第23話 呪いの魔法
その後、相手チームにも1点入れられ、前半戦は終了した。
1対1の引き分け。次、点数を決めた方が、決勝点といっていいだろう。
後半31分。命運を分ける瞬間がやってきた。
先程の前半27分とほぼ同じ状況。工藤君のパスをゴール近くで受け取った仁。が、またDF二人に阻まれる。
やばい。状況から見れば、仁の方が不利に見えるが、今の仁は相当キレている。間違いなく、また華麗な個人技で相手を抜き去るはず。
――と、そう思った瞬間、仁はこっちを見た。
不意を付かれるが、互いに目が合った途端、僕の体は自然と動く。
仁がスルーパスを放ち、僕はオフサイドギリギリのタイミングでDFの裏を抜けた。
そして、GKと一対一。僕はシュートするが、GKは間一髪指先でボールを弾いた。
しかし、弾かれたボールはまだラインには出ていない。僕は我武者羅にボールへ向かって走り込み、ヘディングでゴールを決めた。
もう、見境ない。前に飛び込む形で飛び出したので、僕は地面に仰向けに倒れ、服だけではなく、顔までも泥まみれになった。
その後、立ち上がると、チームメイト達は雄叫びを上げ、僕の元に駆け寄ってくる。そして、こちら体におい被さって来て、僕はまた地面に倒される。
「名取。お前、ボールに顔面から突っ込んでいくなんて、どんだけ華がねぇんだよ。でも、マジで最高のゴールだったぜ!」
なんだ。褒めているのか、貶しているのか、全然わからないコメントだな。まあ、ゴールはゴール。ここは素直に喜ぼう。とは、今の僕には思えなかった。
チームメイトが僕の元から去った後、僕は真っ先に仁の元に駆け寄った。
「総司。ナイスシュート。そのゴールに対しての執念は俺も頭が上がらないぜ」
「仁。どういうつもりだ?」
「は? なにがだよ」
「なんで僕にパスした? 勝負に情けは禁物じゃないのか?」
正直、自分がこんなに感情的になるなんて想像もつかなかった。
仁との勝負には、負けたくなかったのは事実。でも、負けて七瀬さんが仁に取られることより、仁が僕に情けをかけたのが悔しくてならなかった。
だが、仁は眉間に皺を寄せると「総司。お前、大きな勘違いしてるぞ」と、尖った声を出す。
勘違いだと。どういうことだ?
「確かに俺とお前は今、七瀬のことで勝負している。でも、そんなの二の次だ。俺が一番に望んでいるのはチームの勝利。さっきの場面、俺が前半にシュートを決めた時とほぼ同じ状況だった。きっと、相手はパスではなく、俺の個人技に警戒していただろう。そんな時、総司がいるんぜ。ここでパスを出さない馬鹿がいるか? 俺はお前なら絶対に決めると信じていた。だから、パスした。それだけだ」
仁は早口にそう言うと、最後に「それに勝負はまだ終わってない。俺はもう1点入れる」と捨て台詞を残して去って行く。
仁の思いを聞いた僕はその場に立ち尽くしてしまう。
僕はなんて情けないんだ。自分は七瀬さんのことばかり考えて、チームのことを二の次に考えていた。きっと、僕が仁の立場だったら、あの状況で仁にパスを出さない。
チームが負けても、七瀬さんとの勝負に勝てれば、それでいいと思っていただろう。
これでは副キャプテンとして。いや、チームメイトとして失格だ。結果として、チームは勝ち、七瀬さんとの勝負は引き分けとなる。ある意味、一番良い結果と言えるだろう。
仁には後でしっかり謝ろう。
僕はこの時、安易にそんなことを考えていた。
しかし、運命は残酷。このまま、終わればいいもの、試合は思わぬ方向に転ぶ。
そう、僕が考えていた以上に北村仁という男はとんでもない奴だった。
