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無題  作者: 結城智
第5章 ~中学3年の冬 そして高校生~
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第43話 平手打ち

「名取君。違うよ」


 突然、七瀬さんが口を挟む。その時、七瀬さんは憎悪のこもった目を僕に向けていた。


「紅葉は名取君のことが好きなの。絶対に間違いない」

「何言ってるの? 七瀬さん」


 嫉妬心でついに頭がおかしくなったか。と、僕は呆れてしまった。その話しを聞いた仁もおずおずした様子で手を上げる。


「いや、実を言うとさ、俺もずっとそうじゃないかって思ってたんだよな。なんていうかさ、水樹が男達に見せる顔。総司にだけ、なんか違うよなぁって」


 頭がおかしいのは七瀬さんだけかと思ったら、仁までも変なことを言いだした。

なんだ、このカオスな展開。もう訳が分からん。


「なんだよ、仁まで。ああ、そっか。あれだろ。七瀬さんと付き合う為、俺と水樹さんをくっつけようとしているんだな。それだったら、お互い争わずに済むもんな」

「違ぇよ! そういう意味で言ってたんじゃねぇ」


 俺は本当に性格が悪くなった。


 最低だなと罵られてもおかしくない発言に当然、仁も不機嫌な声をだす。

 知っている。そう、本当は知っているはずじゃないか。


 他の誰かならまだしも、北村仁という男はそういうズル賢い作戦は使わない。いつも正々堂々で、回りくどいことが大嫌いな奴なのだから。


 そして、次の瞬間、俺の頬に平手打ちが飛んでくる。


 ああ、そうだよな。


 今のは叩かれても文句は言えない。でも、俺は納得できなかった。


 何故かって? いや、だって仁に叩かれるのはわかる。でも、立ち上がって、俺に平手打ちしたのは仁ではなく、七瀬さんの方だった。


 俺は起こった事態が飲み込めず、呆然としてしまう。その光景を目の当たりにした仁も、びっくりした様子で目を見開いていた。


 仁は初めて見るだろう。だが、心配いらない。俺も初めてだよ。


 七瀬さんが誰かを平手打ちする姿なんて初めて見た。


 ああ、そっか。さっきの俺の発言か。


 確かに彼女である七瀬さんが聞いても、俺の言葉は気持ちのいい言葉ではない。あれは仁だけではなく、七瀬さんに対しても暴言だったのかもしれない。

 

 ところが、七瀬さんも完全に無意識の行動だったようだ。俺を平手打ちした後、はっとした顔をした七瀬さんは自分の手を見つめ、肩を震わせていた。


 数秒、俺達の間で静寂な時間が流れたが、先に口を開いたのは七瀬さんの方だった。


「ねぇ、名取君。アネモネはどうしたの?」

「えっ?」


 アネモネってなんだ? 呪文か?


 俺が思い出せずにいると、七瀬さんは苦虫を噛み潰すような顔をする。


「紅葉から勧めてもらった花だよ」

「ああ、あの花ね」


 そういえば、そんな花あったな。最近、見てないけど。


「名取君、知ってた? あの花、枯れちゃったんだよ」


 七瀬さんの口調は静かだが、俺を厳しく咎めるような口調だった。その事態を知らない俺は何も言えず、苦し紛れに目を逸らし黙り込む。


「知らないよね。だって、名取君、高校に入ってから、いつも上しか見てないもん。サッカーも勝つことを優先して、チームを滅茶苦茶にした」

「そんなことを言っても」

「うん、わかるよ。名取君はきっと見えないところで、相当な努力をしたんだよね。そうでなければ、説明がつかないほど、凄い活躍だったよ。その頑張りを私、本当は彼女として喜ぶべきなんだよね。全国大会、優勝おめでとうって」


 自問自答するように七瀬さんは辛そうな顔をする。


「でも私、名取君の試合見ると辛いんだよ。だって、ゴール決めても名取君、全然嬉しそうじゃない。むしろ、逆。ゴールを決めれば、決めるほど名取君、悲しい顔してた。チームの仲間も誰も寄ってこない。こんなこと、中学校の頃、考えられた? ねぇ、北村君。そう思うよね」


