プロローグ②
「ループと念じれば、1秒から最大で十日前まで、過去に戻れる能力だ」
「タイムスリップできるってこと?」
バカな僕はこの時、既にその実体が見えない者と普通に会話していた。
「そうだ。この力があれば、思い通りの人生を送れる。好きな女がいれば、告白すればいいだろう。フラレたら、時間を巻き戻し、何度でもやり直せばい。時間は戻るが、お主の記憶は消えないのだから、失敗した経験は次に活かせる」
とはいえ、やり直して、何度もフラれるのも精神的には結構しんどいが。時間が戻っても僕の心はそのままなのなら、ダメージは蓄積されていく。
でも、とんでもない力には変わりない。
「何度も、と言っても、さすがに回数に制限はあるんでしょ」
冷静になって質問する。気付けばこの時、僕に恐怖心はなく、圧倒的に好奇心の方が勝っていた。
「いや、回数は無限。何度でもやり直せる。1秒から最大で十日前であればな」
嘘だろ。それってもう完璧。チート能力じゃないか。
人生は一回しかない。だから、その時を大切に、後悔しないように生きなさい。そんな誰もが口にする言葉も、これからの僕には当てはまらなくなる。気に入らなかったら、すぐにリセットして再開する。テレビゲームのような人生になるということだ。
しかし、そんな生活を送っていたら、僕は今の僕のままでいられるのだろうか?
「どうだ。悪くない話しだろう?」
あまりにも好条件な話しに戸惑いを覚える。そう、実はとんでもない裏があるのではないかという、疑心を抱いていた。
「それってさ、なにか代償とかないの? 例えば寿命が縮むとか、大切な誰かが死ぬとか」
「ない」
「ない? それって変じゃない?」
「何故、変なんだ?」
「いや、そういうのって、等価交換っていうし」
困惑する僕を、見えざる者は鼻で笑ったような気がした。
「等価交換だと? それは欲深い人間が勝手に作った妄想だろ。心配するな。お主から奪うものなど何もない。これは100日、欠かさずにここへ来た褒美だと思えばいい」
なんだろう。話しがうまく出来過ぎている為、逆に不安を覚える。いざ力を使ったら、お爺ちゃんになったという、浦島太郎みたいな展開にならなきゃいいが。
「ただ一つ、ループできない。いや、ループしてはいけない瞬間がある」
「ループしていけない瞬間?」
「人の命を救うループは契約違反とする」
「どういうこと?」
日本語はわかるが、言葉の意図がわからなかった。
「すまぬ。きちんと説明が必要だな」
この神様は案外、面倒見がいい。僕の質問に対しても嫌な声一つ出さず、説明を始めてくれた。まあ、どんな顔しているかは知らんけど。
「例えば、お主の大切な誰かが事故で死んだとしよう。そんな時、数日前にループし、事故に遭わないように助けるような、人の命を助けるループはダメだ」
「もし、使ってしまったら?」
心臓の高鳴りに抑えながら、僕は尋ねる。
それは状況的にありえない話しではない。実際、その場面に立たされた時、僕は間違いなくループを使う可能性が高いだろう。
「今後一切、ループの能力が使えなくなる」
「……それだけ? 僕の命が奪われる、とかないの?」
「ない。能力が失うだけだ」
僕はホッと胸を撫でおろした。
なんだ、それならいい。いざ、大切な家族、友人の命を失ったら、それを潮時と諦めて、ループの力を捨てる選択をしよう。それが真っ当な人間の選択なのだから。
「じゃあ、その力、僕にもらえるかな」
僕は手を前に差し伸ばし、祠の方を真っ直ぐに見つめる。
「ああ。いいだろう。ところでお主。名は?」
見えざる者は問う。このタイミングで名前を聞かれると思わなかった為、僕は少し面食らった。
「名取総司」
名乗ると、見えざる者は消える前に一言だけ言葉を添えていった。
「総司。気を付けるのだぞ。この力は非常に便利だし、きっと大抵の人間が味わう苦難からも、うまく逃げられるだろう。ただ、とんでもない呪いがある」
「呪い? 代償はないんだよね」
なんだよ、それ。代償はなにもないって言ったよな。まさかの後出しじゃんけんか。
「いずれわかるだろう」
見えざる者は奥歯に物が挟まったような言い回しをすると、それを最後に祠の中にあった奇妙な気配は完全に消えてしまった。
ループの呪いとは一体、なんだろうか?
きっと、あまり調子乗って使い過ぎるなよ、という意味だろうか。と、僕はこの時、あまり深く考えていなかった。




