第21話 サッカー部の成長
ちなみにうちサッカー部はこの一年で、かなり強くなっていた。
三年生が抜けたら、チームは弱小化する。と言われていたが、結果としてそうはならなかった。その理由として、仁がキャプテンになったことが一番の要因だろう。
仁は最初、チームとして一番重要なのは基礎体力だと考え、とにかく走り込みを行った。試合では相手にプレスをかけ、ボール支配率を増やす。そして、チャンスの時間を一秒でも長くすることを重要と考えていた。
正直、この発言を聞いた時、華麗なプレーをする仁には似合わぬ発言と皆は疑っていたが、僕一人だけは状況を理解していた。
仁の華麗なプレーの裏には、血が滲むような努力が存在する。実際、仁は体の線が細いので、当たりは強くないが、スピードが速く、試合中に足が止まることは滅多になかった。
幸いにも僕自身、スタミナだけは自信があったので、地獄と言われた仁の練習にも付いていけたが周囲は違った。きつい練習のせいで、仁がキャプテンになった事に対し、あーだこーだ言う輩は当然、多くいたのも事実だ。
僕は周りの愚痴を聞きながら、皆に頑張ってもらう方向へ誘導する。だが、それを仁は面白くないと思っていた。
「なんで、あんな奴等の愚痴を聞く? 練習がきつくて辞めたいなら辞めさせればいい。人に手を伸ばされなきゃ、頑張れない奴はいずれ潰れる」
部活終わりの帰り道。僕達はよく口論になっていた。僕も普段は聞き役を徹していたが、キャプテンである仁に対しては、遠慮なく反論していた。
「それは違うよ、仁。僕だって、一時期サッカーを辞めたいと思ったことがあったよ」
「えっ、嘘だろ」
「嘘じゃないさ。まあ、練習がきつくて、という理由じゃなかったけどね」
「なんで、辞めなかったんだ?」
珍しく仁は前のめりになって、僕の話しに耳を傾けていた。
「その時、僕の背中を押してくれた人がいたんだ。そのおかげで、僕は今もサッカーを続けている。それは手を差し伸べてくれた人がいたから。けして僕一人の力じゃない」
そう、言わずともわかると思うが、僕は七瀬さんのことを言っている。
七瀬さんがいなければ、僕はサッカー部を辞めていた。仮に辞めていないにしても、今いる状況には立っていなかっただろう。むしろ、今の練習をきついと言って、文句言う側の人間になっていたはずだ。
「もし、仁が仮にサッカーを辞めたいと口にしたら、僕は手を差し伸ばすよ。愚痴でも弱音でもいくらも聞く。だから、仁。僕の前では強がらなくていいからね」
と、素直な気持ちをぶつけると、仁は「あー!」と突然、大声を出す。
「ダメだ。やっぱ、総司には嘘付けねぇわ」
と言って、仁は髪をくしゃくしゃさせると、大袈裟に溜息を漏らした。
「そうだよ。俺だってさ、誰も辞めて欲しくないよ。今まで一緒に頑張ってきたんだ。誰一人欠けることなく、来年の大会に出たいと思ってるさ」
「ならどうして? 仁、ツンデレなの?」
「誰がツンデレやねん! 水樹と一緒にするな」
いや、水樹さんはツンデレではなく、ツンツンだろ。デレの表情や発言、一度も聞いたことないわ。
「総司に申し訳なくなるんだよ」
「申し訳ない?」
何の話しだ。なにか俺、仁にされただろうか。
「俺が皆に遠慮なしに言えるのも、総司のおかげだ。俺がキツイことを皆に言って、その後のケアをいつも総司がする。完全に汚れ仕事じゃねぇか」
仁は苦虫を嚙み潰したような顔で言う。
あー、なるほど。仁はそういう考え方をするタイプか。凄い、目から鱗だ。
「ど、どうした? 鳩が水鉄砲食らったような顔して?」
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔ね」
僕はすかさず、仁の間違いを訂正した。しかし、仁が言うよう今の僕は鳩が水鉄砲を食ったような顔をしていたに違いない。
「いやさ、価値観なんだなぁと思って」
「どういうことだ?」
