も発しませんでした。呆然と時計を見上げています。ドンの説明も聞いているのか聞いていないのかわかりません。

 そんな紳士の態度に、ドン以外の職人は少し不安になりました。


 「以上でございます」


 ですが、ドンは自信満々でした。説明を終えると、絶対に満足してもらえるという確信を持って、老紳士の言葉を待ちました。

 老紳士は、まだ何も言いませんでした。

 魔法工房の面々が、固唾を飲んで見守りました。

 この時計は、彼の時計なのでしょうか。


 「お客様」


 意を決したように、スターが老紳士に声をかけました。スターの呼びかけに、老紳士はようやく我に返りました。ぎこちない動作でスターに振り返ると、うわずった声で尋ねました。


 「時計は……どうすれば動くのですか?」

 「こちらに手を当ててください」


 ドンは、時計の横に付いている、小さなパネルを指差しました。


 「ここに手を当てれば、時計は動き出します。そして、お客様が死ぬまで、永久に動き続けます。時計はお客様の一部となるのです」

 「ここだね。ここなんだね?」


 紳士は震える手をパネルに当てました。


 「おおっ!」


 町の人がどよめきました。

 紳士がパネルに手を当てた途端、時計が淡く光り始めたのです。その光は、パネルの部分から時計全体へ、染み込むように広がっていき、すぐに時計全体を包みました。

 そして、ゆっくりと振り子が動き始めました。

 カチ。

 時計が最初の一秒を刻みました。続いて次の一秒。さらに一秒。一秒。一秒。


 「おお……」


 老紳士は、恍惚とした表情で声を上げました。時を刻み始めた時計を、まるで愛する人のように、優しい目で見続けました。


 「いかがでしょう?」

 「……心を感じる。皆様の温かい心を。私と共に生きてくれる、時計の心を。ああ、この中には宇宙がある」


 老紳士は帽子を取り、何度も何度もうなづきました。そして、ドンたちが待ちに待った一言を言いました。


 「一目で……一目でわかりました。これは私の、私だけの時計です」


 老紳士は笑顔を浮かべました。どこまでも優しい、素敵な笑顔でした。


 「ご満足いただけたようで、何よりです」


 ドンはほっとすると同時に、突き上げるような喜びを感じました。はしゃぎたくなる気持ちを抑えるのは大変でした。

 他の職人も同じ気持ちでした。しかし、お客様の前で騒ぐわけにはいきません。五人はお互いの顔を見て、誇らしげにうなづき合い、喜びを分かち合いました。


 「お礼は、お礼はいかほどですか。ああ、いくらでもお支払いします。私の全財産だってかまいませんとも」

 「いいえ、結構でございます」

 「しかし、それでは……」

 「もう報酬はいただきました。お客様の心からの笑顔が、最高の報酬なのです」


 ドンは、この老紳士から一円たりとももらう気はありませんでした。この紳士は、真のオリジナルとは何かを考えるきっかけをくれました。この三カ月は、職人として得難い経験の日々でした。お礼を言うのはドンの方だと思っていました。


