第4話 婆ちゃんの助言
うちの婆ちゃん。名前は名取塔子。父方の母となる。ちなみに爺ちゃんは僕が三歳の時に死んだようで、その時の記憶はほとんどない。
僕は一人っ子で、幼い頃から両親共働きということもあり、婆ちゃんに面倒を見てもらっていた。なので、僕は結構なお婆ちゃん子だったと自負している。
「学校は楽しいかい?」
婆ちゃんはいつも同じような質問をする。なんだ、婆ちゃん認知症か。それとも僕が毎日、曖昧な返事しか返さないから、記憶に残ってないのかな。
僕はいつも通り「普通だよ」と答えようとしたが、一旦口を噤み考える。
不意に今日あった出来事を思い返した。途端、僕の口元は無意識に綻んでしまう。
「婆ちゃん。夏の大会、僕レギュラーになれるかもしれないよ」
「あら。良かったねぇ」
「うん。まだ決定じゃないんだけどね。可能性は高いと思う」
僕が意気揚々に話すと、婆ちゃんもつられるように顔を明るくさせた。
やっぱり、孫が試合に出るのを見られるのは嬉しいのだろう。正直、相沢先輩と北村君がいる限り、補欠が限界だと諦めていたが、ループの力のおかげで全てをひっくり返せそうだ。
しかし、ニコニコしていた婆ちゃんが急に、宙を見上げて首を傾げだした。
「総ちゃん。ところで、レギュラーってなんだい?」
疑問げに尋ねる婆ちゃんの言葉に、僕はずっこけてしまった。
ああ、そうか。レギュラーって言われても、婆ちゃんはピンとこないよな。僕は素直に自分の言葉足らずを反省した。
「サッカーの試合に出れるってことだよ。ほら、去年は僕、試合に出てなかったでしょ」
補足した説明を加えると、婆ちゃんはやっと納得したような顔をした。
「そりゃ、良かったねぇ。今年はダメそうだって、諦めていたのに……。そうかい。それだけ総ちゃん、一生懸命頑張ったってことだね」
婆ちゃんは自分のことのように喜ぶ。その笑顔に僕は何故だか、複雑な心境になった。
「いや、運が良かっただけだよ」
罪悪感だろうか? 僕は首を振って、運という言葉を盾にした。
「レギュラーっていうのは、たまたまで、なれるものじゃないだろ。ボケた婆ちゃんだって、それくらいのことはわかるよ。試合に出れる子は、人一倍努力している子。だから、試合に出れるわけだろ」
婆ちゃん。それは大人が子供に教える綺麗事であり、現実ではないよ。
世の中にはきっと、努力を重ねても、才能という壁を前に屈することもある。頑張ったから、全てが報われるわけではないのだ。
もともと僕はサッカーに関しては相当、努力してきたと自負している。
人に『あいつ、なに頑張っちゃってるの?』と噂されたくないので、部活が終わった後は、真っ直ぐ家に帰るが、毎朝必ず5時に起き、ロードワークを行った後、サッカーボールを使って、公園で一人練習していた。でも、結果として同じポジションである相沢先輩と北村君には、全く敵わなかった。
僕は相沢先輩のようなフィジカルもなければ、北村君のような華麗さもない。
ループの力を持つ前、二人より優っていたのは、スタミナくらいではないだろうか。スタミナだけは、努力を重ねた分だけ、体に染み付く努力の証みたいなものだ。
以前、顧問の岡田先生にも「名取はスタミナあるし。ボールカットもそつなくこなすだろ。FWに拘らないで、ボランチ辺りやってみないか?」と、何度か提案されたことがある。
でも、僕は断り続けた。
もしかすると、別のポジションであれば、レギュラーとして試合に出れていたかもしれない。両親や婆ちゃん。そして、七瀬さんにだって、格好いいところを見せられたかもしれない。でも、それは相沢先輩や北村君との戦いから逃げているような気がして嫌だった。
僕は基本、事なかれ主義であり、争いが嫌いだ。なるべく笑顔でいたいと思う方。でも、譲れないと思う部分は、何を言われても引かない頑固さも持っていた。
ああ、ごめん。長々と愚痴みたいな説明になってしまったが、結果として僕が言いたかったのは夢を叶えるのに、努力は必要不可欠だが、努力は必ずしも全てが報われるわけではないということだ。
でも、僕はあえて、それを婆ちゃんの前では言わなかった。
素直に喜んでくれている相手に対し、自分の愚痴を投げつけるのは非常識だ。婆ちゃんの悲しい顔なんて絶対見たくない。しかし、僕が何も言い返さないでいると、婆ちゃんは悪気もなく、僕の心臓をえぐる言葉を口にした。
「婆ちゃん、心配してたんだよ。最近、総ちゃん。朝走ってなかったろ。体調が悪いのか、もしくはもう諦めちゃったんじゃないかって……でも、良かったよ。ちゃんと総ちゃんは、婆ちゃんが見えないところでも、コツコツ努力してたんだね。そうよね、総ちゃんは、昔から頑張り屋さんだったから」
婆ちゃん。もういい。それ以上、言わないでくれ。僕は急に具合悪くなってきた。
そうだ。僕はループの力を使い慣れた辺りから、朝練をしなくなっていた。当たり前の日常という努力を、僕は完全にないがしろにしていたのだ。
前は叶わないだろうと半分諦めていながら、努力すればきっと報われると一縷の希望に賭けていた。綺麗事でも構わない。
そう、実際のところ、結果がどうこうじゃないのだ。
ダメであれば、結果が出るまで努力し続ける。いつだって、僕の心は愚直に挑戦しようと燃えていたはず。負けることは怖くない。本当に怖かったのは諦めるという選択だったはず。
だから、僕は朝起きるのは辛かったが、毎日欠かさず努力を欠かさなかったのだ。
でも、今は違う。ループの力に依存したせいで、僕は朝練を無駄なものだと無意識に判断し、やらなくなっていた。
そして、今わかったが、一番怖いのは無意識の行動。だって、僕は婆ちゃんに言われるまで、朝練をやめてしまったことを気にも留めてなかったのだから。
ループを使い、結果を残せばいいというものじゃない。その力のせいで努力を怠るような人間になってしまえば、僕はループなしでは何も出来ない、空っぽな人間になってしまう。
「婆ちゃん。ありがとう」
僕は俯いていたが、すぐに顔を上げ、真っ直ぐ婆ちゃんの顔を見て礼を言った。
このまま何も考えず、ループの力を使っていたら、僕は自分を見失っていた。それに気付けた。気付けたのは、婆ちゃんがいてくれたおかげだ。
無意識に僕は自分の手を見つめた。
七瀬さんと付き合えるようになったら……そうしたら、このループの力は捨てよう。捨てるのは正直、惜しい力ではあるが、この力は影響力が強すぎる。この能力を持つ時間が長くなるにつれて、僕はループに依存し、いつか正気を失ってしまうだろう。
僕はそう考え、決意を改めることにした。
そして、翌朝から僕は朝練を再開するのであった。




