第37話 重荷
四月。季節は春。ついこないだまで、白い結晶が空を舞っていたが、今は少しずつ暖かさを肌で感じるようになってきた。
その後、僕と七瀬さんはS高に入学する。
七瀬さんは高校に入ってから、また一段と可愛くなった。いや、正確には綺麗になったという表現の方が合っている。
前は可愛い小動物のような印象だった彼女。でも、今は髪をかきあげる姿や笑い方など、一つ一つの動作が大人の女性に一歩近づいていた。
髪も以前はショートカットだったが、僕と付き合ってから半年以上、一度も髪を切っていないので、今は肩にかかるほどまでに髪の毛が伸びている。残念ながら、クラスは一緒にはならなかったが、七瀬さんは付き合っていることを隠す素振りもなく、入学早々に僕のクラスに入って来たので、周りの生徒はすぐに僕達が恋人同士であることを理解してくれた。
「ねぇ。名取君はもちろん、サッカー部に入るんでしょ?」
入学して一週間ほど経ったある日、廊下を歩いていると七瀬さんが唐突に話しを振ってきた。
「あー。そういえば、部活の届け出、今週中までだね。七瀬さんはテニス部?」
「当たり前だよ。中学では全国まで後一歩及ばなかったしね。高校では全国を目指すよ」
「そう。頑張ってね」
「うん。てか今、さりげなく話題を入れ替えたね。名取君も中学の未練を果たしたいでしょ。北村君から前、聞いたよ。決勝で負けた時、名取君悔し泣きしてたって。相当、悔しかったんだろうなって、北村君、嬉しそうに話してた」
仁の奴、余計なことを。
でも、七瀬さん。それは違うんだ。あの時の涙は悔し泣きではない。仁が言うように悔しいという言葉はあっているかもしれないが、悔しいという意味合いは天と地ほど違う。
正直、僕はもうサッカーをしたくない。というか、してはいけないと思っている。
「私ね。実は入りたい高校。最初はN高だったんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん。言っちゃ悪いけど、S高の制服ってあんまり可愛くないから。知ってる? N高の制服は可愛いで有名なんだよ。それが理由で、N高に入りたいって女の子も多いくらい。学力的にも同等だからさ。入るならN高だと思ってた」
「なら、どうしてS高にしたの」
「そんなの、名取君と一緒の高校に行きたかったからだよ」
当たり前でしょ。みたな顔で七瀬さんは言う。
しかし、僕はなにを言っているのか、さっぱりわからなかった。僕が黙ってしまうと、その様子に気付いた七瀬さんはポカンとした顔をする。
「あれ、言ってなかったっけ? S高のサッカー部って強豪なんだよ。五年前には全国大会に出場したし、過去にプロのサッカー選手を輩出した高校でもあるし」
「だから?」
「名取君。サッカー部入ったら、全国行けるじゃん。ほら、だってテニスは個人技だからさ、私一人が死ぬ気で練習すれば、全国行けるけど。サッカーは団体競技でしょ。名取君一人が死ぬ気で頑張っても、限界があるじゃない。だから、N高じゃなくて、S高にしたの」
「ちょ、ちょっと待って!」
血の気が引き、僕の声は裏がってしまう。その声に足を止めると、振り返って「どうしたの? そんなビックリした顔して」と、七瀬さんは無垢な表情で首を傾げた。
「それさ、僕がもし、S高に落ちていたらどうするつもりだったの? それに、S高に入っても僕がサッカー部に入らなかったら?」
「その時はその時だよ」
質問に対し、なんの迷いもなく、七瀬さんは即答する。
僕は彼女のした、その選択が全く理解出来なかった。
僕って愛されているな、なんて素直には思えるはずがない。むしろ、彼女のその自己犠牲とも呼べる選択が気持ち悪いとすら思った。悪いが異常だ。重い女どころの騒ぎではない。
もしかしたら、七瀬さん自身、それが自己犠牲だなんて思っておらず、当たり前の行動だったかもしれないが、それなら尚更、立ちが悪いとしか言いようがない。
それならむしろ『S高もN高も同じレベルの学校だけど、N高は制服が可愛いの。だから名取君、そっちの高校に一緒に入ろうよ。名取君だって、可愛い制服を着た私を3年間見ていたいでしょ』と、我儘に自己主張する方がまともな行動だ。
「それじゃ、僕もリベンジ目指して、サッカー部に入るかな」
結果、僕は嘘をついた。いや、つくしかなかった。選択の余地などあるわけがない。
サッカーはもうしたくなかった。でも、七瀬さんの期待を裏切ることは出来ない。
しかし、この選択が僕自身や周りの人達の関係を崩壊させる引き金となるとは――。
ささくれのようにひび割れていた僕の心に、トドメをさす銃弾が飛んでくる日が近い。
そして、僕の心は確実に黒ずんでいった。




