第29話 告白Ⅱ
「名取君。紅葉の誕生日プレゼント買う時、覚えてる? 喫茶店で名取君が私に言ってくれたあの言葉、私ね、物凄く救われたし、嬉しかった」
照れ臭そうに話す七瀬さんに対し、僕は無言になってしまう。
その反応を勘違いした七瀬さんが「あー、覚えてないでしょ」と、ふてくされたような声をだす。
「ううん。覚えてるよ」
僕はすぐ首を振って否定した。
そう、覚えている。忘れるわけがない。
あの日は七瀬さんと初めてデートした日(デートと呼んでいいかわからないが)僕にとっても、七瀬さんとは違う意味で、いい思い出の日になっている。
「うーん、なんだろうね。後はやっぱり、名取君と一緒にいると楽だよ。ほら、名取君はドMじゃん。私が酷いこと言っても怒らないし」
「七瀬さん。ありがたい言葉だけど、一つだけ否定させて。僕、ドMじゃないから」
「えっ。ドMじゃん。紅葉にボロクソに言われても、嬉しそうな顔してるし」
「嬉しそうな顔なんてしてない」
「嘘ばっかり。私、知ってるんだよ。名取君、紅葉のこと好きでしょ」
ポツリと最後、耳を澄ませないと聞こえないくらい、小さな声で七瀬さんは呟く。
でも、僕ははっきりと聞こえてしまった。
途端、心臓の鼓動と呼吸とが、同時に止まったように感覚を覚える。
「なにを言ってるの? 冗談だよね」
「またまた、誤魔化さなくてもいいよ。紅葉には言わないであげるから。それに、きっと紅葉だって――」
「七瀬さん!」
僕は七瀬さんの言葉をかき消すように、大きな声を出す。
普段、僕は温厚だし、怒ることがあっても、グチグチと言うタイプだ。だから、普段怒鳴るような声をだすことは絶対しない。
そう、しないはずなのだ。
僕も今、自分が出した声なのか、信じられなかった。
だけど、一番信じられないのは七瀬さんの方だろう。僕の声に驚き、七瀬さんは口をポカンと開けている。
ああ、やってしまった。そういえば、前も似たようなことあったな。そう、水樹さんの誕生日プレゼントを買いに行く時だ。あの時は怒鳴りまではしなかったが、頭がカッとなってしまい、その場から逃げ出そうとした。
そっか、あの時は七瀬さんに引き止められたんだっけ。今は七瀬さん、放心状態でいるから、逃げ出すことも可能だろう。と思い、僕は窓の外を見る。
ああ、ダメだ。ここで落ちたら絶対、死ぬわ。残念ながら、観覧車は頂上の位置にあった。
計画が完全に崩れてしまったな。
仕方ない。ループを使うか……と、そう思った瞬間、脳裏には仁の顔が浮かんだ。
ダメだ。使えない。
僕は最近になって気付いたことがある。ループという力の弱点を。
ループは時間を戻すが、僕自身の記憶は戻らない。
だから、ここでループしてやり直したら、またループを使って逃げた。昨日、胸に誓った仁との約束も破った。という記憶だけは僕の中にだけ残り続ける。
誰も僕を責めないけど、世界で僕だけが僕の最低さを知ることになる。
ループを与えた神様は記憶が残ることで、自分の思い通りに事を進められると言ったが、僕はそんなに器用じゃない。
人間に罪悪感という感情がなければ、どれだけ楽だったか。でも、そう文句を言いながら、ループの力を手放せない弱い自分がいることも事実だ。
ああ、神様。贅沢なお願いかも知れないが、ループの力を得るのと一緒に、感情を無にする力も加えて欲しかったなと、馬鹿なことを考えてしまう。
「七瀬さん。覚えている?」
僕は優しい口調で七瀬さんに問いかける。
「去年、水樹さんの誕生日プレゼントを買いに行く前、同じようなことがあったよね。七瀬さんが、僕に水樹さんを勧めてきて、僕はそこから逃げようとした」
「覚えているよ。でも、あの時以上に今は確信している。あれから時間が経って、二人を見てるとお似合いだって本当に思う」
「お似合いか。残酷なことを言うんだね」
「なんで? 名取君、紅葉のこと好きだよね」
「僕が好きなのは、七瀬さんだよ」
一瞬、時間が止まったのかと思った。
それを口にした途端、僕は覚悟を決めた。もう後戻りはできない。七瀬さんはまた衝撃を受けた様子で目を白黒させている。




