第3話 家路へ
季節は夏。今は七月ということもあり、十八時を回ってもまだ外は明るい。部活を終えて、家に帰る道中、空を見上げると茜色に染まる夕日が山に中へ沈みかけようとしていた。
自宅に到着し、玄関を開けて「ただいま」と声を出すが反応がない。留守か? いや、それはない。留守だったら、そもそも鍵は開いてないし、明らかに台所の方から物音がする。
玄関で靴を脱ぎ、そのまま台所に向かう。案の定、そこには母さんがいた。鍋はコトコトと音を立てており、台所に入った途端、スパイシーで刺激的な匂いがする。
「あら。びっくりした。帰ってたのね」
台所に入ってから、母さんは僕の姿に気付く。
「ただいま。今日はカレー?」
僕は献立に目を向ける。母さんは「そうよ」と、頷きながら視線を給湯器の方に向けた。
「お風呂沸いてるから、先に入っていいわよ」
おお、それは助かる。部活終わりで、体操着から制服に着替える際、タオルで体を拭き、汗の匂いを消そうと消臭スプレーを使うが、それでもジメジメした湿っけが体に残ってしまう。
「ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて」
一言礼を言うと、僕はすぐに風呂場に向かった。
シャワーを浴び、シャンプーをしてから、浴槽に浸かる。大袈裟かもしれないが、運動した後の風呂はやはり格別だ。両手で浴槽のお湯を顔に浴びせ、髪の毛をかきあげる。
僕は天井を見上げ、今日一日あったことを思い出していた。
今日、七瀬さんの方から話しかけてきてくれたな。普段、誰にでもフレンドリーに話しかける子ではあるが、二人きりで話しをしたのは初めてだ。しかも好きな子に、自分の噂話を振ってくれるのは素直に嬉しい。
レギュラーか。この力を使って、試合でゴールを量産し、東北大会に行って優勝する。そして、期末試験で一位を取るのも容易だろう。
そうすれば、七瀬さんは僕に好意を持ってくれるだろうか?
人が、人を好きになる理由は十人十色。
頭が良い人が好き。スポーツ万能な人が好き。容姿が整っている人が好き。優しい人が好き。もしくは理屈ではない理由で好きになることだってある。実際、七瀬さんがどの分野に該当するかは定かではない。
頭の良さやスポーツ万能なところは、ループの力で補えそうだが、容姿は生まれ持ったものだし、優しさは性格の問題だ。後者の二つを七瀬さんが求めているとしたら、付き合うまでに発展するのは、困難なものになるだろう。
まあ、慌てることはない。中学生活は後、一年半以上ある。ゆっくり吟味していこう。
てか、やばい、頭がボーッとしてきた。長風呂になってしまったな。僕はのぼせる前に早浴槽から出ることにした。
僕は風呂にあがると、すぐにスエットへ着替える。
先に台所を向かうと、母さんは椅子に座り携帯で電話している。僕が入ってきたのを一瞥するが、特に気にするもなく電話を続ける。料理は出来たのか、まだ途中なのかは定かじゃないが、話しが終わる気配はなさそうだ。
僕は冷蔵庫に入った麦茶をコップに注ぎ、居間へ向かう。
居間には先程いなかった婆ちゃんが座ってお茶を飲んでいた。テレビは点いているが、観ているのか観てないのかは怪しい。ただ点けているといった感じにも見える。
「婆ちゃん、おかえり。どっか行ってたの?」
婆ちゃんは僕に声をかけられて、少し驚いたような反応で振り返る。
「おお、総ちゃん。帰ってたのかい」
婆ちゃんはニコニコした顔を僕に向ける。
帰ってたのかいって、僕の靴や鞄を見て気付かなかったの? と普通は突っ込むところではあるが、さすがに婆ちゃん相手にはそれは言わない。
婆ちゃんは今年で70歳という年齢の部分もあるが、昔からのんびり屋さんで、注意力や警戒心があまりない。かなりマイペースなので、稀に振り回されることもある。
「今日は近くの山を散歩していたよ。山菜もよう取れたわ」
「一人で? 婆ちゃん、前も言ったけど最近、山に熊出るって話しだから。気をつけてよ」
せめて鈴とか付けて欲しいな。最近、木の伐採で山の面積が減ったせいか、山だけではなく住宅街に熊や猪が出てくることも増えた。
「大丈夫。熊だって理由なく、人を襲ったりせんよ」
「にしても危ないよ。ヤダからね、婆ちゃんが熊に襲われたら。僕、泣くよ」
「総ちゃんは本当、優しいね」
「優しくないよ。普通だって」
僕はごく当たり前のことを口にしたまで。別に優しくはない。
いつものことだけど、婆ちゃんと話すと調子が狂うな。と思いながらも、僕は正面にあるソファーに座り、コップをテーブルに置いた。




