第25話 ドラえもんは教科書よ
次は押上駅から、東銀座駅へと乗り継ぎ、その後六本木駅へ向かう。
次に向かった場所は一応、水樹さんの希望になるのか、それとも僕になってしまうのか。恥ずかしながら今回、その場所を僕は一番に楽しみにいた。
「しかし、水樹がこういう場所に興味あるなんて意外だったよ」
「あら、どうして? 夢があるじゃない」
電車に乗っている間、水樹さんは上機嫌な笑みを浮かべていた。
「紅葉はドラえもん、全巻持ってるもんね」
七瀬さんも話しに加わる。
全巻持っているとは初耳だ。最初、僕に話しを合わせてくれたのかと思っていたが、話している内容を聞く限り、水樹さんも相当なマニアらしい。
目的地はドラえもん展。ちょうど今、イベントを期間限定でやっている。
博物館みたいな作りで、ドラえもんに関連するものが展示されており、入った途端、僕はテンションは上がっていた。
僕はしばらく、仁達の存在を忘れており、一つの絵に目を奪われていた。
「タイムマシーンね」
集中し過ぎていたようだ。声がしたと思ったら、肩がぶつかるほどの距離に水樹さんが立っており、僕と同じ絵を見ていた。
見ていた絵は、誰もが知っているタイムマシーン。タイムマシーンには、ドラえもん、のび太、しずかちゃん、スネ夫、ジャイアンが楽しそうに乗っている。
「名取君があんまり真剣に見てるものだから、栞と北村君、あっちでアイスクリーム食べてるわよ」
「えっ、そうなの? ごめん」
「いいのよ。好きなだけ、見ましょう」
僕は周囲を見渡し、動き出そうとすると、引き止めるように水樹さんは僕の肘裾を掴む。
今更だが、僕は水樹さんとほぼ密着状態であることに緊張を覚える。横目で一瞥するが、水樹さんは僕の方は見ず、絵の方を真っ直ぐに見つめている。
「私ね、のび太君を尊敬しているのよ」
なにを思ったか、水樹さんは突拍子もないことを口にする。少し反応が遅れたが、すぐに「どうして?」と質問を返した。
「だって、のび太君はドラえもんと出会っても、やっぱりのび太君じゃない」
「どういうこと?」
僕の頭にクエスチョンマークが付いていることに気付いた水樹さんは人差し指を左右に揺らし、ゆっくりとした口調で話し始める。
「考えてご覧なさい。普通、四次元ポケットなんてあったら、人は腐るわ。空は飛べる。好きな場所にも一瞬で行ける。スーパーマンにもなれるし、相手の感情さえも操る道具もある。そんな力を得たら、人は欲に溺れて自滅するわ」
確かにそうだけど、のび太君が欲に溺れて、崩れていく様を描けば、それはもうドラえもんじゃない。一種のホラー漫画になってしまうよ。
しかし、水樹さん自身はそう考えていない様子だった。
「仮によ。のび太君にもし、四次元ポケットを得る代わりに、ドラえもんがいなくなる。もしくは四次元ポケットを持っていないドラえもんが残る。そういう選択肢を迫られたら、彼はどっちを選ぶかしら?」
「そんなの、四次元ポケットがないドラえもんを選ぶに決まってるだろ」
そんなの愚問だと思いながら、僕は即答した。その答えに水樹さんは微笑む。
「同感よ。のび太君なら、絶対にそうするわね。でも、考えてみて。それって凄いことじゃないかしら?」
凄い事なのか? 当たり前な気がするが。
「普通、四次元ポケットなんてものが存在し、それに味を占めてしまえば、人はそれに依存し離れられなくなる。普通の人なら、ドラえもんと離れることより、四次元ポケットを失う方を恐れるはずよ」
「どうして? ドラえもんと離れ離れになる方が怖いでしょ」
ちょっとムキになって言い返すと、水樹さんはまた笑う。何故かわからないけど、今の水樹さんはずいぶん上機嫌だ。
「さすがね。多分、真剣に考えて、即答でそう答えるのは名取君くらいよ」
「なんだよ、それ。僕が子供だって言いたいの?」
「とんでもないわ。今、私は珍しく名取君を褒めているのよ。実際、その選択は大正解よ。ドラえもんを選んだのび太君はその後、ドラえもんと幸せに暮らしたはずよ。でも、四次元ポケットを選んだのび太君は間違いなく、孤独になり、不幸になったはず」
そう言い、目を細めた水樹さんは改めて、先程の絵に目を向ける。
「彼はバカだし、人がいいから、すぐ騙されることもあったけど、純粋に優しい人だった。そんな彼だから、しずかちゃんも出木杉君ではなく、のび太君を選んだんでしょうね。そして、スネ夫やジャイアンも一生友達だった」
「なんだか、深イイ話しになったね」
「何言ってるの? 深イイのよ、ドラえもんは。まさか名取君、あの名作をただの漫画だと思って読んでないでしょうね? 私はドラえもんを人生の教訓。教科書だと思ってるわ」
いえいえ、普通に漫画です。なんなら、ギャク漫画だよ。なんて口が裂けても言える雰囲気じゃないな。
「名取君」
「なに?」
「あなたは今の自分を失ってはダメよ。絶対に四次元ポケットじゃなく、ドラえもんを選ぶ優しい名取君のままでいてね」
言われた途端、僕の心は激しく高鳴った。
まさか、水樹さん、僕のループの力を知っているのだろうか? いや、そんなはずがない。そんなはずがないけど、今の言葉は自分自身にも重なる話しだと思った。
四次元ポケットをループの力だと過程として、僕がいつかドラえもんのような大切な人を失った時、助けるためにループの力を放棄するだろうか。
きっと、助けると思う。根拠はないが、そう信じたい。
ループの力には依存しているのは否めない。でも、大切な人を犠牲にして留めるほど、執着していないはず――。
「名取君、栞のこと好きでしょ」
不意に水樹さんが、ねぇ、私達もアイス食べましょうか。みたいな口調で質問してくる。僕は驚きのあまり呆然と水樹さんを見つめた。
どうする? やばい。ループするか。いや、待て。この状況でループしたってなんの意味もないだろ。
落ち着け、総司。否定すればいいだけどの話しだ。冷静に対処しろ。




