第一部 飼人紀 ナーク世末期 / 第一章 フェムの旅立ち
1
A.D.280,000,000頃。
超大陸エクシアの遙か南東。小さな孤島の砂浜海岸『二人浜』に夕暮れが訪れていた。
フェム・ロキソーニは母親テラと並んで座り、海を見つめていた。もうすぐ水平線に触れる太陽。濃い大気のせいで人間の血よりも紅く見える。
「どうしても行くのね?」
テラは海を見つめたまま言った。
「もし、自分が彼らと同じ立場だったらと思うと……もう我慢できない」
フェムは膝を抱える手に力を込めた。母親を真似たお下げ髪が風に靡く。
「ボルタ……お父さんには話したの?」
テラはフェムを見つめた。
フェムの細い背中が微かにひきつる。フェムは首を横に振った。
「約束より三年も早いもの」
「そうね。でも、黙って出て行ったらきっと悲しむわ」
「ごめんなさい」
しばらくの間二人の無言が続いた。夕日は半分海に浸かりますます紅くなったが、水平線の上空に現れ始めた雲が夕焼けを汚していった。
「どうせ止めても無駄なんでしょう?」テラはため息混じりの苦笑を見せ、そのまま続けた。「ひとことだけ言わせてもらうと、あなたにはまだ少し早い。肉体的にも精神的にも」
「お母さんまで止めるなら、私は……」
フェムは俯いた。
「だけど、三年後も今と同じ状況が続いているとは限らない。大陸もこのサワラ島も」
「え?」
フェムは顔を上げた。
「物事には好機というものがあるわ。思い立ったその時よ」
テラは立ち上がった。
「その、時……」
フェムもつられて立ち上がった。
「自分の意思で決めたんだから、最後まで貫きなさい」
「お母さん……」
フェムはテラの瞳を見据えた。フェムは見えない力で背中を押されているような気がした。
「ただし、なかなか上手くいかないからといって安易に逃げ帰ってくることは許しません」
「はい」
「でも、本当に……本当に心が壊れそうになったときは帰ってきてもいいのよ。あなたには親が二人もいるということを忘れないで」
「ありがとう……お母さん」
二人は日が沈むまで抱擁を交わした。
「ボルタのことは心配しなくていいわ。きっと解ってくれるはず」
「お父さんには……ごめんなさい、って……」
テラは無言でうなずいた。
フェムは狭い浜辺の隅に置いてあった小舟に乗り、まだほんのり明るさが残る水平線に向けて、オールを動かした。
フェムはテラの姿がどんなに小さくなっても目を離すことができなかった。
テラの方も見送り続けていたが、途中でフェムの姿が見えなくなったのか、背中を向けた。
その背中が砂上に萎んでいくようにフェムには思えた。
2
島が闇に紛れて見えなくなった頃、フェムはオールから手を放した。
空を見上げると満天の星空。有史以来、天球に現れる位置以外はほとんど変わっていない星空。平和を願う者の多くはこのような静かな世界を望むのかもしれない。驚くべきことだが、人間を飼い慣らす人工生命体『ナーク』の世界も同じような平穏がいつまでも続いているのだという。フェムはそれがどうしても信じられなかった。あの優しい母テラと同じ血を流す人々……人間を弄ぶ悪魔たちの世界が恒久の平和を保っているなどとは。
テラは地上最後の野生人間だという。肩書きはともかく、心身共にまともな人間だ。父ボルタは人間とナークのハーフだった。二人の子、即ちフェムはクォーターだ。フェムの中にもナークの血は流れている。そのナークが人間を愛玩目的で飼っている……エクシアはそれが当たり前の世界だという。
ナークとは一体何者か。両親は多くを語らなかったが、大まかな歴史くらいは知っている。