 「ですが、ですが……」

 「よかったのです」


 スターが老紳士の手を取りました。


 「お客様の目は、もう寂しそうじゃないのです。とっても輝いているのです」

 「ああ、そうだとも」


 老紳士はスターの手を握り返しました。


 「信じてよかった。君が言った通りだ。信じる者は、救われるのだね」

 「お客様の夢は、叶うのですね?」

 「そうだよ。私の夢は叶うのだよ」


 紳士はうなづき、もう一度時計を見上げました。


 「もう出会えないと思っていた。私だけの時計だ。歯車の一つ一つ、ネジの一本一本に、心がある。私だけの時計だ」


 ふと。

 ドンは首を傾げました。気のせいでしょうか、振り子の揺れがぶれています。

 まさかなにか欠陥があったのでしょうか。だとしたら大問題です。


 「……へ?」


 ですが、そうではありませんでした。

 ドンは我が目を疑いました。ドンだけではありません。他の職人も、スターも、駆けつけた町の人も、その場にいた全員が、目の前で起こっている事に度肝を抜かれました。

 なんと、老紳士が若返っていくのです。

 時計が時を刻むたびに、紳士は若返っていきました。はげた頭に髪が生え、伸ばした髭は短くなり、腹の肉が消え、肌のしわが消えていきます。

 やがて、老紳士はこの世の者とは思えぬ、美しい青年になりました。

 それだけではありません。


 「やっと……やっと、お許しくださるのですね。天へ帰っても、よろしいのですね?」


 その言葉に答えるように、彼の背中に白い翼が生えたのです。

 あまりのことに、賑やかな通りが静寂に満ちました。聞こえるのは、振り子時計が時を刻む、規則正しい音だけです。


 「……お客様は、天使様なのですか?」


 長い沈黙の後、スターが目を丸くして尋ねました。天使はうなづき、優しい眼差しをスターに向けました。


 「はい。私は、時間の神に仕える天使です」


 唖然とする人々に、天使は言葉を続けました。


 「私はかつて天で時間の神に仕えていました。私の務めは、神が生んだ時間を、新たに生まれた命に配ることでした」


 ですがある日、天使は失敗をしました。二人の人間の時間を取り違え、逆に配ってしまったのです。幸い、長さは同だったから、寿命に変わりはありませんでした。ですから天使はたいした失敗ではないと思い、神に報告しなかったのです。

 だが、神は天使の失敗を知っていました。そして、報告しなかった理由を天使に尋ねました。


 「私は、同じ長さなのだから変わらないではありませんか、と答えました。神は何もおっしゃいませんでした。でも、私の答えにお怒りだったのです」


 そんなある日、天使は神からもらった時計を壊してしまいました。時計は天使の力の源であり、修理できるのは神だけでした。

 神は、天使の時計を修理してくれませんでした。

 力を失った天使は、天界にとどまることができなくなり、地上に落ちました。


 「天に帰りたくば、お前だけの時計を探せ」


 許しを請う天使に、神はそう言いました。

 その日から、天使の、自分だけの時計を求める旅が始まりました。


 「神がなぜお怒りになられたのか、私はようやくわかりました」


 天使は目を閉じ、時計に額をつけました。


 「こうしていると、皆様の心が伝わってきます。同じデザインの時計でも、その中に皆様の心はない。時間も同じです。一つの命のために、神は心を込めて時間をお作りになられている」


 天使の頬を、一筋の涙が流れました。


 「私は愚かでした。たった一つの命のために作られた、たった一つの時間。同じように見えても、取り替えることなどできないのですね」


 そんな基本的なことを忘れていた天使に、神は怒ったのでした。そして、それに気づくまで、天使としての仕事をさせるわけにはいかないと、おそらく神が天使の時計を壊したのでした。


 「もう、二度と忘れません。ええ、そうです。同じ長さの人生でも、同じ人生であるはずがないのです。だからこそ、人生は、命は尊いのです」


 その時、天から光が降ってきました。身を包む光を感じたのでしょうか、天使は目を開き、天を見上げました。


 「もう行かねばなりません」


 光が天使を包むと、天使は美しい羽をはばたかせ、時計を羽で包みました。


 「たいしたお礼もできずに去ることを、お許しください」


 天使が宙に浮きました。


 「皆様、ありがとうございました。私はこの時計とともに、また天使としての役目を果たしてまいります」


 スターはそんな天使を呆然と見上げていましたが、天使と目が合うと我に返りました。

 スターは、お客様をお見送りすべく、元気一杯の笑顔を浮かべました。


 「お客様、ご利用、ありがとうございました!」

 「本当に、お世話になりました」


 天使は優しく笑い返し、深々と一礼すると、時計とともに天へ帰って行きました。


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