なんと後半44分というギリギリの場面で。仁はシュートを決めたのだ。
試合終了のホイッスルがなり、僕達のチームメイトは「優勝だぁ!」と、叫び声を上げて走り回っていた。
僕は呆然とその光景を目にする。そんなところに仁がやってきて、僕の肩を叩く。
「勝負は俺の勝ちだな。悪いが、七瀬に告白させてもらう」
仁は僕の顔を真っ直ぐに見据えて言った。
「……仁。ごめんな。僕は君みたいに強くなれないよ」
「名取? お前、なにを言って――」
僕は唇を噛み締め、仁から目を逸らすと、胸に手を当て、呪われた呪文を唱えた。
ループ。
そう、ループ。それは人を弱くする。呪われた呪文だ。
僕はその後、ループの力を最大限に使い、勝負の結果を操作し続け、運命を変えた。
決勝戦。勝負のスコアは2対1。結果、うちのチームが負け。唯一取った1点は僕が決めた。
チームは負けにして、七瀬さんの告白をする権利は僕が得る形となったのだ。
何故、チームを負けさせたかと言うと、僕はもうこのチームでサッカーしたくなかった。ここで試合に勝てば、僕達は東北大会出場となる。そんなこと耐えられなかった。
皆でこんなに練習を頑張ったのにも関わらず、自分の都合で投げ出すなんて、身勝手な行動だということはわかる。
ループ。
このリスクを伴わない能力は非常に便利で使いやすい。その反面、人を弱くさせるものだと、僕は早い段階で気付いていた。
でも、それを知っていながら僕は未だにこの力を手放せずいる。そして、男の真剣勝負にズルするだけでなく、チームメイトの全員を裏切ることをしてしまった。
最低だ。クズだと言われても否定は出来ない。
ただ、その事実を誰も知らない。この最低最悪な男を誰も裁くことが出来ないのだ。
試合が終わった後、仁は僕の元に歩み寄ってきた。
「ごめんな、総司。俺も点数を決めていれば、PK戦まで持ち込めたのに」
仁は悔しそうに唇を噛み締め、申し訳なさそうな顔をする。
仁、ごめん。勝負には君が勝っていたはずなんだ。チームだってそう。
僕は心の中で呟いていたが、それを口にする勇気はなかった。
「あっ。そうだ。後、勝負は俺の負けだな」
「ああ、そうだね」
「どうすんだ? 七瀬に告白しないのか?」
「しないよ」
「そっか。まあ、決めるのは総司本人だし。俺は諦めるだけだからいいけど。大丈夫か?」
「大丈夫?」
「ああ。俺は勝負に負けたからさ、きっぱり諦める決心できたけど。お前は今のままで辛くないのか」
「そんなことないよ。僕は仁が傍にいてくれて。変わらず、七瀬さんと水樹さんがいてくればばそれでいい。後は何もいらない」
「総司。お前って、本当に優しい奴だな」
優しい? なに言ってるんだ、仁。
僕は優しくなんてない。今まで頑張ってきた皆の努力を、自分勝手な都合で踏みにじったんだぞ。
お願いだから、そんな優しい言葉を口にしないでくれ。頭がおかしくなりそうだ。
「総司。お前、泣いているのか?」
「えっ」
仁に指摘され、僕は慌てて頬に手を当てる。
自然と目からは涙がぽろぽろとこぼれ落ち、拭っても拭っても涙は止まらなかった。それを見た仁は、僕の肩に手を回した。
「そりゃ、悔しいよな。総司は副部長として、ずっとチームを支えてくれたもんな。ありがとう。俺、お前とサッカー出来て嬉しかったよ。これからは変わらず、友達として仲良くしていこうな」
仁の声はとても暖かく、優しいものだった。だからこそ、僕の罪悪感は更に膨れ上がり、涙は止まることなく流れ続けていく。
この涙はこれからの僕を強くしていく涙ではない。
僕を弱くさせる涙だった。
第三章 終