 いきなり七瀬さんに話しを振られた仁は「えっ、俺?」と、不意打ちにあった感じに目を丸くさせると、考え込むように腕を組む仕草をみせた。


「まあ、俺も試合見たけど、正直、別人かと思ったよ。いや、あれだけ点を決めたんだ。凄いと評価するべきなんだけどさ。総司の良さが完全になくなっていたな」


 宙を見上げながら、仁はゆっくりとした口調で話し続ける。


「中学時代、総司のあの我武者羅なプレーが、チーム全員に勇気を与えていた。実は俺さ、ずっとお前に嫉妬してたんだぜ」

「嫉妬? サッカーで仁が僕に?」


 そんなの嘘だろ。間違いなく、サッカーは仁の方が活躍していたはずだ。疑う目を向けてしまったのか、俺の目を見た仁は「あっ。信じてないだろ」と、苦笑していた。


「だってよ、俺がゴール決めるより、総司が決める方がチームは盛り上がった。俺みたいな華麗なシュートより、体ごと突っ込んで、泥まみれになる総司のシュートが皆に勇気を与えた。普段からそうだよ。総司は不器用で失敗も多かったけど、それにも腐らず、一生懸命に頑張っていた。そして、面倒事からも逃げないで、いつも周りの奴等の気持ちを気遣う、優しい総司だから皆に愛されたんだ」


 長々と仁は心中を語り終えると、長い溜息を漏らし、俺を真っ直ぐに見つめた。


「だから、こないだの試合を見た時は残念だったよ。凄いとか、羨ましいとかは全然、思わなかった。むしろ、同情した。見ていられなかったよ。お前のプレー、クソつまらなかった」


 全国大会優勝。MVP獲得。結果としては、文句をつけようがない活躍だった。


 だから、テレビや雑誌では俺を褒めちぎった。その結果だけを耳にした人達は、俺を凄いといって声をかけてくれる。


 でも、実際に試合を見た人達は誰も俺を褒めてくれなかった。

 チームが勝った後、仲間も監督も活躍した俺に何も言ってくれない。むしろ、シュートが決まれば決まるほど、皆との距離は遠くなっていった。


 一番、不快な顔をしていたのは母さんだった。


 全国大会優勝した後、俺は母さんに一言もおめでとうと言われず、説教されていた。


「総。なにあのサッカー」

「なにって、なんだよ」


 その時、母さんの目はマジだった。



 昔から母さんは宿題をやらないとか、テストの点数が悪い時もそんなに怒らない。まあ、落第しない程度に頑張りなさい、程度。でも、道徳的な面では非常に厳しい人だった。

 小学校の頃、放課後に俺と友達は誰もいない教室で、ボール遊びをしていた時に花瓶を割ったことがある。その時、俺達は正直に先生に打ち上げることを恐れ、ずっと黙っていた。