新生代末期。二十三世紀末、人間は滅亡の危機に瀕していた。理由は地球温暖化、環境破壊、化石資源をめぐる紛争など様々あったようだが、決定的だったのは子供が作れなくなった事だ。人類の未来を危惧したある研究者たちは、人工生命体ナークを創り出した。ナークは見た目も機能も人間と瓜二つなのだが、細胞一つ一つがナノマシンで作られていた。ナークはあらゆる能力で人間を凌駕し、生命力が強かった。人間は自分の遺伝子を後世に残すため、ナークとの融合を望んだが、それは最後まで叶わなかった。人間は二十四世紀末に絶滅した。
新生代が終わり、後に機生代と呼ばれる新たな時代が始まった。荒れ果てた地上に残されたナークたちはやがて世界中に散っていった。老化を知らぬ強靱な肉体で、氷河期や大陸移動や生態系の激変など数々の試練を乗り越えていった。
機生代は人間滅亡後、一億八千万年もの間、恒久の平和が続いた。この期間を機生代恒安紀という。
ナークは人間のように愚かな乱開発はせず、本能に従って自然と共生する道を選んだ。地球の自然は以後、数千万年かけて蘇っていくことになる。
ところが今から一億年前(西暦一億八千万年頃)、ナークは秘境に細々と暮らしていた人間を偶然発見した。人間は絶滅当時とほとんど変わっておらず、生きた化石と呼ばれた。それまで自然環境と見事なまでに共生を続けていたナークは、人間を見てから変わった。彼らは人間を、唯一許されたペット用動物として愛玩し、乱獲するようになったのだ。時代は恒安紀から飼人紀へと移っていった。
長い時を経てつい数十年前、テラが地上最後の野生人間『ラスト・ワイルド』と呼ばれるようになった。テラ以外は全てナークの家庭か養殖場で育った『養殖人間』だ。
ボルタの母親はナークだったという。人間を飼う立場のナークがなぜその人間と結ばれたのか。融合が叶わなかった二つの異なる種がなぜ、ハーフであるボルタを産むことができたのか。そこまではわからない。
ボルタは二つの種にはない、特別な力を持っていた。ボルタはその力でペットになりさがった人間を解放し、ナークと共存できる世界を作りたいと願っていた。ところが、その力は自分を守る以外のことに使ってはならないという戒めがあった。力を外側に向かって使えば世界が滅ぶどいうのだ。
やがて、ボルタはある人の導きでテラをゴンドワナ博物園から盗み出した。二人は孤島で暮らす内に結ばれ、フェムが産まれた。フェムもボルタの素質をある程度受け継いだが、決定的に違うのは力をコントロールできることだと教わった。
ボルタには多くの葛藤があったようだが、結局は人間とナークの事情をフェムに打ち明けた。フェムが十五歳になった次の日のことだ。選択肢は二つだった。一つは父の意思を受け継ぎ、大陸に渡って人間を解放すること。もう一つは生涯このままサワラ島で安穏に暮らすこと。どちらを選ぶかは自由だったが、フェムに迷いはなかった。事情を知ってしまったフェムはナークの自然に反する行為に憤りを感じていた。自然の大原則の中に、共生はあっても主従という項はないのだ。地上の万物にはそれぞれ役割があるというが、自然が人間に与えた役目は、ナークの気を紛らわし続けることではないはずだ。
フェムはすぐにでも島を出たかったが、大陸へ渡るには条件があった。二十歳になるまでは島で過ごすようにと。それには、学識や経験を積むべきという意味合いと、テラから聞いた話だが父親の都合が含まれていた。
ナークの人間飼育は純粋な愛玩から性奴隷まで多種多様。淫虐でおぞましいものも少なくない。フェムは二年しか待てなかった。ボルタが出かけた隙を狙ってテラに別れを告げ、島を出た。
考え事をしていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
フェムは夢を見た。
