第32話 仁の想い
「ねぇ。説明してくれるよね」
旅館に戻り、食事を終えて部屋に戻るなり、僕は開口一番に口を開いた。
「ん。なんのことだ?」
椅子に座った仁は瞬きし、とぼけた顔をしている。
「なんのことか、じゃない。水樹さんのことだ」
「ああ。水樹のことね」
どうやら、とぼけたわけではなく、本当になんの話しかわからなかったようだ。
「総司。あのさ」
「なに?」
「温泉入らね?」
「はっ?」
「そういう話し、こんな篭った部屋の中でしたくないわけよ。総司だって、七瀬と付き合えたわけだし。めでたい話しは温泉でする決まりだろ」
そんな決まり、した覚えないけどな。
「まあ、構わないよ」
僕もちょうど、温泉には入りたいと思っていたので、仁の意見に賛同し温泉に向かった。
幸いなことに、温泉に行くと仲のいい生徒はいなかった。あまり見覚えない生徒は多数いたが、僕達の間に入ってくる者はいないだろう。
「で、なんだっけ?」
僕達は温泉につかって、しばらく無言でいたが、仁が僕を一瞥し口を開いた。
「水樹さんのこと。仁、本当に告白されたの?」
正直、僕は鋭い方ではないが、水樹さんが僕や仁に対し、好意がある素振りを今まで一度も感じたことがなかった。
質問に対し、仁は頭に乗せたタオルを右手で押さえながら「あー、それか」と、声をあげ、後ろにあった岩を背にした。
「されたよ。いや、さすがに俺もビックリだったけどな」
「どんな風に?」
「そんなこと知ってどうするんだよ」
ちょっと引いたような顔をする仁に僕は後ろめたさを覚えた。
確かにその通りだ。プライベートな話しだし、友達とはいえ、踏み込んでいい部分ではないかもしれない。
「まあ、構わないけどよ。確かに二人きりになって、開口一番だったかな。水樹が今、観覧車で名取君は栞に告白してるわ。いいタイミングだし、私達も付き合いましょうか。だったかな」
「なにそれ」
それ、告白っていうのか? 取り方次第によっては、完全に馬鹿にしているじゃないか。
「それで、仁OKしたのか?」
「ああ」
「なんで? だって昨日、植木さんの告白、断ったばっかりだし。その前だって、ずっと断ってきたじゃないか。それなのに、そんないい加減な告白で」
僕は困惑していた。そんな告白をする水樹さんも水樹さんだが、それでOKした仁も仁だ。これでは今まで一生懸命、仁に告白した人達が可哀想じゃないか。
「総司って、本当に真面目というか、優しいというか。馬鹿というか、アホというか」
考え込む僕を見て、仁は溜息混じりに苦笑していた。スルーしたが、最後はさりげなくバカにされたな。
「これじゃ、今まで俺に告白した子が可哀想だと思ったろ」
「えっ。なんでわかるの?」
「わかるよ。総司の考えることくらい。ずっと、お前の事、見てきたんだからさ」
ずっと見てきたって。なんだか、仁ってたまにキュンとすること言ってくるよな。
女だったら完全に落とされていたかもしれない。
「あのな。告白するのも勇気いるけどさ。告白を断るのだって勇気いるんだぜ。すげぇ、しんどいんだよ」
そうなの? 告白されたことないから、その感覚はわからない。
「それで、今回はOKしたってこと?」
「うーん。半分、半分かな。多分、水樹じゃなかったら、やっぱり断ってたと思うし」
「水樹さんに好意はあったってこと?」
「好意というか、一緒にいて楽な奴だとは思っていた。今まで告白してきた子達だって、別に嫌いじゃなかったよ。でも、付き合ったら絶対に疲れると思った。なんだろうな、彼氏になると急に女って、いろんなこと求めてきて、勝手に幻滅していくだろ。あれ、嫌だよな」
「そういうものなの?」
「ああ。でも、総司は気を張らなくいいと思うぜ。あくまで俺が告白してきた子達の例だ。ほら、俺って格好いいし、サッカー出来るから。格好いいと思って告白してくる子が、多数なわけよ。そういう動機をもった告白相手の例。だから、総司は大丈夫。七瀬はさ、総司に格好良さなんて絶対求めてない。多分、その辺は諦めてる」
「仁さ。やっぱり、僕と七瀬さんが付き合うこと、面白くないと思ってるでしょ」
僕が気だるい口調で聞くと、仁は吹き出したように笑った。
「ああ、ごめん、ごめん。いや、本当に良かったと思ってるよ。確かに最初は自分と付き合えるのが一番、理想だったさ。でも、時間は戻せないし、勝負に負けた以上、俺の気持ちは完全に諦めがついてた。なにより、七瀬と付き合う相手が他の男じゃない、総司で本当に良かった」
「どうだかね。僕は仁みたいに、格好良くないし。男らしくない。中学生でドラえもん読むような冴えない男だし」
「ああ、水樹のあれな。あれは酷い言い様だよな」
そう言い、仁は大袈裟に笑う。
なんだろう? 気分が高揚しているのだろうか。それとも無理をしているのか。今の仁はやけに感情豊かだ。
「でも、俺はそういうこと、さらっと言う水樹なら付き合ってもいいと思ったよ。あいつ、顔は化物みたいに美人だけど、それを帳消しにするくらい変人だろ。一緒にいて楽だし、退屈しないと思ったんだ。それに水樹と付き合ったと周りが知れば、誰も俺に告白してこなくなる。一石二鳥ってやつだろ」
仁、一石二鳥の使い方、ちょっと違う気がするよ。
しかし、相手の告白防止の為、一緒にいて楽そうな子と付き合う、か。僕には想像もつかない選択だな。
結果、僕はそれ以上、なにも聞かなかった。代わりに今度は僕の方が、仁にいろいろ聞かれる立場になってしまったのが。
ただ、僕はすぐにのぼせると言って、逃げるように温泉から出た。
温泉から出た瞬間、涼しい風が僕の体を吹き抜けるのと同時に、ある一つの疑問が頭を過ぎっていた。
そういえば、水樹さんは本当に仁が好きで告白したのだろうか?
そんな疑問が頭を過ぎったが、これ以上余計なことを考えるのはよそうという結果に至った。
こうして、僕達の修学旅行は幕を閉じるのであった。
第四章 終




