第51話 彼女の答え
「やっぱり、そうなるわよね。なんでかしら、少しホッとしちゃったわ」
「はい?」
僕は柔らかな笑みを浮かべる水樹さんに対し、拍子抜けしてしまう。
「栞がね、煩かったのよ。名取君が好きなら、私に遠慮せず告白しなって。紅葉が告白したら絶対、名取君、私を投げ出して、紅葉に乗り換えるはずだからって」
「七瀬さん、そんなこと言ってたの」
僕、完全に信用0だな。まあ、もともと七瀬さん、水樹さんに対しての嫉妬心が強かったし。とはいえ、まさか、水樹さん本人を目の前にして、そんなことを口にしていたとは思わなかったな。七瀬さんも案外、怖い者知らずなんだな。
「ああ。でも、ショックだわ。私、チャンスがあれば、名取君を奪い取ろうと思ったのに。まんまと栞に騙されたわ」
「……それ、嘘だよね?」
「えっ?」
髪をかき上げ、残念そうに溜息を漏らす水樹さんに、僕は無意識に口を挟んだ。
それは言葉通り、本当に無意識の発言。口を挟んだ僕に対し、水樹さんは目を丸くさせていた。
「水樹さん。僕に告白を断れるの、わかって告白したでしょ」
「あら。私がそんなことして、なんの得があるのかしら?」
「水樹さんに得なんてないよ。全て七瀬さんのためでしょ」
僕が迷わず、即答すると、水樹さんは目を逸らしてしまった。
構わず、僕はそのまま、思ったことを口にしていく。
「七瀬さんはずっと、水樹さんに嫉妬していた。そのことを水樹さんは知っていたから、わざと僕に告白したんでしょ。水樹さんが告白して、僕にフラれたという事実を知れば、七瀬さんは安心すると考えた。きっと、今回、僕と七瀬さんが別れる理由、自分に責任があると思ってるんじゃない」
今、口にしていることは完全に僕の勘だ。でも、なんだろう。確信に似た自信が僕にはあった。
「でも、違うよ。七瀬さんが僕に別れを告げたのは、僕自身の問題だ。七瀬さんは水樹さんに嫉妬はしていたけど、それでも僕の傍にいてくれた。僕と別れる決心したのは、水樹さんからもらったアネモネを枯らしても気付かないような、冷たい男になったからだ」
だから、水樹さんに責任なんてない。親友の為、君がピエロを演じる必要なんてないんだ。
しばらく考えに耽ったような顔をしていた水樹さんは、不意に顔を上げ「ねぇ」と切り出す。
「いつも自信なさそうな名取君が、なんでそんな自信満々に言い切れるの?」
いつも自信なさそう? そんな風に見られていたなんて初耳だよ。
とはいえ、自信を持って言える理由は決まっている。
「僕が見てきた水樹紅葉という人間は、そういう人だからだよ」
断言すると水樹さんはキョトンと鳩のような顔つきになる。
「水樹さん。君は遠慮なしで言いたいこと言うし、空気を読まずに突っ走る人だから、周りの人には、怖いとか、冷たい奴だとか、誤解を受けやすい人だ。でも、僕は知っている。君は自分を差し置いてでも、相手の幸せを望む優しい人だ。そうだね、僕はなれなかったけど、水樹さんはなれたんじゃない。のび太君に」
自分を差し置いてでも、大切な人の幸せを考慮して行動する。それはとてつもなく難しい行動である。そうなりたいと頑張っても人は結局、自分が一番可愛いから、自分を優先的に考えてしまう。
でも、水樹さんは違う。いつも憎まれ役を演じてでも、大切な人の幸せを第一に考える。真に優しい人だ。
僕はこの時、思った。
きっと他の誰かが、ループの力を手にしていても、僕と同じように過ちを繰り返すかもしれない。
でも、水樹さんだけは違う。
そう、彼女はループを手にしても、すぐに手放す。
僕の知る水樹紅葉はそういう人だ。
てっきり、水樹さんは僕の言葉に対して、私はそんな人間じゃないわ。と、いつもの調子で否定するのかと思ったが、この時は珍しく「ありがとう」と素直に頷き、照れ臭そうに微笑んでいた。
しかし、次の瞬間、僕を睨みつけ、指を差す。
「でも、私も名取君に告白した以上、もう遠慮しないわよ。これからは、栞と殴り合いになってでも、名取君を奪うわ。そうね、いっそのこと色仕掛けしようかしら」
色仕掛けは嬉しいけど、殴り合いは辞めてほしいな。
あれ、でも、その言葉って、つまり。
「水樹さん。それって、僕がさっき言った-―」
と、僕が喋っている途中で、水樹さんは口を塞ぐように、の僕の唇に指を当てた。
答えはない。ただ、羽毛のように柔らかな微笑みを見せると、水樹さんはそのまま、なにも言わず、背を向けて僕の元を去っていく。
僕は呼び止めようと思ったが、体が動かず、水樹さんの後ろ姿を見つめていた。
僕は何故だか、大切な人を失う。そんな嫌な予感が頭の中を過ぎっていく。
最終章 終




