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無題  作者: 結城智
第5章 ~中学3年の冬 そして高校生~
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第40話 水樹さんの願い

「なんで、七瀬さんは嘘を?」

「バカなの?」

「えっ?」

「そんなことも気付けないくらい、性根が腐ったの? と言っているのよ」


 水樹さんは酷い口調で言う。この時、見せた水樹さんの目は初めて見る目だった。

 中学時代もたくさん酷いことは言われてきた。でも、目の奥には必ず暖かいものがあった。

 でも、今は違う。今は汚物を見るような、冷たい目をしている。


「なんで、栞が見に行くって言わなかったか。そんなの簡単でしょ。彼氏が試合で孤立している状態なのに。見に行きますなんて、気まずくて言えないでしょ」


 言葉の凶器。俺は鈍器で頭を殴らせる感覚を覚えた。


「シュートを決めても、誰もあなたの元に駆け寄ってこない。試合に勝っても、チームの誰もがニコリともしない。そんな姿見て、誰が喜ぶのかしら? 確かに名取君、あなた個人の成績を見れば、高校サッカー史上、最高の選手だったかもしれない。でも、今大会は高校サッカー史上、一番盛り上がらなかった試合だったわ。なんて言うのかしら、白熱しなかったのよね。まるで、TVゲームをスタートさせる時、最初から主人公のレベルを99にさせる裏ワザを使って、敵を倒していくような、そんなつまらなさ」


 水樹さんは鈍器で俺の頭を叩き続ける。じわじわとした頭の痛みは、だんだんと痛みから熱さへと変わっていく。


「名取君。中学時代のあなたの試合は最高だったわ。もう我武者羅で、ひたすら真っ直ぐにシュートを入れようという執念。あの一生懸命な目をする名取君が、栞は好きだった。結果、シュートが入らなかった時も多かったわ。総合的な活躍や評価は北村君の方が上だったかもしれない。でもね、栞はあなたのプレーの方が好きだった。それはきっと皆も一緒。だから、名取君がシュートを決めた時、チームの盛り上がりは最高潮に達し、皆があなたに駆け寄っていった」


 この時、俺は中学時代のサッカーを思い出していた。


 あの時、ループを使った試合は二試合。

 最初は二年生で、初めて試合に出た地区大会の準決勝。大量得点を取って、試合に勝った。


 そして、最後は中学最後の試合となる地区大会決勝。仁に七瀬さんを奪われたくなくて、仁との勝負に勝つため使用した。

 どちらの試合も俺は活躍したが、心から嬉しいと思わなかったし、思えなかった。むしろ、二回目に使用した試合に関しては、サッカーを辞めたいと思う切っ掛けにまでなった。


 逆にループを使わなかった試合に関しては俺自身、活躍したものもあったし、ダメダメな試合もたくさんあった。でも、それは結果論であって、試合中、俺はサッカーが楽しくて仕方なかった。


 ループのように、最初からわかる世界とは違う。なにが起こるかわからない世界で、起こる全ての出来事が新鮮で、美しく、輝いていた。


「栞ね。名取君がシュート決めても、全然嬉しそうじゃなかったわよ。むしろ、あなたがシュートを決めれば決めるほど、辛そうに頭を抱えていた」

「でも、七瀬さんは俺にサッカーで全国大会に行って欲しいって。だからS高に」


 そうだ。全てはあの日――七瀬さんがS高を選んだ理由が、俺にサッカーの未練を果たして欲しいと言ったから。


 だから、俺はそれを実行したまで。結果として、七瀬さんの願いは叶えているのだ。


「名取君。あなた、なにもわかってないわね。栞はあなたに全国大会に行って欲しかったわけじゃない。あなたが楽しく、サッカーをやって欲しかった。別に活躍なんて求めてない。栞は優しい名取君のまま、チームメイトと笑っていて欲しかっただけ」

「そんなこと言われても」

「ええ、そうね。今の名取君にはわからないでしょう。だって名取君、ある期を境に栞を真っ直ぐに見ようとしなくなったもの。きっと、塔子さんが死んでからね」


 婆ちゃんの名前が出て、俺はショックのあまり、つい水樹さんを睨みつける。しかし、水樹さんはひるまない。むしろ、俺が睨みつけると逆に嬉しそうに口元を緩めていた。


「名取君。私はあなたをのび太君だと思っていた。不器用で口下手で、人の気持ちを優先するばかりに、自分がハズレくじを引いて損する。損してるのに『でも、まあ、良かったよ』って笑う、優しいあなたが私は大好きだった。私だけじゃない。栞だって、北村君だって、他の皆だって、名取君のそういう優しいところが好きだったのよ」


 俺は何も言い返せず、ただ、俯くことしか出来なかった。


「ねぇ。なんで、名取君は四次元ポケットを選んでしまったの? あなたはあの時、四次元ポケットのないドラえもんを選ぶって言ったのに。なんで?」


 訴えかけるような口調で、水樹さんは俺の腕を力一杯に握る。


 痛い。そんなに強く握らないでくれ。それに久々に現れて、そんな無責任なこと言わないでくれ。


 俺は婆ちゃんを見殺しにした。

 それなのに今更、ループの力を手放すわけにはいかないんだ。

 婆ちゃんを助けなかった以上、俺はこのループの力で幸せにならなきゃいけない。それが婆ちゃんを殺した俺の責務だ。そう思い、俺は水樹さんの腕を振り払おうと顔を上げると、目を疑う光景が飛び込んできた。


 そう。信じられない光景。


 けして弱音を吐かない。いつも堂々として、尻込みする姿も見たことがない。喜怒哀楽で俺は水樹さんの喜、怒、楽しか、見たことがなかったのに。


 そんな彼女が今、俺の前で大粒の涙を浮かべていた。


 そして、水樹さんは俺の顔を真っ直ぐに見つめ、弱々しい声で一言、


「お願いよ、名取君……早く元に戻ってきてよ」


 と、願望するように水樹さんは俺の腕を更に強く握り続ける。


 この時、俺は何も言えず。

 ただ、唇を噛み締め、目を逸らすことしか出来なかった。


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