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無題  作者: 結城智
第5章 ~中学3年の冬 そして高校生~
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第34話 婆ちゃんの死

 婆ちゃんはその日、行き付けであるホームセンターに向かっていた。


 ホームセンターの目の前にある、横断歩道を渡ったところ。トラックが急ハンドルで左折してきて衝突したという。


 トラックに乗っていた運転手は急いでおり、横断歩道には誰もいないことを確認出来たので、信号が赤になったばかりなので、駆け込む形で曲がったようだ。


 しかし、誰もいないというのはとんだ勘違い。


 婆ちゃんは運悪く左折してくるトラックから見て、完全に死角の位置を歩いていた。当然、婆ちゃんが見えないトラックのスピードは緩むことなく、勢いがついた状態のまま衝突。


 結果、婆ちゃんは即死。僕が病院に向かった時にはもう死んでいた。

 病院に着いた時、母さんはショックのあまり泣いていた。

 今まで一度も見たことがない母さんの涙。衝撃を受けてた僕はかける言葉が浮かばず、霊安室で眠る婆ちゃんをただ静かに見つめていた。


 この時、僕は婆ちゃんの死んだ事実を受け入れられずにいた。だから、悲しさという感情はなく、父さんが来る一時間あまりの間、じっとその場を動かず、脳裏にはこの十五年間、婆ちゃんと一緒に暮らしてきた日々が走馬灯のように流れていく。


 父さんが病院に到着してからというもの、名取家は悲しみに浸り、途方に暮れるものだと思ったが現実は違う。


 その日から、父さんや母さんは大忙しだった。


 すぐに葬儀の為、親族への連絡やその他の準備ととにかくすることがたくさんあった。母さんも先程、泣いていたのは嘘ではないかと疑うほど、機敏に動いていた。


 僕も母さんに指示されるまま、いろんな準備を手伝った。なにかしていた方が気は紛れる。もしかすると、母さんも同じだったのかもしれない。


 そして、時間はあっという間に過ぎ、婆ちゃんは火葬されていく。皆が悲しみ、泣いている人もいたのに、僕だけが今も実感できずに呆然としていた。


 まるで、僕だけが違う世界にいる。そんな感じにすら思えた。


 理由はわかっている。僕にはループがあるから。時間を戻してしまえば、この出来事も夢であったように、婆ちゃんは僕の元に戻ってくるからだ。


 そう。だから、ループしよう。ループして、婆ちゃんが交通事故に遭わないよう、未然に防げばいいだけ。


 そうすれば、皆が喜ぶんだ。


 父さんや母さんだって、前みたいに笑っていられる。交通事故を起こしてしまった人や、その家族だって一緒だ。交通事故は誰も得しない惨劇なのだから、時間を戻すことに躊躇する必要なんてない。

だから、総司。いいチャンスだ。


 ずっと手放す機会を探していたじゃないか。この呪いの魔法を手放すには、一番いい瞬間じゃないか。


 そう思っていたが、僕はループを唱えられなかった。


 無心な心で火葬場の煙突から、婆ちゃんが焼かれていく煙を見上げていた。


 この時、婆ちゃんが死んで、四日の月日が流れていた。




 僕は婆ちゃんが死んで六日後、学校に復帰した。クラスメイトは事情を知っており、大丈夫か? とか、元気出せよ、という優しい言葉を投げかけてくれた。


 未だに実感がない僕はとりあえず、ありがとう、と差し支えのない返事を返す。


 その日の放課後。七瀬さんは僕の家に行きたいと言ってきた。どうやら、婆ちゃんの仏壇に線香をあげたいようだ。


 正直、一人でいたいという気持ちもあったが、この時、うまく断る理由が浮かばず、僕は渋々頷く。


 七瀬さんは人懐っこい性格なので、僕の家に遊びに来た初日、婆ちゃんと意気投合していた。

 受験勉強をしている時も婆ちゃんは部屋にお菓子やお茶を持ってきて、そのたびに二人は会話に花を咲かせていたのを覚えている。


 最近の記憶なのに、何故だかとても懐かしい記憶に思えてしまうのは何故だろう。


 前、婆ちゃんと一緒にテレビを見ていた時、不意に婆ちゃんがこんなことを言ってきた。


「栞ちゃんはいい子だね。こんな年寄り相手に嫌な顔一つしないで、笑って相手してくれる。仁君や紅葉ちゃんもそう。皆いい子だ」

「うん。そうだね。僕にはもったいないくらい、いい人達だよ」

「総ちゃん。それは違うよ」


 婆ちゃんはシワシワの顔を更にシワくちゃにさせ、満面な笑みを浮かべた。


「総ちゃんがいい子だから、友達になれたんだよ。類は友を呼ぶって言葉あるだろ。婆ちゃん、長く生きてきたから、よくわかる。総ちゃんは小さい頃からずっと、婆ちゃんみたいな老いぼれにも、いつも優しく笑って、話しを聞いてくれるだろ。婆ちゃんはね、総ちゃんの事、世界一優しい子だと思っているよ」

「婆ちゃんはいちいち言うことが大袈裟だな」


 滅茶苦茶褒めてくるものだから、僕は恥ずかしくなり、適当に促してテレビに視線を移した。


 あの時は素直に嬉しいと思えたが、今となれば複雑に胸を刺す凶器に変わる。


 世界一優しい子なら、婆ちゃんが死んだ時点で迷わず、ループを使っていたはずだ。


 迷っている以上、僕は優しくなんてない。むしろ、非情で冷酷な奴といってもいいだろう。

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