様々なシーンが入り乱れていたが、ほとんどがサワラ島での家族の想い出だった。当然だろう。島には親子三人しかいない。自分の記憶の半分以上は三人で過ごした時間が占めているのだ。多くは楽しいことだったが、父との関係は少なからず浮き沈みがあった。格闘技の練習では度々嘔吐するほど苦しめられた。親子ゲンカ(そのほとんどは些細な原因だったが)も絶えず起こった。潜水中に脚を痛めて水圧死しそうになったときや洞窟探検中の落盤で生き埋めになったときは、後をつけていたのではと思えるほどの速さで駆けつけてくれたこともあった。ボルタが自分をどれほど大切にしてくれているかは充分に感じていた。そんなボルタとの約束を破ってしまった。今までの人生で一番悪いことをしている気がした。空から滝のように雨が降ってきた。塩辛い雨だった。ゆるく渦を巻く洪水に飲み込まれ、その中で必死にもがいた。泳ぎは得意だ、この程度なら脱出できる。ところが、いくらもがいても前に進めない。この水の前には全くの無力だった。やがてフェムは水底に沈んだ。
ごめんなさい……お父さん……
3
フェムは目をうっすらと開けた。朝日が目を刺す。水平線からはもう随分離れている。
体を起こすと小舟が左右に少し揺れた。波はほとんどない。
目元を触った。少し腫れている感じがする。鼻をすすり、両手で目をこすって昨夜の残りを拭き取る。くしゃみを一つした。伸ばしていた髪が何本か口に入る。淡紫色の髪。人間とは少し違う色。懐からセラミックナイフを取り出す。島から持ち出した道具らしい道具はこの小さなナイフだけだ。ボルタが昔、島の中央にある『遺跡沢』から発掘したもので、二十三世紀当時の特殊な技術によって靱性を高められている優れものだ。ナイフの扱いは慣れている。後ろ髪を首の辺りで削ぎ落としていく。島の外では何が起こるかわからない。戦いの邪魔になるものは極力減らしたかった。
太陽は右手にある。このまま真っ直ぐ北西に六千キロ上がれば、ゴンドワナ地方だ。
ナークが住む地域は三つに限られる。大陸西のローラシア、北のパンゲア、そして南東のゴンドワナの三つだ。ナークに国という概念はない。国に当たる領地は地方と呼ぶ。ただし、都市はある。一つの地方に大都市が一つだけあり、残りの土地は郊外となっている。都市名はそれぞれ地方名の下に『シティー』と付くだけだ。
超大陸エクシアの一番近い港はゴンドワナシティーにある。だが、そこは二十八年前にボルタが起こした盗難(あるいは救出)事件があった場所。大陸へ渡ったときはゴンドワナを最後にするように、とボルタは言っていた。厳重な警戒が待っているのは明らかだった。残念だが、ゴンドワナだけは回避しなければならない。
二番目に近いパンゲアへの道は、年中荒れ狂う船の墓場か天を貫く世界の屋根、どちらかを越えなければならず、よほどの手練れでない限り遭難は必至だ。
ゴンドワナから遙か西のローラシアまでは平坦な地形が続いているが、そこは実に地上の三分の一を覆う不毛の地、デボニア大砂漠が広がっている。専門家のガイドがなければ、どこを歩いても干物になってのたれ死ぬだけだ。
結局、上陸できそうな場所はここから最も遠い大陸の西端、ローラシアしかない。地球半周、約二万キロの航海。こんな帆も動力もない小舟では何十年かかるかわかったものではない。とはいえ、あの事件のおかげで自分が存在するのだ。仕方なく左手のオールに力を込め、進路を西へ変えた。
「いつになったら着くんだか……」
フェムは舟の縁に頬づえをつき、ため息を漏らした。せめて帆付きの船くらい用意できなかったのか。だが、絶海の小さな孤島では資材に限りがある。それに新しい船を造ればボルタに怪しまれただろう。何度か小言を呟きながらもオールを動かした。三百六十度水平線、太陽と空と雲と海しかない景色は単調極まりなかった。この辺りは海鳥すら見当たらない。
気が付けば太陽はもう南中を迎えていた。早くも航海に飽きる。ふと思い立って服を脱ぎ、船尾に放り投げる。ノースリーブのシャツと短めのスパッツ。上下共にボルタが沈没したナークの船から拾ってきたものだ。初めは抵抗があったが、服や物に罪はないというテラの説得に負け、我慢しているうちに慣れた。一家の衣服は大抵がナークの遺品だった。
