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機生代  作者: ヒノミサキ
11/11

エピローグ

 おそらく、西暦500,000,000年頃。正確な暦は誰も知らない。

 ここは人類終焉の島。旧ローラシア海岸の北に広がる、かつてオルドブリアの霊森と呼ばれた広大な森の南端にあたる場所。大陸移動と沈降の影響で千切れたこの森は独自の生態系を築いている。

 明るくなり続ける太陽にシステムとして呼応した地球は、徐々に二酸化炭素を減らしていった。光合成植物は絶滅するかと思われた。だが、驚いたことに、植物たちは新たな物質を取り込むように進化し、黄昏の時代を静かに眺め続けていた。


 フェムとヒャーボは真昼の火矢のような日差しを避け、海岸近くの熱帯雨林の中で涼んでいた。

 フェムが虹色の大木の枝に座り、幹に寄りかかってうたた寝していると、小枝に引っかけたヒャーボが騒ぐので目が覚めてしまった。

「ったく、騒々しいな」

「ほら、あいつ、えーと何てったっけ?」

 ヒャーボはなかなか思い出せないようで、必死に悶えている。

 フェムは目をこらし、大地を揺るがす白色の巨体を見据えた。

「リソスアセノス・デル・マントールのプレニーテクトダブサックスグーマ」

 ちなみに前者が種、後者が個体の名前である。

「そうそうグーマの野郎だ」

「略すと機嫌を損ねるぞ? それに彼……彼女はまだ性別が決まっていない」

「いいんだよ。俺様の方が先輩だからな」

 プレニーテクトダブサックスグーマ(以降グーマ)はフェムが座る枝の下で六つの脚を止め、二人を見上げた。無数の半透明な触角らしきものを延ばし、フェムの手やヒャーボのショルダーハーネスに絡めた。これが彼らの握手だった。グーマは昆虫と魚介類と恐竜の合いの子のような姿をしている。長い節のある足と硬く丸みのある甲殻、海竜のように長い首。

 グーマは体の色を変化させた。

「やぁ、久しぶり」

 フェムはそれに応えた。グーマは音声を発しない。その代わりに体の色素の変化で言葉を表現していた。色のバリエーションは無数に存在し、その表現力はかつての人間以上のものがあった。

 グーマは再び色を変化させた。くすんだ色と黒の斑点が多い。

「悪かったよ。『野郎』は訂正するからよ。ったく地獄耳だよなぁ」

 ヒャーボは口を歪めた。

 グーマはフェムに「昨日の人間はどうなったのか」と質問した。

「うん? 見てたのか……最後の人間は今朝、手厚く葬ったよ」

 グーマは「再生代の次は何という時代なのか」と訊いた。

「さぁな。おまえたちが決めればいい。時代という言葉が何を意味するのか、理解できるのはもうおまえたちしかいないのだからな」

 グーマたちリソスアセノス・デル・マントールは人類が滅ぶ数千万年前から現れた知的生命体だった。今ではフェムたちを除き、地上で唯一高度な言語を有する種である。

 グーマは「私たちは人類より永く栄えるかどうかわからないけど、人間たちのように最後まで見届けてくれるかい?」と訊いた。

 フェムは雲一つない青空を指差した。

 澄み切った空色は勿論だとか当然だという意味だ。

 グーマは「ありがとう。またいつか、どこかで会おう」という色を見せ、背中で割れた甲殻の中から透明色の巨大な羽を広げた。グーマは体つきからは想像できないほど高くジャンプした後、羽を震わせ、空の彼方へ去っていった。


 空が少し曇り始めた。フェムはヒャーボを背負って森を抜け出し、再び旧ローラシア海岸へ向かった。

「フェムよう、これからどうする?」

「それを決める前に、おまえにまだ言ってないことが一つだけある」

「あン? なんだそりゃ? 俺たちゃ二億年以上のつき合いだぜ? ネタなんかとっくに切れちまったろうが」

「それはどうかな」

「ようし。言ってみろ」

「好きだよ、ヒャーボ」

 フェムはヒャーボを肩から外し、ぬいぐるみのごとく抱きしめた。

「ば、ばっきゃろう。ななな何しやがるるる」

 ヒャーボは足のない茹で蛸になった。

「テューリが逝った後、私は自分の本当の気持ちになかなか気づけなくなっていた。すまなかった」

「こここんなみっともねぇ姿の俺様なんか……」

「私はおまえを体の一部のように思っていたんだな。だから気づけなかった。誰かといるときは特にだ。何度も無視してすまなかった」フェムは再びヒャーボをきつく抱きしめた。「こんな私でも受け入れてくれるか?」

「くあっ……」ヒャーボはまるで赤色巨星のように赤黒く丸く膨れあがった。「そ、そんなこと急に言われたってよ……」

「もう、気持ちは冷めてしまった?」

「し、知ってたのかよ!」

「当然だ」

「い、いつから?」

「機生代の頃の話だ。はっきりとは覚えていない」

「そ、そんな前から……ひでぇ女だ」

「まぁ、そう言うな。時間はこれからだってたっぷりある。地球が無くなるその時までな」

「で、これからどうすんだ?」

「そうだな。暑いし、とりあえず泳ぐか」

 フェムはヒャーボを空高く放り投げた。

「え……まさか!?」

 ヒャーボは空中で固まった。

 フェムは海に向かってヒャーボを思い切りサーブした。

 ヒャーボは絶叫しつつ、海面に墜落していった。

 フェムは裸になって海へ飛び込み、ヒャーボを追いかけた。

 遠い未来、全ての海が干上がる日まで二人はこうしていることだろう。



 おわり

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