僕の言葉に対し、仁の頭にはクエスチョンマークが付く。
「仁はさ、チームを強くする為、嫌われ役を買ってでも厳しいこと言ってるよね。僕はずっとそれに対し、申し訳ない気持ちでいたんだ」
本当は言うつもりなんてなかったけど、仁が相手なので、僕は素直な気持ちを口にすることにした。今後、チームを引っ張っていくキャプテンと副キャプテンであるなら、それぞれの役割をはっきりしておいた方がいいだろう。
「僕はさ、性格上、人の顔色ばっかり窺ってしまう。だから、人に厳しいことが言えない。逆に今、仁がやっていることやれって言われたら、かなりストレスだと思う」
「はぁ、そうか? 思ったことを口にするだけだぜ。むしろ、総司みたいに皆の愚痴を聞いてやる方がストレスだろ。俺なら途中から、うるせぇな。って言っちまうもんな」
「性格の違いだね」
もしくは適材適所ともいうのだろうか。とにかく、性格が正反対である僕達だから出来る作戦ともいえる。結果的に今、練習はきつくなり、チームの能力は劇的に向上していた。そこで愚痴は出るものの、今だ退部者は出ていない。
「そっか。飴と鞭ってやつだな。なら、これからも俺がビシビシと厳しくするから、総司は皆が辞めないようにフォロー頼むな」
と、仁は敬礼して調子のいいことを言う。
なんだ。やっぱり、ツンデレだったか。なら最初から素直にそう言えばいいのに。
「なぁ。総司」
「ん。なに?」
「総司はさ。その、俺の顔色も……窺ったりしているか?」
なにを思ったのか、仁は足を止め、不安げな顔をしていた。
ああ、成程。あんな話しをした後であれば、その辺が気になるのも仕方ないだろう。ド直球で生きている仁なら尚更の事。
「大丈夫。仁には気をつかっていないから」
「本当かよ」
「うん。だって、気を使う必要ないでしょ。僕は人に嫌われたくて、人の顔色を窺うんだ。でも、仁の場合、僕が酷いこと言っても、僕のこと嫌いにならないでしょ。だから、顔色を窺う必要なんてない」
お前、何様だよ。と普通は突っ込みたくなる場面だが、それを耳にした仁は腕を組み、頷きながらニヤニヤとしている。
「おう、わかってんじゃん。なら、いいや」
仁は僕の言葉に納得したのか、上機嫌に歩き出す。
だから、お前はツンデレか。と、また僕は心の中で突っ込んでしまったが、けして口にはせず、仁の後ろ姿を見つめていた。
ごめんね、仁。嘘付いて。
実を言うと、仁にだって僕は顔色を窺っている。傍から見れば、僕は仁に対しては遠慮なく発言しているように見えるがそうではない。ズバズバ言っているように見えるだろうが、その表現の言い回しや口調には細心の注意を払っている。
嫌いにならないなんて絶対にない。何年という時間をかけた信頼関係があったとしても、一つの許せない言葉で、信頼はいとも崩れ、嫌いになるものだ。
まあ、僕の思考は置いておいて……結果的に飴と鞭作戦は順調に事を運び、誰一人退部することなく皆、文句を言いながらも練習に励んでいた。
そして、いつしかチームから文句や愚痴はなくなる。
決め手となったのは秋の練習試合。毎年、ボロ負けしている強豪中が相手だったが、うちの中学は初めて勝利した。
きつい練習だったから、尚更だったのかもしれない。今年の夏、準決勝で勝った時よりも、喜んだかもしれない。一番面白かったのが、普段クールな仁が一番に喜びはしゃいでいた。
それを見て、皆が実感したんだと思う。
きっと、試合で勝てたのはきつい練習に耐えたから。そして、誰よりもチームを想い、勝ちに貪欲だったのは仁だったと。
あの練習試合以来、皆から愚痴はなくなり、むしろ、もっとこういう練習をしたらどうだろうと、前向きな意見が増え、チームは更に強くなっていったのだ。
そして、僕も仁と2トップを組んでも、恥じない程度には成長出来ていた。
今年はループを使わなくても、優勝出来るかもしれない。
そんな期待に満ち溢れていた。