 が、後日、状況が思わぬ方向に転ぶ。


 そう、花瓶を割った犯人が全く関係ない、生徒に目を向けられる事になる。その生徒は「俺じゃない」と否定していたが、皆が信じていない目をその生徒に向けていた。


 当時、その生徒は放課後にまだ学校いたという事、また普段から素行が悪い生徒だった為、皆が色眼鏡でその生徒を見ていた。


 呵責の念に耐え切れなくなった俺はその後、母さんにその話しを打ち上げた。


 途端、母さんは言葉を吐くより先に、俺の頬を思いっ切り平手打ちした。


 びっくりし、頬を抑える俺の首根っこを掴み、鬼の形相で母さんは


「総! 今からその子の家に行って謝りに行くよ! 学校にもよ!」


 と、言って俺はその後、犯人として疑われていた子、村瀬君の家に向かう。


 村瀬君宅へ行き、玄関に出てきた村瀬君のお母さんが出てきた途端、母さんは開口一番、頭を深々と下げて「申し訳ございませんでした!」と、謝罪していた。


 この時、頭を下げていた母さんの横顔は今も鮮明に残っている。自分が付いた嘘は自分だけでなく、全然関係ない人、そして大事な人を傷付けるのだと俺は痛いほど実感した。


 その後、村瀬君家の謝罪を終えると、そのまま学校にも行き謝罪した。

 全ての謝罪を終え、学校から家までに向かう帰り道、母さんは俺の頭に手を当てる。家で平手打ちされたばかりの俺はビクッと体を震わせた。


 恐る恐る顔を上げると、母さんは怒っておらず、むしろ優しく微笑んでいた。


「総。あなたが今回付いた嘘は本当にダメな事。嘘はね、付いていい嘘と、付いてダメな嘘があるの。付いていい嘘はね、相手を思う優しい嘘。ついてダメな嘘は誰かが傷付いてしまう嘘。今回、あなたがついたのはダメな嘘。その嘘で全然関係ない村瀬君を傷付けた」


 俺は母さんのその言葉を耳にした途端、目尻が熱くなった。


「でもね、総司。あんたは途中でダメだと思って、母さんに正直に打ちあげてくれた。母さん、それがとても誇らしい」

「でも、僕は嘘を付いた」


 罪悪感からか俺の頬からは涙が零れ落ちる。母さんはそんな俺を見て微笑んでいた。


「そうね。でも、人は皆、過ちを犯すものよ。母さんだってそう。でもね、大事なのはその後。後になって、自分の過ちに気付き、正直に打ち上げられる人は中々いない。だからね、総。その気持ちは絶対に忘れちゃダメだからね」


 と、言って、母さんは俺の頭の上にあった手を動かし、優しく撫でてくれた。



 あの小学校の時。俺の頬を引っぱたいた時の顔と、今の母さんの顔は瓜二つだった。


「いつからあんたはあんな酷いサッカーをするようになったの?」

「酷いサッカー? 俺、MVPで得点王なんですけど」

「は? なにそれ。こないだのサッカー、あんた、ただシュート決めただけじゃない」


 FW選手に対して、ただシュート決めただけ。と言って、批判してくるの、きっと母さんくらいだよな。


「母さんね。ずっと言わなかったけど、中学校の頃、あなたのサッカーが結構好きだったのよ。まあ、活躍は仁君の方がしてたけど、総司の周りにはいつも人が集まっていた。母さん、あんたがシュート決めるより、それが嬉しかった。お婆ちゃんもそうよ。いつも総司の周りに人が集まっているのを見て、お婆ちゃん『総ちゃんは皆に愛されてるねぇ』って嬉しそうに目を細めていた。だから、こないだの試合、お婆ちゃんが見たら悲しむわよ。母さんの言っている意味わかる? 一度、真剣に考えなさい」


 と、一方的に説教して部屋から出て行ってしまった。



 道徳的な母さんが幼い頃、耳にタコが出来るほど、言い聞かされた教えがある。


 総。人には優しくしなさい。優しくしても、その優しさが必ず返ってくるとは限らない。

 それでもね、人に優しくしなさい。そのせいで、相手からは単純な奴だと笑われ、それで損することや騙されることもあるかもしれない。

 でもね、総。それでも人には優しくしなさい。


 バカを見ていると思うかもしれない。でもね、本当に辛くなった時に後ろを振り返りなさい。あなたに手を差し伸べてくれる人が必ずいるから。


 優しさを手抜きするとね、人は孤独になるの。後ろを振り返っても、誰も手なんて差し伸ばしてくれない。当たり前よね。人に優しく出来ない人が、相手に優しくしてもらえるはずないもの。

総。だから、約束。馬鹿でもいいから、優しさだけはなくさないで頂戴。


 母さんは俺が間違った方向に行かないよう、しっかり教えてくれたのに、今はその道をずいぶんと離れてしまった。

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