第5話 北村君の努力
結果、夏の大会、僕はレギュラーにならなかった。
FWのレギュラーは予定通り、相沢先輩と北村君の2トップになったのだ。
でも、僕は内心ホッとしていた。実際、ループの力で、ここ一、二ヶ月絶好調ではあったが、一、二年という長いスパンを評価するのであれば、レギュラーは相沢先輩と北村君になるのは当然の結果だと思う。
才能もあるが、彼等はきっと僕以上に努力した人達だと思うし、ここで僕がレギュラーになってしまっては反感を買う恐れがある。小心者かもしれないが、レギュラーになるのを恐れ、ここ最近はループの力を温存していた。
なので、この結果は望んでいた結果と言っていい。
七瀬さんに「残念だったね」と言われるのは少し心苦しかったが、さすがに七瀬さんと付き合いたいという動機で、同じサッカー部の誰かが傷付くのは嫌だった。いや、この発言は欺瞞になるな。僕がループをしている時点で、既に誰かを傷付けているのかもしれない。
僕は婆ちゃんにレギュラーになれなかった旨を報告をすると、残念な顔を一瞬はしたものの「大丈夫。総ちゃんの努力は神様が見てくれているから。いつか報われる時がくるよ」と励まされた。
神様なんて単語が出てくるなんて想像もしていなかったので、僕は面食らって、ついには笑いを吹き出してしまった。
きっと、婆ちゃんの中で僕はずっと五歳くらいの子供のままで、時間が止まっているんだろうな。
話しが変わるが、早朝にロードワークをしていた時、僕はある人物と遭遇した。
すれ違いざま、互いに走りながら、すれ違う相手を一瞥すると、顔馴染みの顔に対し互いの足が自然に止まった。
「あれ、名取。お前、こっちのルート走ってたっけ?」
相手はサッカー部の北村君だった。黒い上下のスポーツウェアを着ており、彼もロードワーク中だというこことは一目瞭然だ。
僕は北村君と遭遇したことに対し、驚きもあったが、それ以上に北村君の言葉が引っかかった。
「ルートって、北村君。僕が朝、走っているの知ってたの?」
「知ってたよ。だから、俺は別のルートを走るようにしてたんだ」
「なんで、ルートを変える必要あるの?」
「なんでって嫌だろ。毎日、ロードワークして、すれ違うの。ああ、別に名取を嫌って言ってるんじゃないぜ。たださ、自分は頑張ってます。みたいなの、人に見られたくないんだよ」
ああ、それはわかる。僕も同じ考えだ。
僕の場合、周りに冷やかされるのが嫌というのもあるが、居残り練習までして、それでもレギュラーになれなかった時、自分が惨めに映るのが嫌という、小さなプライドなんだけど。
「しかし、名取がこっちの方まで来るとは思わなかったよ。一体、何キロ走ってんだ?」
何キロだろう? 言われてみれば、朝練を再開してからは、サボってた分まで挽回しようと無意識に長い時間走るようになったかもしれない。
しかし、北村君が……そうか。そうだったんだ。僕は何故だが、ホッとした気持ちになった。
「北村君が自主練してるなんて意外だったよ。何でも、そつなくこなす天才肌かと思った」
と、心中思っていたことを口にすると、北村君は目を大きく開き「はぁ? 天才肌だって?」と、不機嫌な顔を露わにする。
「馬鹿言うなよ。むしろ、俺はサッカーを愛してはいるが、サッカーの神様からは愛されてないぜ。幼稚園からサッカーやってるけど、誰よりも上達は遅かったし。小学校の時はずっと補欠だったんだぜ。それに俺、体の線細いだろ。相沢先輩みたいなフィジカルがないから、テクニックをつけてカバーしようと必死なんだよ」
ペラペラと今日はやけに喋るな。普段、誰に話しかけられても「ああ」とか「わかりました」という一言で、話しが終わる人なのに。
僕の表情を見て北村君も察したか、急に「あっ」と声を漏らし、恥ずかしそうに目を逸らす。
「すまん。少し喋り過ぎたな」
照れ臭そうにする北村君の姿に、僕はつい笑いを吹き出してしまった。
「な、なにが可笑しいんだよ」
僕が笑うと、慌てたように北村君は大きな声をだす。
今日はやけに声がでかい。いや、この表情豊かな北村君こそが、本当の北村君なのかもしれない。そう思うと今まで遠い存在だった北村君が、身近な存在に思えるようになってきた。
「ううん。ちょっと安心しただけ。僕にとって北村君は遠い存在だったから。いくら努力しても追いつかない存在。正直、嫉妬心すらあった」
と、正直な気持ちを口にすると、北村君は複雑そうに腕を組む。
「そんなこと言ったら、俺はお前に嫉妬してたぜ。ある日を切っ掛けに、急に人が変わったようにうまくなるんだからよ。才能が一気に開花したのかと焦ったからな」
そうか。ループの力で誰かしら傷付ける者が出てくるとは思っていたが、まさかそれが北村君になるとは思わなかった。
いや、違うな。本当はわかっていたはずだ。わかっていたから、僕はレギュラーになれなくて内心ホッとしたんだ。それは紛れもなく、罪悪感という感情に違いない。
「まあ、焦ったけどさ。同時にワクワクしたけどな。やっぱ、ライバルがいるといい」
北村君の微笑みに僕は面食らう。
ワクワクするだって? 嘘だろ。僕はそんな風にはとても思えない。
成程。もし、僕と北村君のサッカーのセンスが同レベルであり、努力の分も一緒で。それでも北村君の方が僕よりサッカーがうまくなれた理由があるとしたら。それは北村君の前向きな思考のおかげなのかもしれない。
「ねぇ。今度、朝練一緒にやろうよ。特にボールを使った練習は一人でやるよりも、二人でやった方が効率的だと思うんだ」
「はぁ? 嫌だよ。なんで、名取と二人きりで練習しなきゃいけないんだよ」
僕の提案に北村君は面倒臭そうな顔をする。
「いいじゃん」
「嫌だよ」
「断ったら、北村君が朝に、影で一人必死に練習しているって噂、学校中に流すよ」
「……名取。お前って、性格悪いのな」
僕の脅しに対し、北村君は呆れたような顔をする。
しばらく黙り込んでしまうかと思ったが、意外にも早く北村君は納得した様子で頷いた。
「わかったよ。確かにロードワークは別にして、サッカーの練習は二人でやった方が効率的だな」
こうして、僕達は試合が始まる残り一週間。早朝、公園に集まってサッカーの練習をした。
ちなみに、僕は前言撤回しなければいけないことがある。
先程、北村君と僕の努力量が一緒だったら。と、いう過程の話しをしたが、とんでもない。北村君との練習は僕とは比較にならないほどに地獄であった。
こりゃ、嫌でもうまくなるわ。
そこで北村君は天才ではなく、相当な努力家だという事実を改めて理解できた。
そして、これを切っ掛けに僕は北村君と同じクラスということもあり、よく休み時間に会話する仲になっていった。