裸で大の字になり、全身で直射日光を浴びた。こうしていれば数日はエネルギーを補給しなくても済む。純粋な人間であるテラは毎日三度も食事をしていたけれど、自分は月に一度か二度、少量のタンパク質補給で足りた。皮膚組織も人間とは違って紫外線に強く、白めの肌に気を遣う心配はない。ボルタの遺伝子を半分受け継いだフェムは、その辺にはとても感謝していた。
太陽が少し西に傾きだした。お腹や胸は充分日光に当たった。今度は背中だ。体を反転させようと起きあがったとき、見たこともない異様な景色が目に入った。
「船か? それとも……島?」
目をこらした。一見すると平べったい小島に見える。全体の大きさはよくわからないが、少なくとも幅は一キロ以上あるだろう。地上は水辺を好む雑草や木質化した太い草が鬱蒼と茂っている。引っかかるのは、島の中央部にそびえる船の帆のような形をした半透明な何か。大樹に匹敵する高さを持つそこだけが明らかに周りから浮いている。よく見ると、風の向きに呼応して左右に揺れたり、膨らんだり萎んだりしている。気になるような殺気や邪気は感じない。近づいて小島を詳しく観察しようとしたが、なぜかいくら漕いでも追いつかない。
「奥の手を使うしかないか」
オールから手を放し船首へ体を向けた。両足をロープでオールに縛り付け、手とは逆の要領で押しながら漕いだ。力のロスが多いやり方だが、それでも頼りない腕よりは数段ましだ。船首が浮き上がる。一漕ぎで十メートルは進んでいる。それでもついていくのがやっとだ。
数時間の追跡後、ようやく風が収まり、島は減速した。太陽は既に沈みかけていた。島に追いついたとき、小舟がちょうどすっぽり入るくらいの狭い湾を見つけた。湾に入り、ジャンプして一人草地に上陸。竹のように頑丈そうな太い草にロープを巻きつけ、舟を繋いだ。
周囲の剛草をナイフで刈り取っていき、即席の寝床を作る。今日はもう動けそうにない。そこに大の字になった。
そよ風が吹く。遠くの方でかすかに帆の音がする。島は日没の方角へ進んでいた。
「ん……んん……」
フェムは虫の羽音で目が覚めた。何だか頭が重い。体を起こし辺りを見回す。舟は無事だ。朦朧とした意識のまま頭を掻く。違和感。あるべき場所にあるべきものがない。昨日より二倍くらい頭が大きくなったような感覚。つかんでみる。持ち上がる。頭が軽くなった。妙だ。帽子なんか持ってきてない。つかんだものをまだ半分しか開いてない目で確認する。
「ひっ!?」
妖しく光る緑や黒の斑点、いびつな半球状の羽、小枝と見紛うほど太い六本の節足。生まれて初めて見る巨大甲虫だった。慌ててそれを空へ放り投げる。虫はそのままどこかへ飛び去っていった。どうやらこちらを食らおうとしていたわけではないようだ。それにしても、頭の上を休憩場所にされたのには少し腹が立った。微妙に臭い粘液が髪に数滴。海水で洗うがなかなか落ちない。髪を短くしたのは正解だった。長髪のままだったら虫の脚と粘液がからみついて取れないまま、不快な一日を過ごさなければならないところだ。
それにしても、人の頭ほどある昆虫が存在するとは。サワラ島とは生態系が随分違う気がした。
日が高い。随分眠っていたようだ。体中が汗だくになっていた。赤道に近づいたせいなのか、初春だというのに昼間は異常なほど暑い。度重なる火山活動で大気中の二酸化炭素が激増し、地球はかつてないほど温暖化が進んでいた。極地の氷はすでにひとかけらも残っていないという。
フェムはしばらくの間、島の探索をすることにした。食事の心配がないので、今やれることはそれくらいしか思いつかない。
島はほとんどが湿地帯だった。仮の大地に隙間無く生える背丈ほどの草を刈りながら一時間進んだ。牛歩の連続、どこまで行っても、草むら、草むら、草むら。
「チッ、面倒だ!」
膝を深く曲げ、前方へ高くジャンプした。
