第42話 偽装
家に入ると、玄関まで出てきた母さんは、二人の顔を見るなり嬉しそうに声を上げた。
「あら、栞ちゃん、久しぶり。仁君も中学以来よね。良かったわぁ、最近、二人の顔見ないから、総の奴、愛想尽かされて捨てられたかと思ったわよ」
と、完全に息子をバカにしているとしか言いようがないセリフを口にする。
しかし、確かに七瀬さんが家に来るのも久しぶりだ。サッカーの試合前から、互いに忙しくて、俺達はデートらしい、デートもしていなかった気がする。
七瀬さんはぎこちない笑みで頭を下げると、開口一番に「お久しぶりです。あの、塔子さんにお線香あげていいですか」と尋ねる。
「ええ、是非あげて頂戴。お婆ちゃん、二人が来てくれて喜ぶわよ」
と、言って、母さんは上機嫌になる。
そのまま、七瀬さんと仁は婆ちゃんの仏壇に線香をあげていた。
印象的だったのは、線香をあげて七瀬さんが手を合わせ拝んでいる時間が、一分以上経つんじゃないかと思うほど、長いものであった。
婆ちゃんに線香をあげた後、二人をそのまま、俺の部屋に案内する。
仁に関しては久々の再会。
本当は嬉しいはずなのに、何故か気まずさしかなく、俺は開口一番に「ところで今日はどうしたの?」という、当たり障りのない切り出し方になった。
「ああ、急に悪いな。本当は久々の再会で、積もる話しもあるんだけど。それは次の機会にしよう。今日は大事な話しがあるんだ」
仁はそう言うと、正座にして深々と俺に対し、頭を下げた。
一体なんのつもりだろうと躊躇していたら、仁は突然、
「すまん。俺、こないだ七瀬に告白してしまった」
と、とんでもない告白をぶち込んできた。
次の瞬間、俺は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。結果として吹き出すことは免れたが、気管に入ってしまい、俺は酷くむせてしまった。
「な、なんの冗談だよ」
「冗談じゃない」
俺が驚いた声を出すと、仁は真剣な顔のまま、こちらを見つめている。
参ったな。これはマジな時に見せる仁の顔だ。
大体、仁がこういう部類の冗談を言う奴じゃないのは知っている。なら告白したというのは、本当のことなんだろう。
俺は七瀬さんの方に視線を移す。
七瀬さんは気まずそうに顔を伏せているかと思ったが、実際は違った。むしろその逆。
目を逸らすどころか、俺のことを直視している。まるで、俺がどんな反応するか観察するような目だ。
「七瀬さん。仁の言っていることは本当?」
「うん。本当だよ」
「そっか。仁、水樹さんとの関係はどうなってるだ?」
俺は七瀬さんの答えを聞いてから、すぐ仁に向け質問した。
仁は水樹さんと付き合っているはずだ。それなのに、七瀬さんに告白するなんて酷い話しじゃないか。
ところが、俺がそれを口にした途端、仁の目は点になる。
次の瞬間、仁は七瀬さんに向かって「もしかして、総司。知らないのか?」と聞いており、対して七瀬さんは「知らないと思うよ。私、ずっと黙ってたから」と、バツが悪い顔をする。
それを聞いた仁が、頭を抱えるような仕草をみせると「うわぁ。マジかよ」と、露骨に面倒臭そうな顔をした。
「あのな、総司。話しが一旦、脱線してしまうかもしれないけど……俺と水樹はもともと付き合ってないんだ」
「は? なにを言ってるの?」
もともと、付き合ってないって、どういう意味だ?
俺が理解に苦しんでいると、仁は歯切りが悪い表情をする。
「遊園地で俺と水樹が付き合うって告白した件。あれ、嘘だよ」
「嘘ってどういうことだよ」
全然話しが見えない。仁の言葉は日本語なのに、意味が全くわからなかった。
「あの日、遊園地で総司と七瀬、二人で観覧車に乗った時があったろ。あの時、水樹に言われたんだよ『名取君の告白はきっとうまくいく。でも、付き合いが始まっても、あの二人は私達に遠慮するだろう』って。そこでいきなり水樹が『ここで提案なんだけど、私と北村君も付き合うことになった、という嘘をつくのはどうかしら』と、提案してきたんだ」
なんだって。じゃあ、今まで二人は付き合っている振りをしていたというのか?
信じられない。今になって思い返しても違和感がある。
だって、普段から仁と水樹さんはよく一緒に帰っていたし、休憩時間も二人きりでいることが多かった。
学校内で仁と水樹さんが、付き合っていることはクラス中。いや、学校中に噂が広まっていたくらいだ。仁はモテたから、同級生だけではなく、下級生の中でも、落ち込む人が続出したと聞く。
そう考えると、仁が水樹さんの話しに乗っかるメリットはまだわかる。
仁は女の子に告白されるたび、断ることに苦痛を感じていたから、偽装彼女として水樹さんの存在は都合の良いものだったはず。
でも、水樹さん自身には、何のメリットなんてなにもないはずだ。
むしろ、水樹さんは周りの女の子から反感を買う。むしろ損をしている。
その嘘をついた理由の全てが、俺や七瀬さんを気遣うためだけの嘘だったというのか?
だとしたら、意味がわからない。
七瀬さんがS高を志望した切っ掛けもそうだが、水樹さんのその無償の優しさも、俺にとってみれば、とてつもなく気持ち悪い行動に思える。
「異常だよ。なんの得があるんだ。そんな嘘をついて」
ついに俺は胸に抱えていた本音を口にしてしまった。
「ああ、俺にはメリットがある話しだから、付き合ったけど。水樹はなんの得もないよな」
俺もそう思う。そんな口振りで仁は頷く。
「もしかして、水樹さん。本当は仁のこと好きだったんじゃないのか? それじゃなきゃ、説明つかないだろ」
可能性の一つとして、水樹さんは本当に仁が好きだった。だけど、直球で告白するのは恥ずかしいから、俺達に気を使うという虚言の提案を使い、仁と付き合う方向に持っていく。
だから、水樹さんの中では、仁と付き合うのが一番の目的だった。
そう、実際そう考えた方が自然。それが本当だとしても、俺は汚いやり方だと非難する気は更々ない。むしろ、その方が理解出来るし、まともな行動だと思う。
仁は俺の意見に対し「そうかなぁ? 正直、俺、水樹にLOVEな感情抱かれてた感じゼロだったんだけどな」と、どこか納得出来ていない様子だった。




