真夜中に二人で反省します
ドンが扉を開けると、スターが廊下に座り込んでいました。
「なんだ、まだ起きていたのか?」
ドンは驚きました。
夜中はとうに過ぎていました。実は、スターは夜更かしが苦手で、日付が変わるまで起きていることはまずありません。とても眠たそうな目をしていました。
「潔斎は終わりなのですか?」
「ああ。何か用か?」
「お客様のお髭なのです」
スターは、紙に包んだ老紳士の髭を差し出しました。
ドンが、魔法の儀式で必要なので、もらってきて欲しいと頼んだのです。少しでも早くドンに渡したくて、スターは眠いのを我慢して、ドンを待っていたのです。
「お、そうか。ありがとう」
「儀式は、すぐに始めるのですか?」
「ややこしい魔法だからな。時間もないし」
今回ドンが使うのは「連動」という魔法です。色々と細かい決まりはありますが、要するに、道具と持ち主をつなげる魔法です。加減を間違えると持ち主の命に関わるので、慎重に儀式をする必要がありました。
「五日ほどこもるからな。その間、店の方は頼んだぞ」
「はいなのです」
スターはドンの言葉にうなづきました。そして、歯をぎゅっと食いしばって、ペコリと頭を下げました。
「……マスター、ありがとうなのです」
「何だよ、いきなり」
「マスターは、私のお願いを聞いてくれたのです。だから、ありがとうなのです」
先日、ババロアを買いに行ったスターは、帰るとすぐドンの部屋に飛び込みました。
そして、ドンに頼み込みました。
「あのお客様の時計、もう一度作って欲しいのです。お願いなのです。お客様は、とっても寂しそうな目をしていたのです」
お客様がキャンセルした依頼を勝手に進めるなんて、やってはいけないことです。成功しても失敗してもお金を払ってもらえるかどうかわからないのですから。
魔法工房はプロの職人のお店、決してタダで仕事をしてはいけません。それは、誇りと同じ意味なのです。お金をもらうからこそ、最高の仕事をするのです。
ですが、スターはそれをお願いしてしまいました。
「なんだ、そんなことか」
「使い魔はマスターのお手伝いが役目なのです。でも、マスターに迷惑をかけたのです。私は……使い魔失格なのです」
「気にするな。お前が頼まなくたって、俺はもう一度挑戦するつもりだったさ」
ドンは、スターの横に腰を下ろしました。
「今回のことはいい勉強になった。なあスター。俺たちはさ、いや、魔法工房の職人はさ、どんな時も本当のオリジナルを作らなければ駄目なんだよ」
世界は一つにまとまりつつあり、その動きは日進月歩です。複雑に絡み合いながら、すさまじいスピードで発展する世界についていくには、何から何まで自分でやるという方法は無理なのです。
得意分野への集中と世界的な分業。それが現代産業のあり方です。
ドンは、その産業のあり方を否定する気はありません。高品質なものを安く多くの人にお届けする、そのためには分業し、コストを抑える必要があるのです。
ですが、その結果できるものはどうでしょうか。
「お客様の夢は一人一人違う。なら、それを叶える道具も当然違う。俺が作った時計の中身は、どこででも売っている時計と同じだった。それじゃだめだよな」
見た目は世界に一つだけのもの。でも中身はすべて同じもの。
それは、魔法工房に求められるものではないと、ドンは思いました。
「それに俺は、お前との勝負のことばかり考えて、お客様のことは考えていなかった。お前がお客様の言葉を教えてくれなかったら、俺は間違ったままだった」
ドンは、しょんぼりしているスターの頭に手を乗せました。
「失格なものか。お前は俺に正しい道を教えてくれた。俺にとってお前は、最高の使い魔だよ」
「ま……まずだー……」
「まったく。いつも偉そうにしてるくせに、お前はすぐに泣く」
「だ、だっでなのでず……」
「お客様の夢を叶え、お客様に笑顔を運ぶ道具を作る店のスタッフが、泣いてどうする」
「ご……ごべんだざいなのでず」
スターは慌てて涙を拭いました。そしていつもよりも元気な、目一杯の笑顔を浮かべました。
「……そういやあ、まだ仲直りしてなかったな」
ドンは照れくさそうに手を差し出しました。スターは嬉しそうにドンの手を握り返しました。
「あのお客様の笑顔、必ず見るぞ、スター」
「はいなのです! 魔法工房の意地と実力、お見せするのです!」




