第44話 親友への嫉妬・そして別れ
「私ね。あの花見た時、正直ショックだった」
目を潤ませる七瀬さんを前に、俺は胸が締め付けられる思いになる。
今でも覚えている。あの時、見せたあの絶望的な七瀬さんの顔。
きっと、ショックだったに違いない。七瀬さんから見れば、水樹さんは一番の親友だ。そんな水樹さんからもらった花を大事に育てる彼氏なんて嫌に思って当然だ。
「ごめん。俺が水樹さんの花を育てなければ」
俺が謝ると七瀬さんは「違う! そうじゃない!」と、首を振り、癇癪を起したように声を荒げる。
「私、あの時、ショックだったけど。それは嫉妬とかじゃないの。自分自身に対しての幻滅だった」
自分自身に対しての幻滅? どういうことだ。
七瀬さんはあの日、アネモネを見た時に感じた想い。
そして、突然俺にキスをし、一緒にS高を目指そうと決意した理由が語られることになる。
「名取君。昔から、誰にでも優しかったよね」
「それは七瀬さんも一緒でしょ」
誰にでも平等に優しい人。その素晴らしい長所の代名詞は、七瀬さんにこそ相応しい言葉だ。
「ううん。面倒臭いことから目を背けて、八方美人に付き合う私とは違う。私と違って、名取君は面倒臭いことも関わろうとしていた。不器用で、いつも北村君に対して、女々しい嫉妬していたけど、それでも北村君と真っ直ぐに向き合って、仲良くしている二人が私は羨ましかった。でも、私は違う。紅葉という親友を手放したくないあまり、私は紅葉と真っ直ぐ向き合えなかった。今でもそう。下手なことを言ったら、紅葉が私を嫌いになるんじゃないかって、いつも怯えている。それなのに、名取君は紅葉とも真っ直ぐに向き合っていた。紅葉に酷いこと言われても、名取君は全てを受け入れていた。私、二人が仲良くなっていくのが、見てわかったの。私、名取君のこと気になっていたけど、きっと名取君は紅葉のこと好きだと思っていたから。だから私、告白された時は物凄く嬉しかった」
確かに観覧者で告白する時、七瀬さんは同様のことを言っていた。ずっと、俺が水樹さんのことを好きだと勘違いしていたっけ。
ああ、なんだろう。一年くらい前の話しなのに、もう随分昔の記憶に思えてしまう。
「でも、あの花を見た時、わかったの。ああ、そうだ。紅葉は名取君のこと好きなのにその後、私達の邪魔をするどころから、北村君と付き合うと嘘ついて気遣ってくれた。私はいつも紅葉に助けてもらってばかりだった。イジメの時も、名取君と付き合う時も」
七瀬さんは悔しそうに握り拳を作る。自分の弱さを嘆いているようだった。
その瞬間、俺は仁と目が合う。
仁は口を挟むべきか迷っている様子だったが、俺はもう少し話しを聞こう。そういう意味で首を振る。アイコンタクトが通じたのか、仁は素直に頷いた。
「でも、ダメだった。卑怯で汚いかもしれないけど、あの時、私は絶対に名取君を手放したくないと思った。でも、時々不安になるの。いつか紅葉が本気で名取君に告白しにいったら、どうしようって。私、紅葉みたいに顔も心も綺麗じゃない。真剣勝負したら私、紅葉には絶対に敵わない。だから私、名取君を離れないよう、あの瞬間から同じ高校に通えるよう必死になった」
そうだったのか。なんとなくそう思っていたが、本人の口から聞くと実感が湧く。
七瀬さんは嫉妬深い性格だった。でも、思い返してみれば、誰に対してでもなく、水樹さんに対しての嫉妬が異常だった気がする。
それはきっと、水樹紅葉という人間の良さを、七瀬さんが一番知っていたから。
結果として、七瀬さんは水樹さんのことが大好きなのだ。だから、彼女はその存在に怯え、自己嫌悪に苛まされていたのかもしれない。
「でも、不思議なものだよね。私ね、あの花、ずっと憎かったんだよ。なのに、こないだ、あの花が枯れているのを見て、私ね、名取君への感情がなくなったの」
感情がなくなった。
静かに語るその口調は言葉の通り、七瀬さんの顔も無表情に近いものにしていた。
「付き合った当初、私よく名取君の頼りないところに不満を抱いていた。でも本当は違う。そんな頼りないところも含めて私、名取君が好きだって最近、知った。高校に入ってからの名取君、凄く頼りになるし、男らしくなったと思うよ。学校内でモテモテだしね。でも、私は頼りなくても、女々しくても構わない。いつも優しくて、花に水をあげる名取君が大好きだった」
七瀬さんは最後、大きく深呼吸をする。そして、俺に言った。
「北村君の告白はね、断ったよ。でもね、私、もう名取君とは一緒にいたくない。もう、別れよう。これ以上、私、名取君の事、嫌いになりたくない」
俺は七瀬さんに別れを告げられた。
今まで俺は七瀬さんだけは傷付けたくない。笑っていて欲しいと第一に考えていたのに。
結局、七瀬さんのことを一番、傷つけてしまったのだと。
俺は今更になって気がついた。