空中で弧を描いている途中、自分の無謀さを少しだけ反省した。足場がない。気づけば水の中。水面に顔を出し何度もむせる。
そこは大きな沼だった。海岸から離れているにもかかわらず水は塩の味がした。沼の中から半透明の帆のようなものが生えている。昨日、船上から見たやつだ。立ち泳ぎをしながら帆を見上げる。それ以上首を逸らせずぽっかり口が開く。側で見ると本当にでかい。
「わっ!?」
突然風向きが変わり、帆の膨らみが逆になった。へこんでいる側にいたせいで畔の草地まで吹っ飛ばされる。
結局、この帆が何でできているのかはわからずじまいだったが、とにかく風を上手くつかんで西へ向かっていることだけはわかった。果たしてこれは植物なのか動物なのか……。沼に飛び込んだとき、暗い底に何か蠢くものが見えた気がした。きっとこの島の水面下に何か秘密があるに違いない。フェムは危険を伴う沼での探索をあきらめ、海へ潜ることにした。
翌日。朝から快晴微風。波は凪。午前は日に当たり、エネルギー補給に努める。フェムは島に名前をつけた。『浮き輪島』。それしか思い浮かばなかった。語彙の少なさにちょっとだけ自己嫌悪に陥る。若いんだからこれから見聞を拡げればいいと慰める。
午後。表現は妙だが、腹を満たしてやる気充分。ストレッチもそこそこに、服を脱ぎ散らし、海中へダイブ。表面摩擦を極力減らすよう皮膚の組成を調節し、一気にマイナス百メートルまで降下。ほどなくブイ島の水面下を構成する半透明の層を発見する。遠くから眺めていると特大のイソギンチャクを逆さに生やした生物要塞という感じだ。海の色と同化した青のコントラストが美しい。近くに寄ってみると、その逆さ要塞を構成している一つ一つが全てクラゲだとわかった。釣り鐘型、平べったいやつ、球体、キノコ型、中にはカリフラワーのような複雑な形のものまである。大きさはエイより大きいものから豆粒大まで様々。数は一億や一兆どころではないかもしれない。要するにクラゲの大集合体だ。よく観察してみるとそれぞれ違う役割を持っているのがわかる。すべては理解できなかったが、栄養を集める者、動力担当や舵をとる者、体の中に甲殻類や猛毒軟体生物など共生関係の兵隊を住まわせ強敵の魚を追っ払う者など多種多彩。
さらに深く潜り、クラゲ要塞の真下に入った。体を仰向けにして微速で進む島に合わせて脚をキック、上方を観察しやすい体勢を作る。
(あっ、真ん中が引っ込んだ)
ここはちょうど沼地の真下にあたる場所。どうやら地上の帆はクラゲたちが定期的に循環しながら形作っているようだ。それにしても、この大きさになるまでどれほどの年月を費やしたのだろう。何百年? いや、何千年かもっとそれ以上。海は何かと嵐が多い。それを全て回避してきたということは、気候を察知する係もいるに違いない。一つ一つはか弱い生き物だが、これだけの数が集まりかつ複雑なしくみを無駄なく運営している光景を見ていると、大した知的生命体に思えてくる。
(人間は……お母さんの祖先はどうだったのかな?)
フェムは両親から聞いた大雑把な歴史しか知らない。かつて人間は無益な破壊を繰り返し、自滅していったというが、テラを見てるとそんなことは信じたくなかった。きっと母のような人たちも少しはいたはず。だから何億年も生き延びてこられた。だが今は、皆ナークに狩られ……使い捨てのペット用動物とは……。
ブイ島の速度が上がった。風が吹いてきたようだ。フェムは沈思を止め、急いで浮上した。
ナーク……ナークとは何者だ? 人間よりも遙かに知的で、強靱で、無駄を知らず、限りなく完璧に近い存在だという。警察も軍隊も裁判所も持たない。それでいて人間の時代が終わった後、永遠に近い時間、平和を築いてきた。そんな天使のような者たちがどうして人間を飼いたがるのか?
フェムはそれから毎晩、星空を観測しながら、養殖人間への哀れみとナークの謎について考えた。
ブイ島は北西に向きを変え始めた。