第49話 スタートライン
全ての真相が今、この始まりの場所で打ち上げられた。
本来、知らなければ仰天する話し。でも、ここに来る時点で、僕もある程度は覚悟していたから、それほどの驚きはなかった。ただ、最後の告白だけは想定外で、目が飛び出しそうになる。
私、あなたのことが大好きよ。
最後の水樹さんの言葉で、その前に言った内容全てが一瞬、頭からぶっ飛んでしまう。
しかし、告白した張本人の水樹さんが全然、緊張した面持ちも、気まずそうな感じもない。もしかして、好きというのは、ラブではないのかもしれない。
「ねぇ。好きって、ライクの方?」
バカなことに、僕は思ったことを口にしてしまう。
しまった、と思ったが、もう遅い。眉間に皺を寄せた水樹さんは「ラブの方に決まってるじゃない」と、そこでやっと恥ずかしそうに顔を赤くした。
「なんで、僕のこと――」
「好きになったのかって、聞きたいのかしら?」
僕が言う言葉を予測していたのか、水樹さんは遮るように口を挟んだ。
「そうね。名取君は格好良くないし、男らしくないし、サッカーも特別うまくもない」
なんだろう。どっかで聞いたことがあるフレーズだな。
そう思っていると、水樹さんは広角を上げ、真っ直ぐに僕を見つめた。
「でも、名取君。あなたは優しい人よ」
思い出した。
この告白は七瀬さんと一緒に観覧者に乗った時、僕に向けて言った内容とほぼ似ている。偶然かどうかはわからない。でも、僕はこの言葉を聞いた途端、一気に気分が悪くなった。
そう。一つはっきり言えることがある。
「水樹さん。僕は優しくないよ。僕は婆ちゃんを助けなかった。それだけじゃない。その後、いろんなものを滅茶苦茶にした」
そう。犯してしまったいくつもの過ちは、もう消すことは出来ない真実として残っている。
「水樹さん。僕は四次元ポケットを選んでしまった。ドラえもんを見捨てた人間だ。僕は結局、のび太君にはなれなかったよ」
修学旅行に行ったドラえもん展。僕は水樹さんが、のび太君を尊敬していると言った時、内心鼻で笑っている自分がいた。
だって、のび太君は出来の悪いキャラの代名詞。のろまで、頭も悪く、運動神経も悪い。誰もがこんな風になりたくないと思っているはずだ。
でも、彼はずっと大好きだった、しずかちゃんと結ばれ、晴れて結婚する。
しずかちゃんは何故、顔もよく、なんでも出来る出来杉君ではなく、のび太君を選んだのだろうか? そして、何故、彼は能力が人一倍劣っていたのに、皆から愛されたのだろうか?
そんなの簡単だ。
彼はよくドラえもんの道具に頼ったはいたが、いざという時、一番大切なものがなにかを知っていた。道具の力で天狗になることも多々あったが、なにがあっても絶対にドラえもんのことは手放さなかったし、友達のことも絶対に見捨てなかった。
単純なことかもしれない。が、単純なこと故に、世界の誰もがのび太君のように生きられない。
人は成長すると共に知識を得る。
なまじ知識を得ると人は欲が出る。欲が出ると、人は今よりもより良い幸せを手に入れる為、時に冷静さを失い、我武者羅に走り続けてしまう。
走り続けて、いざ目を覚まし、慌てて後ろを振り返るが、その時はもう手遅れ。
手元に残るのは、着飾って手に入れた偽りの幸せ。本当に大切だったものは、手の平から砂のようこぼれ落ちてしまっているのだ。
今なら水樹さんが、のび太君を尊敬している理由が痛いほどわかる。孤独という絶望に叩き落とされた僕だからこそ、のび太君のように、生きる難しさを知った。
「そうね。名取君、あなたはのび太君にはなれなかった。四次元ポケットを選んだ結果、ドラえもんはいなくなってしまった」
寂しげに目を細め、水樹さんは落胆した様子で祠の方を見つめていた。
水樹さんが僕を幻滅するのもわかる。遠回しとはいえ、僕が道を間違わないよう、水樹さんは手を差し伸べていた。それにも気付かず、僕は暴走し、取り返しのつかない道を歩いてしまったのだから。
気まずさから、僕は目を伏せる。途端、頬に冷たい感触がした。
顔を上げると、水樹さんは目の前に立っている。抱きしめられるほどの密接距離。水樹さんは僕の頬に手を当てていた。
水樹さんの手は酷く冷たい。でも、なんでだろう。僕はその中に暖かさを感じた。
僕を見つめる水樹さんの目は優しい。それは子供を叱った後、慰めるような母親の目。
ああ、思い出した。それは小学校の時、学校に謝りに行って、慰めてくれた母さんの目と似ている。
「でも、あなたの人生はまだ終わってはいないのよ。リセットボタンはないの。今、ここから、あなたはループなしで、生きなくちゃいけない。過去の過ちは消えない。だから、一生抱えて生きなさい」
確かにそうだ。ループは失ってしまったが、僕の人生は終わったのではない。むしろ、たくさんの過ちを繰り返しながら、またスタートラインに立ったのだ。
水樹さんは触れていた手を引っ込めると、その手を僕の胸に当てた。
「さっきも言ったけど、この先、ハッピーエンドになるか。バッドエンドになるか。それはこれからの名取君次第よ」
そう言って、水樹さんは笑った。
しばらくの間、僕はその場で今後のことを考えた。
考えた結果、僕はまず、最初にしなければいけないこと思い浮かぶ。
それは水樹さんの存在――そして、協力が必要不可欠なことだった。
「水樹さん。お願いがあるんだ」




