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無題  作者: 結城智
第2章 ~中学2年の冬~
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第19話 大切な人

「紅葉ちゃんのおかげで、いい買い物できたわよ」

「そりゃ、良かったね」


 買い物の帰り道。僕は婆ちゃんの買った荷物を両手に持っていた。


 僕がいなかったら、婆ちゃん、また水樹さんに荷物持ってもらったんじゃないだろか。


 水樹さんのアドバイスがあったおかげで、婆ちゃんは納得できる買い物が出来たのだろう。帰り道はずっと上機嫌だった。


 僕は結局、部屋の模様替えをするものは買わず、花の種を買った。


 ベンチに座り、漫画を読んで待っていると、途中から水樹さんが現れて「のび太君も園芸初めてみたら?」と、付き合わされる羽目になった。そこで、誰がのび太君やねん! という突っ込みを忘れてしまったのは無念だ。


 僕は花の知識が皆無なので、水樹さんが勧めてくれた花の種を買った。


「僕が買った花の種、なんだっけ?」


 興味がないものはすぐに忘れてしまうもの。僕は水樹さんの勧めで買った花の名前をすっかり忘れてしまった。


「アネモネだよ」

「アドリブ?」

「アネモネ。綺麗な花よ」


 綺麗な花か。花に興味ない人間にとってみれば、どの花も同じように見えるから、なんとも言えないな。


「でも、なんでアネモネなんだろね?」

「どういうこと?」

「アネモネは春に適した花なのよ。なんで、この時期にアネモネを勧めたんだろうね?」

「そこまで知らなかったんじゃない?」


 いくら園芸が好きとはいえ、水樹さんも婆ちゃんほどの知識があるわけじゃない。適当に目に入った花を勧めたのだろう。


 しかし、婆ちゃんは宙を見上げ、納得いかない顏をしている。


「紅葉ちゃん、私より花に詳しいのよ。そんな間違いするかしらねぇ」

「えっ。水樹さん、婆ちゃんより花の知識あるの?」


 それは意外だった。本人に言ったら、睨まれるから絶対に口にはしないけど。

 まあ、園芸コーナーでよく顏を合わせるくらいだ。水樹さんも相当な花好きなのだろう。


「紅葉ちゃん、いい子よね」

「うん。いい人だよ」


 婆ちゃんの言葉に僕は迷わず頷いた。誤解されやすい人だが、水樹さんは間違いなくいい人だ。それは断定していいと思う。


「総ちゃんが紅葉ちゃんと結婚するまでは、生きたいねぇ」

「なんで、水樹さんと結婚する前提なの?」


 僕は否定しながらも、つい笑ってしまった。


「婆ちゃんには、長生きしてもらわないと困るよ。僕の結婚式のスピーチは、婆ちゃんの役目なんだから」

「なんで私なんだい? それは父親である慎司の役目だろう」

「どうかな。父さんは大事な場面で噛みそうだから」

「ああ、そうね。慎司は昔から大一番で、コケるタイプだったわ。小学校の学芸会でも、セリフ噛んでたわねぇ。あんなに家で練習したのに」

「あー、そうなんだ」


 僕は婆ちゃんに長生きして欲しいという意味で放った言葉だったんだけど、まさか父さんの恥ずかしい過去を知ることになるとは。


 婆ちゃんに結婚式のスピーチをしてほしいというのは冗談として、婆ちゃんには僕の結婚式に出て欲しい。結婚式だけじゃない。将来、僕の子供も一番初めに抱っこしてほしいと思う。まあ、僕自身、果たして結婚できるかも怪しいけど。


 婆ちゃんもまだ70歳。今の時代、100歳まで生きる時代だ。婆ちゃんの死期なんて遠い未来の話しだ。


「総ちゃん。どうしたんだい?」


 自分の世界に入っていたのだろうか。朦朧としていた意識から、目を覚ますと婆ちゃんが驚いた顏を僕に向けていた。


 なにを驚いているんだ、婆ちゃん? 僕は疑問に思ったが、その理由がすぐわかる。


 頬に違和感を覚え、手を当てた途端、僕も驚く。


 僕は泣いていたのだ。何故? いや、理由はわかる。明確だ。


 きっと、悲しかったんだろう。いや、悲しいという表現は正確ではない。一番的確な表現……そう、恐かったのだ。婆ちゃんをいなくなるのが。


 ああ、嫌だな。婆ちゃんの死を想像するだけで涙が出てくるなんて、どんだけ僕は婆ちゃん子なんだ。もう、マザコンではなく、ファザコン……違うな。婆ちゃんだから、グラマザコン? まあ、どちでもいいけど。


「いや、花粉症かな?」


 僕は服の裾で涙を拭き、適当な嘘をついた。


「花粉症? 今、冬よね」

「ああ。そうだね」


 婆ちゃんが一瞬、首を傾げたが、まあ、いいか。とでも言うみたいに、婆ちゃんは微笑んで、また歩き出した。


 婆ちゃんの死期なんで、ずっと後の話しだ。

 でも、後悔しないように一日、一日を大事にしていこう。

 これからも変わらずに。ずっと――。


                            第二章 終


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